爆音アワー

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いい音爆音アワー vol.65「2拍3連♪
特集」

いい音爆音アワー vol.65 「2拍3連♪特集」

2016年4月13日(水)@風知空知

「2泊3日いで湯の旅」でも「203高地の攻防」でもなく、「2拍3連」は音楽用語。リズムのパターンのひとつです。2拍分の時間を3つのアクセントに等分するので、ビートに変化をつけるのに効果的ですが、目立つ大技だけに、うまく使わないとあざといだけに終わってしまい、アレンジ・センスが問われるところでもあります。 今回は、そんな2拍3連を、うまく料理したと思う名盤を集めてみました。

福岡智彦 (いい音研究所)

セットリスト
Eric Clapton
「Change the World」

あらためて、いいボーカリストですねぇ…♪

シングル(1996年7月5日発売)

アルバム『Phenomenon O.S.T.』(1996年6月発売)収録

作詞・作曲:Gordon Kennedy, Wayne Kirkpatrick & Tommy Sims/プロデュース:Babyface

■【2拍3連の登場ポイント】サビの最後「Change」、メロディはしっかり2拍3連ですが、バックは合わせていません。
1996年公開、ジョン・トラボルタ主演の映画「Phenomenon」のサウンドトラックとして制作された。サウンドトラック・プロデューサーはロビー・ロバートソン。

全米5位、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位となり、1年半チャートインし続けるというロングセールスとなる。

1997年のグラミー賞で、「Song of the Year」「Record of the Year」「Best Male Pop Vocal Performance」を獲得。

この曲を最初にレコーディングしたのは、ワイノナ・ジャッドWynonna Juddで、1996年2月発売の『Revelations』というアルバムに収録した。シングル・カットはしていない。

当時の超売れっ子・Babyfaceのプロデュースということでも話題になったが、クラプトンは、「Babyfaceは僕にとって刺激的だった。ある日テレビで彼がアコースティック・ギターだけでパフォーマンスしているのを観て、彼はシンプルな音でパワフルなサウンドを作れるプロデューサーだとわかったんだ」と語っている。
Ramsey Lewis
「Spring High」

生ピアノとシンセのユニゾンが映えるとても春爛漫なメロディ。


42th アルバム『LOVE NOTES』(1977年発売)収録

作曲・編曲:Stevie Wonder/プロデュース:Ramsey Lewis & Bert DeCoteaux

■Aメロの4小節目3-4拍が2拍3連
Steinway Piano: Ramsey Lewis/Synth: Stevie Wonder

アルバムはビルボード JAZZチャート7位・POPチャート79位
ラムゼイ・ルイス:

1935年5月27日、イリノイ州シカゴ生まれ。

4歳からピアノを始める。

1956年、イザーク・ホルトIsaac ""Red"" Holt (dr)、エルディー・ヤングEldee Young (b)と”Ramsey Lewis Trio”を組み、アルバム『Ramsey Lewis and the Gentlemen of Swing』でデビュー。

1965年、ライブ・アルバム『The “In” Crowd』は全米2位、グラミー賞獲得。

1966年、ヤングとホルトが離れ、ルイスは後にEW&Fを結成するモーリス・ホワイトMaurice Whiteをドラマーとし、クリーヴランド・イートンCleveland Eaton (b)と新トリオを結成。(~1970年)

1974年、モーリス・ホワイトをプロデューサーに迎え、アルバム『Sun Goddess』リリース、全米5位、グラミー賞受賞。

※これまでに80作以上のアルバムを発表し、その内8作品がゴールドレコードとなっている。
小田和正
「ラブ・ストーリーは突然に」

ドラマも曲も大ヒット。典型的なドラマ・タイアップってやつでした。


6th シングル「Oh! Yeah」と両A面(1991年2月6日発売)

作詞・作曲・プロデュース:小田和正

オリコン1位・1991年度年間1位

■サビ前半4小節のメロディがすべて2拍3連。最後のサビではそれにオケも合わせる。
1991年1月にスタートしたフジテレビ系ドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌。

イントロが印象的なギターは佐橋佳幸

これ以降、同じフジテレビの月9枠から、『101回目のプロポーズ』とCHAGE and ASKAの「SAY YES」(1991年)、『素顔のままで』と米米CLUBの「君がいるだけで」(1992年)、『やまとなでしこ』とMISIAの「Everything」(2000年)など、ドラマ・主題歌ともにヒットした作品が次々と生まれた。
ピンク・レディー「UFO」

歌詞もサウンドも冒険していた、いちばん面白かったころの歌謡曲。


6th シングル(1977年12月5日発売)

作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一

■サビの最後のフレーズ「地球の男にあきたところよ」。唄もオケ全体も。
オリコン10週連続1位・1978年度年間1位 ピンク・レディー最大のヒット曲

1978年1月19日からスタートしたTBS「ザ・ベストテン」の第1回~3回までの1位曲

第20回日本レコード大賞受賞
ピンク・レディー:

ミー(現:未唯mie、本名:根本美鶴代、1958年3月9日、静岡県静岡市葵区生まれ)

ケイ(現:増田恵子、本名:桑木啓子、1957年9月2日、静岡県静岡市葵区生まれ)
1976年8月25日、シングル「ペッパー警部」でデビュー。

1977年7月第3週から1978年2月第3週までの28週のうち27週にわたり、ピンク・レディーが1位を獲得したという圧倒的な売上で、社会現象となった。

1980年9月1日、解散を発表。

1981年3月31日、後楽園球場で解散コンサートを開催したが空席が目立ったという。
松田聖子「ガラスの林檎」

タイトルは単数、歌詞は「ガラスの林檎たち」と複数。わたしとあなたで複数なのか?ほんとは「わたしの壊れそうな心」、単数にしたかったのでは?


14th シングル(1983年8月1日発売) B面は「Sweet Memories」で後に両A面

作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣・大村雅朗

■サビの「ガ~ラスの」の「らすの」。Aメロにもメロだけ2拍3連がある。Dメロの最後派手にドラムで2拍3連×2
オリコン1位
松田聖子:

1962年3月10日、福岡県久留米市生まれ。

1980年4月1日、シングル「裸足の季節」でデビュー。

1980年の3rd シングル「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコン・チャート1位を獲得。

1985年、神田正輝と結婚(1997年離婚)
Fairground Attraction
「Perfect」

“Perfect”という言葉とこの2拍3連のメロディがバッチリ合ってますねぇ♪


デビュー・シングル(1988年3月21日発売)

アルバム『THE FIRST OF MILLION KISSES(ファースト・キッス)』(1988年5月1日発売)収録

■コーラスの終わりの「perfect」でオケ全体で。
デビューにしていきなり全英1位。アルバムは全英2位

1989年の「BRIT Awards」で、「Perfect」はbest single、アルバムはbest albumを受賞。
フェアグラウンド・アトラクション:

エディ・リーダーEddi Reader:vocal 1959年8月29日、グラスゴー生まれ

マーク・E・ネヴィンMark E.Nevin:e&a guitars/殆どの作詞・作曲 1959年8月13日、ウェールズ・Ebbw Vale生まれ

サイモン・エドワーズSimon Edwards:ギタロン(メキシコの民族楽器で、ベースの役割)

ロイ・ドッズRoy Dodds:ドラム
1987年、結成。RCAと契約。

1990年、2nd アルバムを見ることなく解散。

1990年、編集アルバム『Ay Fond Kiss(ラスト・キッス)』リリース。

1992年、エディ・リーダー、ソロ・デビュー。
Linda Ronstadt
「Hurt So Bad」

イーグルスの「Witchy Woman」やストーンズの「Tumbling Dice」は彼女のことを歌ったものらしい。実は魔性の女?


アルバムからの2nd シングル(1980年3月発売)

10th アルバム『MAD LOVE』(1980年2月発売)収録

作詞・作曲:Teddy Randazzo, Bobby Weinstein, Bobby Hart

“Little Anthony & The Imperials”による1965年のヒット曲のカヴァー。

プロデュース:Peter Asher/Guitar solo: Danny Kortchmar

■サビの盛り上げに2拍3連。
全米8位。アルバムは全米3位。
リンダ・ロンシュタット:

1946年7月15日、米国アリゾナ州ツーソン出身

両親はドイツ、メキシコ、イングランドの血を引く。

1967年、大学を中退した後、女性1人、男性2人のフォーク・ロック・バンド”the Stone Poneys”のボーカルとしてデビュー。2nd アルバムからの「Different Drum(悲しきロック・ビート)」(モンキーズに入る前のMichael Nesmith作)が全米13位のヒット。

1969年、Capitolレコードよりアルバム『Hand Sown ... Home Grown』でソロ・デビュー。

1970年、2nd アルバム『Silk Purse』リリース。シングル「""Long Long Time」がヒット。

1971年、後にEaglesを結成するDon HenleyGlenn Frey、Bernie Leadon、Randy Meisnerをバックバンドとしてツアーを行い、3rd アルバム『Linda Ronstadt』を制作する。

1973年の4th アルバム『Don't Cry Now』よりPeter Asherがプロデューサーとして関わる。

1974年、5th アルバム『Heart Like a Wheel(悪いあなた)』が全米1位、シングル「You're No Good」も全米1位、「When Will I Be Loved」は全米2位という大ヒット。

1977年、8th アルバム『Simple Dreams』リリース。5週連続全米1位で彼女の最も成功したアルバムとなった。シングルも「Blue Bayou」(ロイ・オービソンのカヴァー)が2位、「It's So Easy」(バディ・ホリーのカヴァー)が5位と、ビートルズ以来の5位以内に同時に複数曲がチャートインという快挙を成し遂げる。

1978年、9th アルバム『Living in the USA』も全米1位。

1983年、12th アルバム『What's New』以降、Jazzスタンダードの世界へ。

その後、エミルー・ハリスやアーロン・ネヴィルらとのデュエット・ナンバーをいくつかヒットさせる。

2011年、引退宣言。
The Jimi Hendrix Experience
「Bold As Love」

ブレイクのあとの大胆なステレオ・フェイジングは当時画期的で、ジミは狂喜したらしい。


2nd アルバム『Axis: Bold As Love』(1967年12月1日発売/米国では1968年1月15日)収録

作詞・作曲:Jimi Hendrix/プロデュース:Chas Chandler/エンジニア:Eddie Kramer

■サビの入り口。途中のブレイク前も派手に。
アルバムは全米3位/全英5位
ジミ・ヘンドリックス:

本名:James Marshall Hendrix 1942年11月27日 - 1970年9月18日 米国ワシントン州シアトル生まれ

陸軍へ従軍後、アイク&ティナ・ターナー、アイズレー・ブラザーズ、リトル・リチャードらのバッキング・メンバーとして活動。

1966年7月、アニマルズのベーシストだったチャス・チャンドラーに見いだされ、9月に渡英する。

オーディションにより、ノエル・レディング(b)、ミッチ・ミッチェル(dr)と出会い、”The Jimi Hendrix Experience”を結成。1966年10月から活動を始める。

1966年12月16日、シングル「Hey Joe / Stone Free」でデビュー。英国6位。

1967年夏、米カリフォルニア州モンタレーで開催された世界初の本格的野外ロックフェスティバル、「モンタレー・ポップ・フェスティバル」に出演。米国でも広く認知される。

1969年6月、ノエル・レディング脱退。

1969年10月、ビリー・コックス(b)、バディ・マイルス(dr)と”Band of Gypsys”を結成(70年初頭には解散)。

1970年9月18日未明、急逝。死因は睡眠中に嘔吐したことによる窒息死とされる。享年27歳。
The Emeralds
「Did You Ever Love A Guy」

いい曲だし、歌いっぷりも立派。でもアーティストのプロフィールは謎です。


シングル(1964年発売)

作詞・作曲:Steve Duboff

■パートの変わり目のアクセントに。後半サビの繰り返しは2拍3連の嵐。
ジ・エメラルズ:

同じ名前の黒人男性コーラス・グループもある。

バイオは不明。

Jubileeレコードにシングルを2枚残している。本曲は1枚目。

作曲のスティーブ・デュボフはカウシルズ「雨に消えた初恋」「We Can Fly」をArtin Cornfeldと共作したソングライター。
The Crystals
「He's Sure The Boy I Love」

実はダーレン・ラブが歌っているという、”あまちゃん”みたいなほんとの話。


5th シングル(1962年末発売)

作詞・作曲:Barry Mann & Cynthia Weil/プロデューサー:Phil Spector/編曲:Jack Nitzsche

■イントロ(1)の最後、及び循環コードの一巡りごとのおしりに。最後は何度も。
全米11位。

全米1位となった前作「He’s a Rebel」に続き、名義は「The Crystals」だけど実際はDarlene Loveと”the Blossoms”が歌っている。

スペクターはジーン・ピットニー作の「He's a Rebel」を競作のVikki Carrよりも早く、世に出したかったが、クリスタルズはNYに住んでいて、ロスまで来るのに時間がかかる。そこで、ロス在住のダーレン・ラブとザ・ブロッサムズに歌わせ、それをクリスタルズ名義で出してしまった(1962年8月)。なんとそれが「クリスタルズ」唯一の全米1位作品となった。
ザ・クリスタルズ:

1961年、バーバラ・アルストン、メアリー・トーマス、ドロレス・""ディー・ディー""・ケニーブリュー、マーナ・ジラード、パトリシア・""パッツィ""・ライトの5人で結成され、フィル・スペクターのフィレス・レコードと契約。

1961年、シングル「There's No Other (Like My Baby)」でデビュー。

1962年8月、「偽クリスタルズ」でシングル「He's a Rebel」が全米1位の大ヒット。

1963年4月、実メンバーによるシングル「Da Doo Ron Ron」が全米5位のヒット。

1965年、フィレス・レコードを離れ、United Artistsに移籍するが2枚のシングルを出した後、

1967年解散。

1971年に再結成し、現在も活動中。
Lobo
「Holdin' On For Dear Love」

「僕と君のブー」と「片思いと僕」がヒットしたロボの知られざる佳曲。


シングル(1979年発売)

作詞・作曲:Larry Henley, Steve Pippin, Johnny Slate

全米75位、Adult Contemporaryチャート13位。

■間奏のおしり。
ロボ:

本名:Roland Kent LaVoie 1943年7月31日、米国フロリダ州タラハシー生まれ

1961年、地元のバンド”The Rumours”に参加する。そのバンドには後にソロあるいは、”International Submarine Band”、“The Byrds”、“The Flying Burrito Brothers”のメンバーとして活躍するグラム・パーソンズGram Parsonsがいた。

1964年、南フロリダ大学在学中、”The Sugar Beats”というバンドに参加し、その後長く仕事を共にするプロデューサーのフィル・ガーナードPhil Gernhardに出会う。

1971年3月、”Lobo”(スペイン語で狼)という芸名にしての1st シングル「Me and You and a Dog Named Boo(僕と君のブー)」をリリース、全米5位・全英4位のヒットとなる。

1972年9月、シングル「I'd Love You to Want Me(片思いと僕)」リリース。全米2位、ロボ最大のヒットとなる。
Steely Dan
「Reelin' In the Years」

ギター・ソロを高く評価される作品ですが、ゲスト・プレーヤーのエリオット・ランドールですからね。バンドにギタリストが二人もいたのに!デビュー・アルバムなのに!!


3rd シングル(1973年3月発売)

1st アルバム『Can't Buy a Thrill』(1972年11月発売)収録

作詞・作曲:Walter Becker & Donald Fagen/プロデューサー:Gary Katz

Guitar solo: Elliott Randall

■間奏ギター・ソロの最後の方
全米11位

ジミー・ペイジはこの曲のエリオット・ランドールのギター・ソロがいちばんのフェイバリットだと公言している。

4チャンネル・ステレオ用のミックスがあり、そこには通常のステレオ・ミックスでは聴こえない別のリード・ギター・フレーズがあるそうだ。
高中正義「Ready To Fly」

サンバ・ビートにはやっぱり2拍3連でアクセントですね♪


2nd アルバム『TAKANAKA』(1977年3月5日発売)収録(B-3)

作曲・編曲:高中正義

Soprano Sax: 薩摩光二/Piano: 松岡直也/Drums: 井上茂/Bass: 小原礼/Synth: 深町純Percussion: 浜口茂外也、斎藤ノブ

■ギター・ソロの途中にさりげなく。ブリッジ前の派手なキメは変形
高中正義:

1953年3月27日、東京都品川区大井生まれ。

1971年、成毛滋の”フライドエッグ”にベースで参加。

1972年、”サディスティック・ミカ・バンド”に加入。

1975年、ミカ・バンド解散後、メンバーの高橋幸宏後藤次利、今井裕と”サディスティックス”を結成する。

1976年、初のソロアルバム『SEYCHELLES』をリリース。

1978年、サディスティックス、自然消滅。
大瀧詠一「白い港」

大瀧さんはほんと2拍3連好き。今回はあと「君は天然色」だけど、まだまだいろいろ。


“ナイアガラ・トライアングル”のアルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』(1982年3月21日発売)収録

作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:CHELSEA(大瀧詠一)/プロデュース:大瀧詠一

■間奏の後のサビの後。2コーラス目の直前はたぶん付点8分。
アルバムはオリコン2位。

1981年7月21~24日、新宿ルイードで行われた新人イベント「JAPACON」(日替りで、佐野元春、濱田金吾、網倉一也、杉真理)の杉の日に訪れたのが当時『A LONG VACATION』がヒット中だった大瀧詠一。杉が大瀧をステージに呼んだとき、その場で大瀧が「NIAGARA TRIANGLE」のvol.2を杉と佐野とでやろうと思っている、と観客に宣言。その時点ではスタッフはおろか、杉と佐野自身も何も聞いていなかったという。

実は、資生堂から81年の秋のキャンペーンのタイアップの話が来ていた。大瀧としては、『A LONG VACATION』で歌手の「大滝詠一」はできたから、次はプロデューサーとして、またナイアガラ・レーベルとして何かを作りたい、今資生堂のCMタイアップを大瀧個人でやってしまうと歌手として代表曲になってしまう恐れがあると一旦は断ったらしい。しかしキャッチ・コピーが「A面で恋をして」と聞いた途端、メロディができてしまった。

じゃあこれは、「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」としてやればいいじゃないかと思い立ち、メンバー探しをすることになったという。

そして、1981年10月21日、シングル「A面で恋をして」をリリースし、その後アルバム制作にとりかかった。
Electric Light Orchestra
「All Over the World」

気持ちが昂揚して、ちょうど来てほしいところで来る2拍3連。さすがポップの神様、ジェフ・リンです。


ELO’s 9th & ONJ’s 8th アルバム『XANADU』(1980年8月発売)収録(ELO side -4)

作詞・作曲・プロデュース:Jeff Lynne

■アウトロに3回!
オリビア・ニュートン・ジョン主演のユニバーサル映画「XANADOU」のサウンド・トラック盤。片面がELO side、もう片面はジョン・ファーラーJohn FarrarがプロデュースするONJ side。

映画は不評に終わったが、音楽は高評価で、シングル・カットされた「Magic」が全米1位、「Xanadu」全英1位。アルバムは全英2位・全米4位(Cash Boxは1位)。

ONJがMCA、ELOがJet Recordsだったので、米&カナダはMCAから、他の全世界はJetから発売された。
「XANADU」の語源は、モンゴル帝国(元)の第5代皇帝フビライ・ハーンが、モンゴル高原南部に設けた夏の都、上都(シャンドゥー)。
Sheryl Crow
Sweet Child O' Mine」

またサントラです。映画は「最低主演男優賞」、でも音楽は「最優秀女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞」!


アルバム『BIG DADDY O.S.T.』(1999年発売)収録(A-1)

作詞・作曲:Izzy Stradlin, Steven Adler, Duff McKagan, Axl Rose, & Slash

“Guns N’ Roses”、1987年のデビュー・アルバム『Appetite For Destruction』収録にして3枚目のシングル(共に全米1位)のカヴァー。

プロデュース:Rick Rubin & Sheryl Crow

■最後のほうに劇的に登場する。
本日3作目の映画サントラ。アダム・サンドラー主演のアメリカ映画「BIG DADDY」(1999)のメインテーマ。映画は第20回ゴールデンラズベリー賞・最低主演男優賞受賞。

シェリル・クロウはこの曲で、グラミー賞最優秀女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞。
The Beatles
「We Can Work It Out(恋を抱きしめよう)」

2拍3連を利用して曲のリズムを変えたのはジョージのアイデア。「I Me Mine」でも似たような娘ことをやっているね。


11th シングル(1965年12月3日発売)

「Day Tripper」と両A面(初の両A面シングル)

作詞・作曲:Lennon & McCartney(Aメロ・サビはポール、ミドル「Life is very short...」はジョン。3拍子になるのはジョージのアイデア)

■6小節循環の「Middle」の最後2小節とエンディング。
アルバム『RUBBER SOUL』のレコーディング中に制作されたが、アルバムには入っていない。

全英・全米共に1位。The Beatlesの6シングル連続全米1位の最後の曲。

(1)「I Feel Fine」(2)「Eight Days a Week」(3)「Ticket to Ride」(4)「Help!」(5)「Yesterday」(6)「We Can Work It Out」
Wilson Pickett
「Something You Got」

2拍3連をうまく活かしたアレンジです。スティーブ・クロッパーのギターも渋いね。


3rd アルバム『The Exciting Wilson Pickett』(1966年8月発売)収録(A-2)

作詞・作曲:Chris Kenner/プロデュース:Jerry Wexler, Steve Cropper, Jim Stewart, Rick Hall, Tom Dowd

■サビの中のキメ
アルバムはビルボードR&Bチャート3位/POPチャート21位
ウィルソン・ピケット:

1941年3月18日 - 2006年1月19日 米国アラバマ州プラットヴィル出身

1955年、ゴスペルのグループ”the Violinaires”に参加。

1959年、プロを目指し”the Falcons”に加入。Eddie Floydがいた。

自身の「If You Need Me」という曲のデモテープを作り、Atlanticのジェリー・ウェクスラーに送ったが、ウェクスラーはそれを勝手に、当時Atlanticでいちばんの売れっ子だったソロモン・バークSolomon Burkeに歌わせ発売したところ、R&Bチャート2位とバークの中でも最大のヒットのひとつになった。ピケットはがっかりした。

1963年、Double Lというレーベルから「It's Too Late」というタイトルのシングル、アルバムを発売、シングルはR&Bチャート7位となる。

1964年、それを見たウェクスラーは慌ててピケットをAtlanticに移籍させた。

1965年、シングル「In the Midnight Hour」がR&Bチャート1位、POPチャート21位のヒット。

1966年、「634-5789 (Soulsville, U.S.A.)」、「Land of 1,000 Dances(ダンス天国)」、「Mustang Sally」がR&B1位。

1967年、「Funky Broadway」がR&B1位。

1971年、「Don't Knock My Love ? Pt. I」がR&B1位
2006年1月19日、心臓発作で死去。享年64歳。
Bonnie Raitt「I Know」

呼吸まで聴こえてきそうなイキイキとしたスタジオ・ライブ。だから聴きあきない。

2nd アルバム『Give It Up』(1972年9月発売)収録(A-3)

作詞・作曲:Barbara George

Barbara George、1961年のヒット曲のカヴァー

プロデュース:Michael Cuscuna

■サビの中のキメ(Wilson Pickett「Something You Got」とそっくり)
ボニー・レイット:

1949年11月8日、米国カリフォルニア州バーバンク生まれ。父は俳優、母はピアニスト。

8歳でギターを始める。

1971年、ワーナーより『Bonnie Raitt』でデビュー。

1989年、キャピトル移籍第1弾『Nick of Time』が全米1位のヒット。グラミー賞3部門受賞。

続いて、1991年『Luck of the Draw』も全米2位、グラミー賞3部門受賞。
Boz Scaggs「Jo Jo」

2拍3連とシンコペーションを効果的に使った、これしかない!アレンジ。

シングル(発売日不明)

9th アルバム『Middle Man』(1980年4月発売)収録(A-1)

作詞・作曲:David Foster. David Lasley, Boz Scaggs/プロデュース:Bill Schnee

Key.: David Foster/Sax: Adrian Tapia/Dr.:Jeff Porcaro/Guit.: Steve Lukather, Ray Parker Jr./Bass: John Pierce

■サビの後、ピアノだけで軽く決め、さらに間奏前に派手にぶちかます。
全米17位。アルバムは全米8位。
ボズ・スキャッグス:

本名:William Royce Scaggs 1944年6月8日、米国オハイオ州生まれ。

少年時代をテキサス州で過ごす。12歳のときにギターを始め、セント・マークス・スクールでスティーヴ・ミラーと出会う。2人は共にウィスコンシン大学に進み、ブルース・バンドを組んだ。

スウェーデンで歌っているとき、地元のポリドール・レコードの目にとまり、1965年にデビュー作『BOZ』を発表する。

1968年、”スティーヴ・ミラー・バンド”の最初の2アルバムに参加。

1969年、アトランティック・レコードからアルバム『Boz Scaggs』で米デビュー。”Muscle Shoals Rhythm Section”そしてDuane Allmanが参加したこのアルバムは、一定の評価を得るもののセールスは振るわなかった。

1971年、コロムビア・レコードに移籍。

1976年にリリースした7th アルバム『Silk Degrees』が全米2位となる大ヒット。続いて『Down Two Then Left』(1977)と『Middle Man』(1980)とヒットを連発した。

2013年3月、アルバム『Memphis』が33年ぶりに全米TOP20入(17位)する。
Jellyfish「New Mistake」

今聴いてもかっこいい抜群の音楽センス。2拍3連の使い方もおしゃれ。


アルバムからの2nd シングル(発売日不明)

2nd アルバム『Spilt Milk(こぼれたミルクに泣かないで)』(1993年2月9日発売)収録(A-4)

作詞・作曲:Roger Manning & Andy Sturmer

プロデュース:Albhy Galuten, Jack Joseph Puig, Andy Sturmer, Roger Manning


■サビの中間に1拍遅れの2拍3連。
全英55位。アルバムは全英21位/オリコン100位。
ジェリーフィッシュ:

1988年、サンフランシスコの”Beatnik Beatch”というバンドに同時期に参加した、キーボーディストのロジャー・マニングRoger Manningとドラマーのアンディ・スターマーAndy Sturmerが、意気投合し、いっしょに曲を作り、バンドにプレゼンするも採用されなかったため、バンドをやめ、二人で”Jellyfish”を結成する。

1990年、1st アルバム『Bellybutton』リリース。

1993年、2nd アルバム『Spilt Milk』リリース。

1994年、意見の相違から解散。
Tower Of Power
「Soul Vaccination」

この激しくグルーヴィなリズム隊だからこそ活きる2拍3連のオドカし。


3rd アルバム『Tower Of Power』(1973年5月発売)

作詞・作曲:Emilio Castillo & Stephen ""Doc"" Kupka/プロデュース:Tower Of Power

エンジニア:Jim Gaines/Dr.: David Garibaldi/Bass: Francis Rocco Prestia/Guit.: Bruce Conte/Organ: Chester Thompson

■前半、キックだけで小粋に入る。最後の方派手に全体で何度か。
アルバムは全米15位。彼らの最大ヒット。
タワー・オブ・パワー:

1968年夏、カリフォルニア州オークランドで、テナー・サックスのエミリオ・カスティーヨEmilio Castilloとバリトン・サックスのステファン・ドク・クプカStephen ""Doc"" Kupkaが出会い、いっしょに音楽活動を始める。

1970年までにはバンド名を”Tower Of Power”とし、ビル・グラハムBill Grahamの「San Francisco Records」と契約、1st アルバム『East Bay Grease』をリリースする。

ワーナーに移籍、1972年には2nd アルバム『Bump City』をリリース。

1973年春、3rd アルバム『Tower Of Power』リリース。彼らの代表曲のひとつ「What Is Hip?」収録。

1974年、4th アルバム『Back to Oakland』リリース。全米26位。「Modern Drummer Magazine」で「ドラマーが聴くべきもっとも重要なアルバム」のひとつに選ばれた。

1986年、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースHuey Lewis and the Newsのアルバム『FORE!』でホーン・セクションが起用されてから再び注目が集まった。
大瀧詠一「君は天然色」

この曲を聴いていて「2拍3連特集」をやろうと思いました♪

7th シングル(1981年3月21日発売)

アルバム『A LONG VACATION』(1981年3月21日発売)収録(A-1)

作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:多羅尾伴内/プロデュース:大瀧詠一

■Bメロ4小節がすべて2拍3連。2コーラス目の頭「夜明けまで長電話」のメロディも。
オリコン36位。アルバムはオリコン2位(81年年間2位)。
須藤薫への提供曲「あなただけI LOVE YOU」(なぜか1981年11月21日発売)に続いてもう1曲依頼されて作ったが男性向きでは?と不採用になった曲がこの「君は天然色」になった。

『A LONG VACATION』の中でいちばん最初にレコーディング(1980年4月)。CBSソニー六本木スタジオのAスタで、「最初の音が出た瞬間「できたー!」と思った」と本人は語る。

アーティスト

BARKS

BARKSは2001年から15年以上にわたり旬の音楽情報を届けてきた日本最大級の音楽情報サイトです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • PunkyFineのそれでいきましょう!~V-MUSICジェネシス日記~
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • Tsubasa Shimada presents / 「Wet Crate」
  • SUPER★DRAGON / 「楽楽★PAINT」
  • OLDCODEX / 「WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~」
  • みねこ美根 / 「映画の指輪のつくり方」
  • 高槻かなこ / 『PLAYING by CLOSET♪♪』

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