L→R JirO、TarO

L→R JirO、TarO

【TarO&JirO】当面は打倒『南極物語
』ですね!(笑)

“兄弟喧嘩”さながらに2本のアコースティックギターが激しく絡み合い、挑発的かつ躍動的なグルーブで観る者を魅了するTarO&JirO。ミニアルバム『Brothers Fight』でメジャーデビューを果たした彼らに肉迫した!
取材:石田博嗣

まずそれぞの自己紹介をお願いしたいのですが、TarOさんはJirOさんを、JirOさんはTarOさんについて語ってください。

TarO
弾いているのはアコギですがプレー的にはベースということで、JirOほど変態でクールでイカしたベーシストはいないです。JirOは飾らず自分の信念と哲学を貫き、自分の世界をちゃんと持ってる。その分マイペースでたまに腹が立つけど、ご愛嬌ということで。こんなにイケてる自慢の弟JirOが作り出すギターのリフは、この世のベーシスト&ギターリストが待ち望んだとっておきのご馳走だと思いますよ。ご堪能あれ!
JirO
いきなりそんなベタ褒めされちゃこっちが紹介しにくいな!…ということで、TarOはそんな弟思いの心やさしい兄貴です(笑)。そもそもTarOは、まともに生きていたであろう俺の人生を音楽の世界へ引きずり込んでめちゃくちゃにしてくれた最高のロックの恩人であり、また俺が唯一心を委ねられるギタリストですね。性格的には繊細だけど大雑把でもあり、突拍子もないことを言い出したりやり出したり、俺が慎重なのに対してTarOはいい意味でもっと向こう見ずで、また常にアイディアであふれてます。

ありがとうございます。TarO&JirOは結成がロンドンということですが、結成のいきさつを教えてください。

TarO
随分話がさかのぼるんですが、2000年に俺が12歳の時に初めてゆずの「からっぽ」という曲を聴いて、そのきれいなメロディーとハーモニーにハマり、弾き語りを始めたのがそもそものきっかけです。身近に音楽をやる仲間がいなかったので、仲が良くて一番近くにいた弟JirOに“一緒にやろうぜ”って。
JirO
その頃俺はまだ10歳になったばっかだったので、ギターではなくタンバリンを叩いてました。北川悠仁パートです(笑)。

渡英前から音楽活動はされていたのですか?

TarO
2006年まではふたりでフォークデュオとしてオリジナル曲を路上や近所のレストランなどで演奏して活動していました。その後、俺が高校を卒業してからは高校の時の音楽友達ふたりをドラマーとギタリストとして加えてロックバンドを始めました。東京のライヴハウスを中心にロック、ファンク、ポップの要素を含んだミクスチャー的な音楽をやってましたね。その時は俺がギター&ヴォーカルで、JirOはベースを担当してました。
JirO
初めてベースを持った時にすごいしっくりきたんですよ。小6の頃からギターは弾いていましたが、ベースを始めてからはそれまでにないくらい音楽にのめり込みましたね。その頃から結構日本や洋楽のロックバンドを聴くようになって、その時一番衝撃を受けたのがRed hot chili peppersでした。なので、今もアコギを弾きつつもプレイ的にはベースを弾いてる感覚なんです。
TarO
Red hot chili peppersの『CALIFORNICATION』の「AROUND THE WORLD」を初めて聴いた時の衝撃は半端なかった。こんなに大胆でオリジナリティーのあふれるリフはそれまで聴いたことがなかったので。
JirO
そんな感じで2009年に渡英を決意するまでは国内でフォークデュオ→バンドといった活動をしてました。

では、なぜ音楽始めるために渡英を?

TarO
2008年にバンドを解散することになり、その時気持ち的にもかなり落ち込んでて、何か現状から逃げ出す大きなことをしたかったんですよ。実を言うと、どこでもいいから海外に行きたいっていう気持ちが高まってたんです。それで、ロックと言えばイギリス…ビートルズの出身国だからという簡単な理由でロンドンに決めました。
JirO
しかもリバプールじゃないっていう(笑)。
TarO
でも、イギリスに行っても音楽だけは手放したくないっていう強い思いと、結成当時からふたりの間で“このままずっと一緒に音楽をやっていくんだろうな”という根拠はないけど確かな思いというか、暗黙の了解的なものがあったので、JirOを誘って一緒に渡英を決意しました。
JirO
日本でもダメだったわけじゃないんですが、こうやって今海外を視野に入れて活動してる自分から見ると正しい選択だったと思います。

現地ではどんな活動をされていたのでしょうか?

TarO
随分前置きが長くなりましたが、ここにきてやっとTarO&JirOが生まれるわけです。
JirO
そもそもこの“TarO&JirO”と名乗るようになったのは、ロンドンでのオープンマイクの出演がきっかけなんです。
TarO
ロンドンやヨーロッパのパブでは結構毎週イベントとしてオープンマイクっていうのを開いていて、弾き語りはもちろん、歌詞の朗読や簡単な演劇など誰でも自由にステージで発表できる場があるんです。
JirO
で、俺らも“じゃ、いっちょやってみよう!”って感じで、できたばかりのオリジナル曲を引っ提げてオープンマイクに参加したんです。その時にデュオ名を決めてなくて、本名の“Kimitaro”と“Tomojiro”のままでは現地の人には呼びづらいと思って、縮めて“TarO&JirO”と名乗るようになったんです。
TarO
テムズ川沿いにあるバスカー(ストリートパフォーマー)のメッカで僕らも路上ライヴをしてました。まだ現在のスタイルが確立されていなかったので、いろんな演奏スタイルを試しましたね。弾き語りで歌ったり、アコギ2本で今みたいなロックフレーズを演奏したり。あとは打ち込みのドラムを流して俺がギター、JirOがベースを弾いたり、試行錯誤の日々でした。

TarO&JirOは躍動感のあるアコースティック・ロックデュオなわけですが、最初からそういうスタイルではなかったと?

TarO
2010年にイギリスから帰ってきて、その頃はまだ結局スタイルが確立されてなかったんですが、とにかく活動を軌道に乗せたかったので当時作っていた楽曲を集めて1枚アルバムを作って、日本でもまた路上ライヴを始めたんですね。
JirO
その頃はまだ今みたいなスタイルじゃなくて、もうちょっとバラード寄りだったんです。でも、俺らのフランスの知り合いがフランスのいろんなイベントにデモを送ったりして紹介してくれて、その年の暮れに翌2011年の2月にフランス・マルセイユで開かれる『Japan Expo Sud』への出演が決まったんです。
TarO
いきなり2000人のオーディエンスを前に演奏をすることになって、焦りつつも胸が高鳴りましたね。で、躍動感があって刺激的なロックをやりたいっていう強い思いとともに、レパートリーにも徐々にロックな楽曲もでき始めていたので、とりあえずふたり、アコギ2本で挑戦することにしたんです。
JirO
まぁ、半ば苦肉の策でしたが、ロンドンでの経験を経て“ふたりだけのロックでもいける!”っていう気持ちはありました。それで出演に向けてセッションをしてたんですが、ある時ふと“電子ドラムのキックを入れたら面白いんじゃないか?”って思い立って。実際電子ドラムを持っていたので早速試してみたんです。
TarO
これがビンゴ! “キター!”って感じがしました。
JirO
4つ打ちのビートが入るだけでだいぶ迫力が増しましたね。
TarO
ということで、ついに2011年1月に現在のタロジロのスタイルが誕生したわけです。その後のヨーロッパ、アメリカ、そして日本の路上ライヴでの活動を経てさらに磨きをかけていきました。

そんなTarO&JirOの楽曲作りでこだわっていること、意識していることはどんなことですか?

TarO
理論がどうだとか、ロックはこうだとか、そういった概念にはとらわれずに自然体、ありのままで音楽の制作に取り組むこと。“こういう曲を作ろう”とか頭で考えちゃ結局何も生まれないんです。曲作りは生理現象と一緒だと思うんです。作りたい時に作る、作りたくない時はそれは曲を作る時じゃないって思いますね。
JirO
あと、今までに聴いたことがあるような感じにはしたくないって思いは常にあります。だから、他のアーティストの音楽にハマったりしても完コピとかは一切しないんです。自分の手癖を失いたくないんで。

帰国後は路上で活動をスタート。事務所に所属するとか、ライヴハウスに出るとか、オーディションを受けるではなく、路上から始めた理由というのは?

JirO
バンド活動をしている時もそうでしたが、ライヴハウスにいきなり出てもオーディエンスっていないじゃないですか。だから、まず自分たちの手で、足で、獲得しようと。で、路上って一番インパクトを与えられて自分たちを魅せられる場だと思うんです。
TarO
海外でも路上ライヴをしてきて、路上ライヴが一番音楽の育つ場所だと思いましたね。通行人は正直なんで、いい演奏をしていれば立ち止まってくれるし、気の入らない演奏を続けていてはなかなか止まってくれない。そういう意味でも路上ライヴをすることによって音楽的にすごい成長したと思います。
JirO
レコード会社やレーベルにデモを送ったりは何度かしましたが…
TarO
聴いてるんですかね~。どこも興味を示しませんでした(笑)。

とはいえ、12月11日にメジャーデビューミニアルバム『Brothers Fight』をリリースされたわけですが、どんな作品にしたいというビジョンを持って制作に入られたのでしょうか?

JirO
やっぱり1stアルバムということで、俺らの勢いとスタイルをはっきりアピールできる作品にしようと思いました。
TarO
タイトル通り兄弟喧嘩をしてるような俺とJirOのギターの絡み合いと、俺らの息遣いまで聴こえてくるような臨場感をダイレクトに感じられる作品にしたいというビジョンで制作に取り掛かりました。なので、全楽曲一発録りです。収録曲も初期のタロジロスタイルの楽曲を中心に選びました。
JirO
でも、挑戦もしたかったので、今年の夏のアメリカとドイツの遠征を終えて日本に帰ってきてから完成させた、できたてほやほやの楽曲「大人の運動会」も収録することにしました。

おふたりのみでほぼ一発で録られていて、まさにタイトルと通りのサウンドとなっていますが、本作のレコーディングはいかがでしたか? 

TarO
とにかく楽しかった! 心も体も裸になって…本当に上裸で録音に取り組みました。クリックを使わずに“せーの”で録っているので、ライヴさながらの躍動感を閉じ込めることができたと思います。現に俺らの熱気でスタジオがめちゃくちゃ暑くなってました(笑)。
JirO
あっと言う間でしたね。スタジオ4日間、そして1日は路上で音源を録ったんですけど…「何人来るかな、やって来るかな?」は路上ライヴの音をまず録って、それを聴きながら次の日にスタジオで録ったんです。なので、部分的に路上の音源とスタジオ音源をミックスさせたりしているんですが、リズムはぴったり合ってます!

それだけ路上ライヴと変わらないテンションでスタジオでも録音されたということですね。そんな「何人来るかな、やって来るかな?」や「大人の運動会」の歌詞は、語感優先でノリで付けたような感じもありますが、ひとつひとつの単語がしっかり残りました。日本語歌詞と英語歌詞とでは、書き方が変わったりするのですか?

JirO
俺らは基本的に先にリフとメロディーを作るので、自然と歌詞はそれに合わせて作るかたちになりますね。
TarO
でも、俺らの歌詞は英語日本語ともに反骨的でわりと悲観的な歌詞が多いです。聞き飽きたような言葉は使いたくないというか。例えば、“夢”とか“希望”とかって歌詞で言うよりも、音全体で感じさせるものだと思うんです。

この『Brothers Fight』を作って得たもの、見えたものはありましたか?

JirO
音源を聴いた人からは結構俺らのコーラスワークがすごくいいって感想をもらって、今まで特別意識してたわけではないですがハーモニーも強みだなって思いました。
TarO
制作を終えた時に音楽は自分の人生の一部でしかないと思いました。俺にとって音楽はそんな大げさなものじゃないなと。人生の90パーセントは日々の生活、人との出会いであって、その90パーセントを表現する10パーセントが俺にとっての音楽だと思いましたね。なので、今後も毎日を楽しくありのまま生きていきたいと思ってます。それが必然と音楽に表れると思うので。

そんな『Brothers Fight』はどんな作品に仕上がった実感がありますか?

TarO
メジャーでありながらインディーズ感満載、やりたい放題、叫びたい放題、おちゃらけたい放題。今までに存在しない“これぞタロジロック!”というようなサウンドが楽しめる、最高にファンキーでグレイトなアルバムに仕上がりました。と言っても、これは俺らの五万とある楽曲の氷山の一角でしかないんですがね、実は。
JirO
とにかくタロジロのグルーブ感と反骨精神の詰まったアルバムになってると思います。こんなアルバムは他にはありません!

『Brothers Fight』でメジャーデビューということなのですが、メジャーシーンでどんなことをやってみたいですか?

JirO
今俺らがやってる音楽がメジャーでできるって時点である意味、革命になってると思います。なので、このままどんどんタロジロのロックを世に放っていきたいです。
TarO
全裸になりたいです、心も体も!(笑)

最後に、TarO&JirOの将来的な夢は?

JirO
これはロンドンに行ってからずっと思っていることですが、やっぱり世界的に有名な日本のミュージシャンを目指してます。
TarO
広辞苑でビートルズって調べると出てくるんですよ。ロックバンドの名が広辞苑に載るってよっぽどじゃないとあり得ないことですからね、これって。なので50年後、TarO&JirOって広辞苑で引いてみてください。その時俺の夢が叶ったかどうか分かると思います。
JirO
当面は打倒『南極物語』ですね!(笑)
『Brothers Fight』
    • 『Brothers Fight』
    • TECI-1379
    • 2013.12.11
    • 1500円
TarO&JirO プロフィール

タロー・アンド・ジロー:兄の深江公太朗と弟の深江智二朗からなるロックデュオ。2009年春、兄弟で英国ロンドンに渡り、独創的で血沸き肉踊るギターロックの原型が作られる。切れ味の鋭い演奏、音圧、グルーブ、そしてぴったり息の合った熱いツインヴォーカルで注目を集め、13年12月にミニアルバム『Brothers Fight』でメジャーデビュー。TarO&JirO オフィシャルHP

OKMusic編集部

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