「だって馬鹿なんだって人類なんて」
  人類の存在を嘆いた楽曲RADWIMP
S『おしゃかしゃま』の真意とは?

そんな彼らはデビュー以来、ロマンチックであり激情的な恋の歌を多く世に出していたが、人気を博してきた彼らは、恋愛の歌だけではなく死生観を問うような危ない香りのする楽曲を書き下ろし始めた。その音楽性もロックにファンク、ポップスに賛美歌と十分な多様性を保っている。

作詞・作曲を務める野田洋次郎の狙いはどこにあるのか。彼の詩の世界観はボードレールやアンデルセンといった西洋の詩人を彷彿とさせる。RADWIMPSの魅力を探ろうと思うならば、ボーカル野田の思考を紐解かなければならない。彼の存在がRADWIMPSの色を決めていると言っても過言ではないからだ。
今回は多くのファンに衝撃を与えた一曲、最も色濃く死生観が表れている「おしゃかしゃま」から野田洋次郎の思考に近づいてみよう。






冒頭から皮肉たっぷりな歌詞が並ぶ。上記の歌詞を見てみると、人類の手によって動物の数を調節できることが前提とされていると理解できる。そこを前提に置き人間の傲慢さを批判的に見る野田洋次郎だが、決して個人を恨んでいるわけではない。彼は個人ではなく全体として集合した「人類」に警笛を鳴らしているのだ。確かに人類の行為は、多くの動植物の犠牲から目を背けがちだ。

恋愛が持つ個人性を激情的に、一方で社会を見渡した全体性を細分化し詩を綴る野田洋次郎は、神様の捉え方も皮肉的だ。続く歌詞で彼の価値観が見て取れる。







人類はいつの間にか拝んでいたはずの神様になっていると彼は言う。言い換えれば、祈るものから支配するものへと変貌を遂げたのである。「あちらこちらの絵画で見て、話で聞いてる神様は人の形をしている」人間が神様を描き、人間が神様の話を創っている。つまり、”人間が創り上げた神様そのものが人間である”と主張しているのだ。

さらに言うと、「神様という概念を作り出したがために人類は許される」という感覚を人々は持ってしまったのかもしれない。そう、野田洋次郎は甘えとも受け取れる人間のエゴを矛盾と受け取り痛烈に批判しているのだ。






「1、2、3で滅んでしまえばいい」とこれ以上ない言葉を強烈にお見舞いしている。
野田の思いは批判から諦めへと変わってしまったのだろうか。本当に滅ぶ以外の方法はないのだろうか。彼は人類の自由気ままな行為を嘆いているが、諦めでは終わらない。おしゃかしゃまの最後の歌詞を見て欲しい。





野田は上や下、つまり優劣ばかりで判断する人類に「横にだって道はあんだ」と言葉を添えている。批判は建設へと形を変え、リスナーの耳に届く。地獄に天国、過去や未来を考えても何も変わらない。彼の言葉を借りれば、そんなことはどうだっていいのだ。

人類の在り方という全体性をテーマにした楽曲ではあるが、「今という瞬間を広い視点で捉えて欲しい」という個人へのメッセージも込められているのだ。なぜ、彼はこれほどまでに深く鋭い歌詞を際限なく書き続けられるのか。それはこの楽曲で顕著なように、答えの出ない世界に真っ向から挑んでいるからだ。



TEXT:笹谷創(http://sasaworks1990.hatenablog.com/

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