写真左上より時計回り、オレオレオナ(Vo&Key)、はな(Vo&Dr)、FチョッパーKOGA(Ba)、ありさ (performer 2号)、 TOMO-ZO (Gu)、まい (performer 1号)

写真左上より時計回り、オレオレオナ(Vo&Key)、はな(Vo&Dr)、FチョッパーKOGA(Ba)、ありさ (performer 2号)、 TOMO-ZO (Gu)、まい (performer 1号)

【Gacharic Spin】頑張って作ってき
たものを多くの人に届けたい

ライヴハウスシーンで注目を集めていたGacharic Spinが満を持してメジャーデビュー! 結成から5年、バンドは“進化”という名の変化を続け、フロントにヴォーカルがいないという現在の6人編成に。その歴史も振り返りつつ、Gacharic Spinというバンドについてオレオレオナ(Vo&Key)とFチョッパーKOGA(Ba)に語ってもらった。
取材:土内 昇

賛否両論あってもいいから変化していき
たい

メジャーデビュー、おめでとうございます。結成から5年でのデビューなのですが、この5年は波乱万丈でしたよね~。

オレオ
私は入って2年半になるんですけど、体感的に5年ぐらいに感じるんで、他のメンバーはもっとなんだろうなって。
チョッパー
結成5年なんですけど、10年ぐらい経ってる感じがします(笑)。よく“バンドにとって5年なんて、まだまだだよ”って言われるんですけど、Gacharic Spinの場合はほんといろいろあったから。

だから、5年が濃いですよね。このタイミングなので、その5年間に触れたいと思います。2009年に結成されたわけですが、その時はどんなバンドを作ろうとしていたのですか?

チョッパー
最初はヴォーカルを男性にして、バックを女の子だけにするとカッコ良いよねって言ってたんですよ。でも、絶対にそうしようっていうわけじゃなくて…もともとは私とはな(Vo&Dr)とで立ち上げたんですけど、その時、はなのパートは決めていなかったんです。何でもできる人なんで、はながギターをやるってなったら、ヴォーカルとドラムとキーボードを探そうって感じだったんです。で、最終的に4人編成のガールズバンドになって、はなはドラムっていう。私はドラムを叩いている彼女が一番好きだったんで、リズム隊として一緒にやりたいってのがあったから、そういう意味では自分が思っていたスタイルになりましたね。

最初の4人が集まった時はどんな音楽性を目指そうと?

チョッパー
今もそうなんですけど、デジタルなものとガッツリとした生演奏が融合したデジロックみたいなものをやりたいってのはあったんですけど、集まったメンバーで一番楽しく、カッコ良く表現できるものをやらないと意味がないと思うので、“このメンバーだったら、何ができるか?”って感じでしたね。だから、最初の4人、ギタリストが代わってTOMO-ZOになっての4人、ヴォーカルが抜けてオレオが入っての4人、今のパフォーマーが入っての6人…その都度に“こういうふうにしたら面白いよね”って変化していってます。ひとつのものに定まりたくないっていうか、賛否両論あってもいいから、変化していきたいと思うんですよ。

Gacharic Spinは常にライヴをやっている印象があるのですが、その中でも変わっていったりは?

チョッパー
そういう部分では、オレオが入った時に結構変わりましたね。ピアノがなかった曲にピアノが入ったり、はなとオレオのツインヴォーカルになったことによっての音の差し引きがあったり。だから、オレオは入った時、いろいろ覚えることがあって大変だったと思います。

オレオさんはGacharic Spinに入る前、このバンドをどのように見ていました?

オレオ
正式に加入する前にサポートの期間があったんですけど、サポートで入った時、テクニックがあるバンドだと分かっていたし、パフォーマンスもすごいと知ってたから、“あ~、これだけ努力しているから、あれだけのことができるようになったんだ”って思いましたね。正直、サポートのお話をいただいた時は、“どうしよう~。私、ついていけない”ってビビってました(笑)。でも、その時からこの人たちに惹かれたんで、まずサポートで入ったんですけど、そしたらヴォーカルが抜けて、またツアーを回ることになって…しかも次は全国ツアーっていう。最初のサポートはワンマンライヴを3本だけだったんですよ。それでも20曲ぐらい覚えたんですけどね。まぁ、それがあったから次の全国ツアーのサポートも怯えずにできたし、ヴォーカルが抜けたっていうピンチでもあったから、“何か私にできることがあるなら”ってことで参加したんですけど。
チョッパー
あの時のツアーの前半はまだヴォーカルが抜けるかどうか分からなくて、お休みっていう状態だったんですけど、ツアーの途中で脱退が決まったんで、バンドにとって一番苦しいツアーだったんですよ。その時にオレオがサポートで入ってくれて、そのまま正式加入してくれたっていうのはすごく大きかったですね。

2012年の『ガチャピ〜ンチ!!』ですね。

オレオ
ピンチ感を感じさせないタイトルだし、お祭りみたいなツアーだったんですけど、裏は本当に大変でしたね。サポートヴォーカルが場所によって違うから、リハーサルもひとり3時間ずつやって、それを1日に4人分…丸1日やってました。
チョッパー
しかも、ヴォーカリストによって得意な分野も変わってくるから、人によってバージョンを変えていたので、ツアー先でもスタジオに入って練習してましたね。バンドをやっているとその時々でいろいろピンチってあるじゃないですか。このツアーを乗り越えてからは、“これ、もう無理!”という状況でも、“無理かもしれないけど、あれができたんだから大丈夫っしょ!”って思えるようになりました(笑)。まさに、“チャンスはピンチ”だなって。
オレオ
それ、逆だから!(笑)  でも、ほんと“ピンチはチャンス”っていう言葉を体に覚え込まされたツアーでした。

ってか、ヴォーカルが抜けるってなったら、普通のバンドは活動を休止しますよ。

チョッパー
そうですよね(笑)。でも、あそこで足を止めていたら、今の自分たちはいなかったでしょうね。
オレオ
サポートヴォーカルを入れてでもツアーを回るって聞いた時に、自分たちを待っているファンがいるからって言ってたんで、“どんだけアツいんだ、この人たち!”って思ったのを覚えてますね。今ではガチャマン(男性ファン)とガチャピン子(女性ファン)がいるからなんだなって思えますけど、“何が、この人たちをそこまで突き動かすんだろう?”って。あの時は、“だったら、私も一緒に頑張らなきゃ!”って思ってましたけど。
チョッパー
今でこそデビューも決まって、こうやって取材もさせてもらってますけど、当時は世の中に出ていける場所ってライヴしかなかったんですよ。ライヴで知ってくれたお客さんが、ファンになってくれて、それがちょっとずつ増えていったんで、ライヴがバンドそのものだったんです。その活動を止めてしまったら、もうGacharic Spinじゃない。少ししかいないかもしれないけど、小さなライヴハウスで自分たちを見つけてくれたファンが全国にいるんだったら、心配をかけないように…もう十分に心配をかけまくっているバンドなんですけど(笑)、“頑張るから、付いてきて”っていう意思を伝えないとって。

あのツアーはサポートで入ったヴォーカリストたちも、さっきオレオさんが言ったみたいに“何か私にできることがあれば”っていう気持ちだっただろうし、ファンも“自分たちが支えるんだ!”って気持ちだったんでしょうね。

チョッパー
ほんと、それはすごく感じました。そういう意味では、いろんな愛を感じたし、助けてもらったし、だからこそ“頑張んなきゃ!”って思えたし。

バンドとしても、さまざまなタイプのヴォーカリストとやれたのは大きかったのでは?

チョッパー
観る日によって全然違うバンドのように思えたでしょうね(笑)。でも、それが面白いと思うし、“こういう観せ方ができるんだ!”っていろんな発見がありましたね。今、“バンドの枠をハミ出てやっていこう”っていうスタンスでやってるんですけど、そのきっかけになりました。あと、その後に行ったフランス・ツアーが、さらに私たちを強くしてくれました。

アウェイだったり?

チョッパー
いえ、結構田舎町とかにも行ったりしたんですけど、お店の人がすごい宣伝をしてくれていて、どこでもお客さんがいっぱいだったし、全公演でアンコールがあったんですよ。“ガールズバンドが来て、全会場でアンコールがかかるのって初めてだ”って言ってもらって、それは自信になりましたね。
オレオ
全会場がウェルカムって感じで、びっくりしましたね。最初はライヴハウスに行っても、女の子ってことでどうしても子供に見えるみたいで、リハーサルの時とか“大丈夫? 楽器弾けるの?”って感じなんですけど、音を出すと見る目が変わるっていうか…
チョッパー
あったね。最初はリハーサルの照明とかも適当な感じだったんですけど、本番の時にはノリノリだったり(笑)。海外って反応がリアルなんで、面白くないと途中で帰っちゃうし、面白かったら最後まで残って“もっと観たい!”って素直に言ってくれるんで、そういう意味でフランス・ツアーは自信がつきましたね。
オレオ
4人で回る初めてのツアーだったんですよ。初めてはなちゃんとオレオのツインヴォーカルでやったという。
チョッパー
『ガチャピ〜ンチ!!』の時はサポートヴォーカルがメインヴォーカルをやってくれるんで、はなとオレオはコーラスだったんですけど、このフランス・ツアーでは完全に歌うかたちだったので、初めて4人でのステージだったんですよ。

そのスタイルを初めてやったのが海外公演だと!

オレオ
そうなんですよ。歌だけじゃなくて、演出やアクションとかも考えて…今、「ハンティングサマー」という曲で、私がショルダーキーボードで前に出て、3人がギターとベースとショルダーキーボードを一斉に回すっていう演出をやってるんですけど、移動日にそういうことをめっちゃ練習したり。
チョッパー
センターに人がいないっていうことは、この4人でどうやってステージを埋めるのかってのが大事だったりするし、海外なんで場所によっては“今日、マイクは2本しかないから”って言われて(笑)、そういうさらなる追い打ちをかけるようなアクシデントが頻繁にあるんで、それで強くなれましたね。

そこで自信がついたから、メインのヴォーカリストを入れるという考えがなくなった?

チョッパー
それがですね、そのフランス・ツアーでバンドの土台ができたから、いい出会いがあったらヴォーカリストを入れたいってことで、ゆっくりと探すために国内でのライヴを休もうってなったんです。韓国でのフェスが3本ほど入ってたんで。まぁ、その間に映画に出演したり…女優デビューしたんで(笑)、その撮影もあって止まっていたわけではないんですけど、オーディションをしたりして。ヴォーカリストだけでなく、マジシャンとか…

え? マジシャン??

チョッパー
はい(笑)。他にもピエロとか、ニューハーフとか、いろいろ面白そうな人に声をかけて、Gacharic Spinってバンドに入れたいなって(笑)。もちろんヴォーカリストを探してるんだけど、どうせ変化するんだったら、面白い人を入れたいと思ってたんです。でも、はなとオレオに勝てるようなヴォーカリストに出会えなくて…やっぱりヴォーカリストを入れるんだったら、ふたりよりも何かが勝っているとか、ふたりと違う何か魅力的なものを持っている人じゃないと意味がないと思ってたんで。最終的には、はなとオレオのツインヴォーカルでいこうってなったんですけど、ふたりは楽器も担当しているから手がふさがっているのでお客さんを煽れないんですよ。じゃあ、手が使える人を入れようってことになって、まいとありさというパフォーマー…JKを入れたんです。平均年齢を下げました!(笑) “ヴォーカルがいなくなったと思ったら、キーボードが入って、今度こそヴォーカルが入ると思ったら、ダンサーが入った”みたいなことを言われましたけどね(笑)。

それは言われるでしょ(笑)。僕もそう思ってましたから。でも、ライヴを観るとパフォーマーの必要性というか、重要度が分かるんですよね。

チョッパー
役割というのがね。ほんと、そうなんですよ。最初は批判的な声もあったけど、ライヴをやるたびに認めてもらえたというか。パフォーマーのふたりも高校生になったばかりだったし、バンドで踊るっていうことで不安もあったと思うんですよ。自分たちが頑張らないとGacharic Spinがダメだって言われるっていうプレッシャーも抱えながらやってただろうし。でも、ふたりが入ったことによってフリができたりして、ステージングが変わっていったし、お客さんもそれについてきてくれた…最初は“俺は昔のGacharic Spinしか認めない”って腕を組んで観ていたような人が、途中から一緒になって踊ってたり(笑)。

Gacharic Spinは“全力エンターテインメント”って言われてますけど、パフォーマーのふたりの全力度もすごいですしね。

チョッパー
若くて踊れる子は普通にいるんですよ。でも、うちのパフォーマーは踊るだけじゃないんで。何でもやりますからね。小道具をいっぱい持ってるんですよ(笑)。そういう子たちだから、若くても今のGacharic Spinのスピードにもついてこれているんだと思いますね。

そして、このタイミングでメジャーデビューと。

チョッパー
正直言って結成当初からメジャーデビューの話はいろいろもらってたんですけど、タイミングとかもあってなかなかかたちにならなかったんです。でも、今って他のバンドにないスタイルになっているので、ここで世の中に出ていくっていうのは一番ベストなんだろうなって思いますね。

OKMusic編集部

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