爆音アワー

爆音アワー

いい音爆音アワー vol.61 「クリスマ
ス・ソング特集」

いい音爆音アワー vol.61 「クリスマス・ソング特集」

2015年12月16日(水)@風知空知

このシーズン、ラジオでもネットでも、猫も杓子も「クリスマス特集」になるんだけど、この『いい音爆音アワー』はそんなベタなテーマには見向きもしまへんと、5年間やってきました。でも、一回くらいいいかなと思い、今回は初の「クリスマス・ソング特集」に挑戦。そしたら意外におもしろい♪ 日本じゃ(ほとんど)単なるお祭りですが、キリスト教文化の人たちには真面目に「聖なる夜」。しみじみさせられたり、背筋がしゃんと伸びるような歌もありました。

ちなみに日本でクリスマスが定着したのは、1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出し、クリスマス・セールを始めたことが契機だそう。まず商売ありきだったんだね。

福岡智彦 (いい音研究所)

セットリスト
松任谷由実「恋人はサンタクロース」
この曲以降、クリスマスが子供たちのものから恋人たちのイベントに変わった!?


10th album『SURF & SNOW』(1980年12月1日発売)収録

作詞・作曲:松任谷由実/編曲:松任谷正隆
後に、映画『私をスキーに連れてって』(1987年11月21日公開)でフィーチャーされ、映画のヒットと相まって一世を風靡した。ほんとの主題歌は同じアルバムの「サーフ天国、スキー天国」のほうだったんだけどね。

Aメロの歌の合間にヒュンヒュンと鳴るシンセ音が、スキー板が跳ね上げる雪しぶきのようで、耳に残る。クリスマス・ソングというよりはスキー・ソング、ゲレンデ・ソングだね。

こんなに有名な曲なのに、なぜかシングル・カットはされていない。
アルバム発売後、同タイトルのシリーズ・ライブ・イベントを始めた。

夏は「YUMING SURF & SNOW in Zushi Marina」1982年→2004年(vol.17まで)

冬は「YUMING SURF & SNOW in Naeba」1981年から毎年、現在も(2016年はvol.36)
サザンオールスターズ「Christmas Time Forever」
典型的な桑田節。暖炉の前で肩組んで歌うのに最適(そんな機会ないけど)。


11th album『世に万葉の花が咲くなり』(1992年9月26日発売)収録

作詞・作曲: 桑田佳祐/編曲: 小林武史 & サザンオールスターズ/プロデュース:サザンオールスターズ & 小林武史
丸井「'92 マルイのクリスマス;」キャンペーンソング。

1988年頃からシングル作品を中心にアレンジャーとして関わっていた小林武史がこのアルバムでは本格的に参加。

レコーディング途中からベースの関口和之が休養に入る。

CDレーベルの切り貼り文字は桑田自身が作った。

アルバムはオリコン4週連続1位にして、第34回日本レコード大賞・アルバム大賞獲得
山下達郎「クリスマス・イブ」
何度聴いても飽きないね。イントロが鳴り出すたびドキドキする。


12th single [12inch](1983年12月14日発売)

7th album『MELODIES』(1983年6月8日発売)収録

作詞・作曲・編曲:山下達郎
3万枚限定のピクチャー・レコードとしてシングル・カット。

当初はオリコン最高44位だったが、1988年、JR東海「ホームタウン・エクスプレス(X'mas編)」(出演は当時15歳の深津絵里)のCMソングに使用されたことで認知が広がり、1989年12月にはオリコン1位を獲得(発売から1位獲得まで6年6ヶ月!)。

4年代(1980・1990・2000・2010年代)でトップ10入りは史上初の記録。また、トップ100位以内獲得連続29年(1986年 - 2014年)も最高記録、そしてそれを毎年更新中。
The Ronettes「Sleigh Ride
マーサ&ザ・ヴァンデラスの「(Love Is Like)A Heat Wave」みたいなノリに、ヴェロニカのキュート・ボイスが光る。


album『A Christmas Gift For You from Phil Spector』(1963年11月22日発売)収録

作詞:Mitchell Parish/作曲:Leroy Anderson/編曲:Jack Nitzsche/プロデュース:Phil Spector/エンジニア:Larry Levine
フィル・スペクターが彼独自のサウンド「Wall Of Sound」によって主に定番クリスマス・ソングを、ザ・ロネッツ、ボブ・B・ソックス&ブルージーンズ、クリスタルズ、ダーレン・ラヴら、自身のフィレス・レコード所属のアーティストによってカヴァーしたアルバム。

発売日がケネディ大統領が暗殺されたその日だったこともあって、当初は売上が芳しくなかったが、1972年にApple Recordsから再発されてからは評価が高まり、クリスマス・アルバムの定番となった。
1958年、ヴェロニカ・ベネット(Veronica Bennett / Ronnie Spector)が実姉のエステル・ベネット(Estelle Bennett)、いとこのネドラ・タリー(Nedra Talley)を誘って結成。

1961年、Colpix レコードからデビューするも、ヒットには至らず、フィル・スペクターのPhilles レコードから1963年8月、「Be My Baby」で再デビュー。全米2位、全英4位の大ヒットになるとともに、「Wall Of Sound」によりポップス界に多大な影響を与える。

ヴェロニカは1968年にフィル・スペクターと結婚。しかし1973年に離婚。
Darlene Love「White Christmas」
裏方ディーバの堂々たる歌いっぷりが映える、Wall-of-Sound版ホワイトクリスマス。


album『A Christmas Gift For You from Phil Spector』(1963年11月22日発売)収録

作詞・作曲:Irving Berlin/編曲:Jack Nitzsche/プロデュース:Phil Spector/エンジニア:Larry Levine

オリジナルのビング・クロスビー版はこれまでに5000万枚を売り上げたと言われる超特大ヒット曲
本アルバムの1曲目を飾る。
1941年7月26日 米国カリフォルニア州ホーソーン生まれ

1957年、まだ高校生のときにガール・コーラス・グループ”The Blossoms”の一員となる。

”The Blossoms”とともに、バック・シンガーとしてエルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラ、ビーチ・ボーイズ等、多くの有名ミュージシャンのレコーディングに参加。1961年にフィル・スペクターと出会い、歌唱力を認められる。クリスタルズの影武者としてレコーディングした「He’s A Rebel」は全米No.1ヒットとなった。
2013年の映画「バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち(20 Feet from Stardom)」に出演。
U2「Christmas (Baby Please Come Home)」
U2のクリスマス・ロック。ダーレン・ラヴも参加。


album『A Very Special Christmas』(1987年10月12日発売)収録

Written by Ellie Greenwich, Jeff Barry and Phil Spector
元はダーレン・ラヴが『A Christmas Gift For You from Phil Spector』の中で歌っていた。フィル・スペクターも作曲に参加しているオリジナル曲である。

本アルバムは、「Special Olympics」という知的障害者のスポーツ支援国際団体に寄付することを目的とするクリスマス・ソング・コンピレーション。A&Mレコーズのジミー・アイオヴァィン(Jimmy Iovine)がプロデューサー。ジャケットはキース・ヘリング(Keith Haring)のイラスト。
このアルバムを皮切りに、シリーズものとして現在に至るまで何作もリリースされている。
1987年7月29日、U2が「The Joshua Tree Tour」で訪れたスコットランド・グラスゴーの会場でのサウンド・チェック時にレコーディングした。Darlene Loveがバックコーラスを務めている。
1976年、アイルランド、ダブリンのマウント・テンプル高校に通う、ラリー・マレン(Larry Mullen, Jr.)、ポール・ヒューソン(Bono)、アダム・クレイトン(Adam Clayton)、エヴァンス兄弟(兄ディック、弟デイヴ(The Edge))が集まりバンド結成。1978年にディックが脱退し、バンド名が”U2”となる。

CBSアイルランドを経て、1980年5月、アイランド・レコードと契約、シングル「11 O' Clock Tick-Tock」をリリースする。

1980年10月20日、スティーブ・リリーホワイト(Steve Lilywhite)のプロデュースによりアルバム『BOY』発売。2nd アルバム『OCTOBER』(1981年)、3rd アルバム『WAR』(1983年)までリリーホワイトがプロデュースを担当し、『WAR』は全英初登場1位を獲得する。

4th アルバム『The Unforgettable Fire(焔)』(1984年)からはブライアン・イーノ(Brian Eno)とダニエル・ラノワ(Daniel Lanois)のプロデュースに代わり、1987年の5th アルバム『The Joshua Tree』は全英・全米チャート共に1位を獲得、さらにシングル「With Or Without You」、「I Still Haven't Found What I'm Looking For(終わりなき旅)」もビルボードHot 100で1位となり、”U2”は世界的なビッグ・アーティストとなった。
Madonna「Santa Baby」
少女みたいな歌唱はすぐにはマドンナとわからない。ストリングスが美しいアレンジ。


album『A Very Special Christmas』(1987年10月12日発売)収録

Written by Joan Javits & Philip Springer Arranged by Jeremy Lubbock

オリジナルは1953年7月にリリースされたEartha Kittのもの
続いて『A Very Special Christmas』からもう1曲。
本名:Madonna Louise Ciccone。1958年8月16日、米国ミシガン州ベイシティ生まれ。

1982年10月、ワーナー傘下のSire レコードよりシングル「Everybady」でデビュー。1984年末にはシングル「Like a Virgin」が大ヒットし、その大胆かつ挑発的なイメージで一躍世界的なメガスターになる。
Joni Mitchell「River」
周りはクリスマスで浮かれているけど、自分は失恋して寂しい。川があったらスケートで滑って逃げ出すのに、って歌です。


4th album『BLUE』(1971年6月22日)収録

作詞・作曲・プロデュース:Joni Mitchell
シングル・カットはされなかったが、ジョニの曲で2番めに多くカヴァーされている曲である(432回。「Both Sides Now(青春の光と影)」に次ぐ)。

アルバムは評価が高く、全米15位、全英3位と売上もよかった。2000年1月にニューヨーク・タイムズ紙は「turning points and pinnacles in 20th-century popular music(20世紀のポピュラー・ミュージックで時代を変え、頂点を極めた)」アルバム25作品のうちのひとつにこの『BLUE』を挙げている。
1943年11月7日 カナダ・アルバータ州フォート・マクラウド生まれ

母はスコットランドおよびアイルランド系で、父はノルウェー系。

1968年にデビュー。1969年5月1日発売の2nd アルバム『CLOUDS(青春の光と影)』の成功により、その名が広く知られるようになった。

近年はモルジェロンズ病という、皮膚の下から綿が出てくる!難病を患い、闘病中らしい。
Julia Fordham「December 24th」
意外に太い低音からハスキーな高音へと駈け巡るシルキー・ヴォイスに、差し込む光のようなアコースティック・ギターのきらめき。


album『winter, fire & snow』(1995年10月24日発売)収録

作詞・作曲:Julia Fordham
クリスマス・チャリティ・アルバム。ニューエイジおよびワールド・ミュージック的傾向はあるが、ソウルフルな曲もあり、多彩な内容になっている。他の参加アーティストは、Tuck & Patti, b-tribe, Manu Dibango, Phoebe Snow, Jane Siberry, Gipsy Kings, Robbie Robertson, Clannadなど。
1962年8月10日、英国ポーツマス生まれ。

マリー・ウィルソン(Mari Wilson)のバックコーラスなどでキャリアを積み、1988年7月、アルバム「Julia Fordham(ときめきの光の中で)」でデビュー。
Eagles「Please Come Home For Christmas(ふたりだけのクリスマス)」
ドン・ヘンリーの切ない声が似合うソウルっぽいクリスマス・ソング。なぜかジャケットは夏気分満点。


single(1978年11月28日発売)

作詞・作曲:Charles Brown, Gene Redd/プロデュース:Bill Szymczyk
ブルース・シンガーのチャールズ・ブラウンが1960年にリリースした曲のカヴァー。

全米18位。

ランディ・マイズナー(Randy Meisner)の後任、ティモシー・シュミット(Timothy B. Schmit)が初めてベースを弾いたEagles音源。
1976年12月発売の5th アルバム『Hotel California』が世界的に大ヒットした後、1978年には6th アルバム『The Long Run』を発売すべくレコーディングを進めていたが、難航し、翌年にずれ込む。その間に制作したシングル。
リンダ・ロンシュタットのライブ及びレコーディングで集まったミュージシャンたちが1971年に結成。

1972年6月17日、Asylumレコードより1st アルバム『Eagles』発売。

1975年6月10日、4th アルバム『One Of These Nights(呪われた日々)』発売。全米1位。

1976年12月8日、5th アルバム『Hotel California』発売。全米1位、全英2位、日本2位。シングル「Hotel California」と共に全世界で大ヒット。

1979年9月24日、6th アルバム『The Long Run』発売。

1980年、活動停止、そして1982年、正式に解散。
The Band「Christmas Must Be Tonight」
浮遊感とグルーブ感のブレンド具合が絶妙で気持ちいいサウンド。全然クリスマスっぽくはない。


7th studio album『ISLANDS』(1977年3月15日)収録

作詞・作曲:Robbie Robertson
ロバートソンが1975年7月の息子の誕生に触発されて書いた。1975年のクリスマスにシングルとして発売される計画もあったらしい。

クリスマス・コンピレーション・アルバムの『winter, fire & snow』にも収録されているが、そちらはRobbie Robertson名義になっている。
ザ・バンド、第1期のラスト・アルバム『THE LAST WALTZ』はワーナーで発売されることになっていたが、キャピトルとの契約が残っていたため、このアルバムを出すことになった。基本的に未発表曲を寄せ集めたもの。
1959年、アメリカのロックンローラー、ロニー・ホーキンス(Ronnie Hawkins)のバックバンド”ザ・ホークス(The Hawks)”に、ドラムスのリヴォン・ヘルム(米国人)、ギターのロビー・ロバートソン、ベースのリック・ダンコ、ピアノのリチャード・マニュエル、ガース・ハドソン(4人共カナダ人)が参加する。1963年まで活動した。

1964年、意見の相違からロニーと別れ、地道なライブ活動を続けていたホークスは、ボブ・ディランのマネージャーのアルバート・グロスマン(Albert Grossman)の目に留まり、ボブ・ディランのバックバンドに抜擢されることとなった。

1968年、ホークスはバンド名を”ザ・バンド”とし、アルバム『Music From Big Pink』でデビュー。

1976年11月24日、解散コンサートをサンフランシスコのウインターランドで開催する。その模様を撮影し、マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督のもと、『THE LAST WALTZ』として映画化される(公開は1978年4月26日)。3枚組のサントラ・アルバムも発売(1978年4月7日)される。
Wizzard「I Wish It Could Be Christmas Everyday」
ロイ・ウッドの有り余る才能が産んだハッピーなクリスマス・ソング。


single(1973年12月発売)

1st album『BREW』{1973年3月発売)収録

作詞・作曲・プロデュース:Roy Wood

全英4位。1981年と84年に再発され、それ以降も毎年クリスマス・シーズンになると売れるイギリスの定番クリスマス・ソングになっている。
The Move”の中心人物であり、ジェフ・リン(Jeff Lynne)と共に”Electric Light Orchestra”を作ったロイ・ウッド(Roy Wood)が、ELOの2nd アルバム制作中に脱退した後、結成したバンド。

1973年デビュー。

ELOは「ロック+クラシック」がコンセプト、バンドの中にホーン奏者とヴァイオリン奏者を入れた(後、弦楽三重奏)が、Wizzardもコンセプトは基本同じ。ホーン・セクションがより充実し、ドラムもツインという8人編成。ロイ・ウッド自身、弦も管もできる人で、そのアレンジも全部こなした。かつ、ポップなメロディを書けるというマルチ・タレント人だが、そういう人にありがちなのが、持久力のなさ。このバンドも2枚のアルバムを残して1975年には解散してしまう。
鈴木さえ子「I Wish It Could Be Christmas Everyday」
美人ドラマーはなぜかクリスマス・ソングでソロ・デビューした。同名異曲ですよ。


1st single(1983年11月21日発売)

1st album『I Wish It Could Be Christmas Everyday(毎日がクリスマスだったら…)』(1983年7月21日発売)収録

作詞・作曲:鈴木さえ子/プロデュース:鈴木慶一&鈴木さえ子
「ドビュッシーの曲の中ですごく好きなコードがあって、そのコードを現代風なポップにする感じで作ってみた。タイトルはロイ・ウッドの引用」(本人談)
1957年3月14日 東京都国立市生まれ。

幼少よりピアノを習う。

高校2年でドラムに興味を持つ。

1976年、桐朋学園短大ピアノ専攻科に在学しつつ、女性ロックバンド”メデューサ”にドラマーとして加入。

“メデューサ”解散後、堀川まゆみ(4代目クラリオンガール)のバック、女性ロックバンド”ベアトリーチェ”などで活躍。

1979年10月、鈴木慶一と出会い、彼がプロデュースを手掛けていた”CINEMA”に加入する。(80年4月、”CINEMA”デビュー時は未加入)
1981年 ”CINEMA”アルバム『Motion Picture』発売。(この時のメンバーは、松尾清憲、一色進、小瀧満、中原安弘(信雄)、鈴木さえ子) やがて解散。

スタジオ・ミュージシャンとして活躍。

1983年7月21日、ディアハート・レーベルより1st ソロ・アルバム『I Wish It Could Be Christmas Everyday(毎日がクリスマスだったら…)』発売。

1984年6月21日、2nd アルバム『科学と神秘』発売。

CM音楽も多数手掛ける。「日清チキンラーメン」の”すぐおいしい、すごくおいしい”(1984)は代表作品。

1985年7月21日、3rd アルバム『緑の法則』発売。

1987年6月21日、4th アルバム『Studio Romantic』発売。プロデュースはアンディ・パートリッジ(XTC)。

1989年12月16日公開の市川準監督映画「ノーライフキング」のサントラを担当。出演も。

子育てもあり、仕事を減らす。

2004年、アニメ「ケロロ軍曹」のサントラを担当、アルバム『ケロロ軍曹 オリジナル・サウンドケロック1』発売(2006年の「3」まで継続)。

2007年12月、”CINEMA”の新作アルバム『CINEMA RETURNS』を発売。
The Musical Cast Of Toys featuring Wendy & Lisa「The Closing Of the Year」
アイリッシュ・テイスト溢れるホリーなメロディ。彼女たちってこんなに清らかな声だっけ!?


album『TOYS Music from the Original Motion Picture Soundtrack』(1992年12月15日発売)収録

作詞・作曲:Trevor Horn & Hans Zimmer/プロデュース:Trevor Horn
1992年のクリスマスに公開された映画「TOYS」<監督:バリー・レビンソン(Barry Levinson) 主演:ロビン・ウィリアムズ(Robin Williams) 20世紀フォックス>のサウンドトラックより。

プリンスのバックバンド、”The Revolutions”(1987年解散)のメンバーだった、ウェンディ・メルヴォワン(Wendy Melvoin)、リサ・コールマン(Lisa Coleman)をフィーチャー。

後半登場する男性ボーカルはシール(Seal
サウンドトラック全体のプロデュースがハンス・ジマーとトレヴァー・ホーン。ハンス・ジマーは「レインマン」(1988年)、「ドライビング・ミス・デイジー」(1990年)、「テルマ&ルイーズ」(1991年)、「プリティ・リーグ」(1992年)などの音楽も担当した映画音楽界の売れっ子。ドイツ生まれ、ロンドンでトレヴァー・ホーンの元でアレンジ力を磨いた。
Band Aid「Do They Know It's Christmas」
「We Are the World」と並ぶ歴史的チャリティ・ソング。


single(1984年12月3日発売)

作詞・作曲:Midge Ure & Bob Geldof(曲は主にミッジ、詞は主にボブ)

プロデュース:Midge Ure(remixではTrevor Hornも参加)

ジャケット・デザイン:ピーター・ブレイク(Peter Thomas Blake The Beatlesの『Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のジャケット・デザイナー)

全英5週連続1位 全米13位
The Boomtown Rats”のボブ・ゲルドフ(Bob Geldof)と”Ultravox”のメンバーだったミッジ・ユーロ(Midge Ure)が、1984年のエチオピアの飢餓問題に対して、”バンド・エイド”を立ち上げ、売上を寄付することにした。当初ボブの望みは7万ポンドだったと言われているが、結果は8百万ポンドに上った。

これに触発されて、アメリカではハリー・ベラフォンテが提唱し、1985年に”USA for AFRICA”が結成され、3月28日に「We Are the World」をリリース。

1985年7月13日には「ライブエイド」が、英国ロンドン郊外ウェンブリー・スタジアム、米国フィラデルフィアのJFKスタジアム他で開催された。

その後、1989年に”バンド・エイドII”、2004年に”バンド・エイド20”、2014年にはエボラ出血熱の支援目的で”バンド・エイド 30”と、プロジェクトは継続されている。
主な参加アーティスト:Sting, Bono, Adam Clayton, Phil Collins, Paul Weller, George Michael, Paul Young, Jody Watley, Ultravox, Boomtown Rats, Spandau Ballet, Duran Duran, Heaven 17, Kool & the Gang, Culture Club, Status Quo, Bananarama
Glee Cast「Extraordinary Merry Christmas」
演じて歌って踊れる若者がわんさか登場、アメリカのエンタテインメント力にほとほと感心してしまうシリーズ・ドラマからオリジナル・クリスマス・ポップ。


シリーズ10作目のalbum『the Christmas Album, Vol. 2』 (2011年11月15日発売)収録

作詞・作曲:Adam Anders, Peer ?str?m & Shelly Peiken

featuring: Darren Criss(Blaine Anderson) & Lea Michele(Rachel Berry)
2009年5月19日~2015年3月20日に放映された米国のテレビ・ドラマ・シリーズ。20世紀フォックステレビジョン製作。

この曲は2011年12月13日に放映された、シーズン3/エピソード9で歌われた。カヴァーではなくこのドラマのために作られたオリジナル曲である。
坂本龍一「Merry Christmas Mr.Lawrence」
繰り返しに耐えうるフレーズを作らせたら彼の右に出るものはいないね。


album『Merry Christmas Mr.Lawrence(戦場のメリークリスマス)』(1983年5月1日発売)収録

作曲・プロデュース:坂本龍一

英国アカデミー賞作曲賞受賞
坂本龍一の初映画出演、そしてデビッド・ボウイも出演している映画「戦場のメリークリスマス」(大島渚監督 1983年5月28日公開)のオリジナル・サウンドトラック。坂本の初のサントラ作品でもある。

西洋でも東洋でもない「どこでもないどこか」、そして「いつでもない時間」をイメージして作られた。

主旋律の音色はワイングラスのサンプリング音(いわゆるグラスハープ)がピアノとユニゾンで使われている。

映画は第36回カンヌ国際映画祭において、グランプリ最有力と言われたが受賞は逃した。
The Jackson 5「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」
マイケル12歳。弾けるような瑞々しい声と思い切りのいい歌いっぷりにただ感涙。


4th album『The Jackson 5 Christmas Album』(1970年10月15日発売)収録

作詞・作曲:Tommie Connor

オリジナルは1952年リリースのJimmy Boyd(当時13歳)盤。全米1位になった。
米国インディアナ州ゲーリーの労働階級の家庭に生まれたジャクソン兄弟。

1962年にジャッキー、ティト、ジャーメインの3人を中心に活動を始め、1963年にはマーロンとマイケルも加わった。

1969年10月、シングル「I Want You Back(帰ってほしいの)」でモータウンよりデビュー。翌年には全米1位となった。本作から4作連続で、Billboard誌のHot 100とR&Bチャート、両方のトップを獲得するという華々しいスタートとなる。
Otis Redding「Merry Christmas Baby」
死後にリリースされたキング・オブ・ソウルのハートフルなクリスマス・チューン。


single「White Christmas」(1968年クリスマス・シーズン発売)のB面

作詞・作曲:Lou Baxter & Johnny Moore

オリジナルは1942年発売の”Johnny Moore's Three Blazers”盤。
1941年9月9日、米国ジョージア州ドーソン生まれ。

1962年、シングル「These Arms of Mine」でデビュー、R&Bチャート20位のスマッシュ・ヒット。

1964年、スタックス傘下のVOLTレコードより、アルバム『Pain in My Heart』リリース。

1967年12月10日、飛行機事故により死去。享年26歳。

1968年1月8日、死の3日前に録音された「(Sittin' on) The Dock of the Bay」をシングル・リリース。オーティス初の全米1位獲得楽曲となった。
Phoebe Snow「Merry Christmas, Baby」
神々しいほどの歌唱に、心を洗われます。これも同名異曲。


album『winter, fire & snow』(1995年10月24日発売)収録

作詞・作曲:Tonio K. & John Keller/プロデュース&ミックス:Kirk Yano
1950年7月17日、米国ニューヨーク市生まれ。

1972年、シェルター・レコードのデニー・コーデルに見出され、1974年7月、デビュー・アルバム『Phoebe Snow』をリリースした。全米4位、米国内で100万枚以上を売り上げた。シングル「Poetry Man」はビルボードHOT 100の5位、アダルト・コンテンポラリー・チャートで1位を獲得、グラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされた。

1975年12月、娘ヴァレリー・ローズを出産。生まれながらの重度の脳障害だったが、自宅で養育。

1976年、コロムビア・レコードに移籍、数枚のアルバムをリリースするも、1stほどの成功は得られず、娘の養育の負担もあって、80年代にはほとんど活動停止となる。

1989年、アルバム『Something Real』が久々のヒット。

1992年、ドナルド・フェイゲンの「ニューヨークロック&ソウルレビュー」ツアーに同行。

2003年に14年ぶりとなるアルバム『Natural Wonder』をリリース。

2010年1月19日、脳出血を起こし昏睡状態に陥り、肺炎、心不全なども併発、2011年4月26日、満60歳で永眠した。
John & Yoko Plastic Ono Band with the Harlem Community Choir
「Happy Xmas (War Is Over) 」
ジョンが亡くなって35年。いまだに世界平和への道遙か。


single(1971年12月1日発売(米)/1972年11月24日発売(英) )

作詞・作曲:John Lennon & Yoko Ono/プロデュース:Phil Spector, John Lennon, Yoko Ono

「the Harlem Community Choir」とはバックの子供のコーラス隊のこと。

ベトナム戦争への反戦歌でもあったが、多くのアーティストにカヴァーされ、クリスマス・スタンダードになった。
ジョンとヨーコの反戦キャンペーンの一環。1969年3月と5月のいわゆる「Bed-in」に始まり、1969年12月、世界の12都市で、「WAR IS OVER! If You Want It ? Happy Christmas from John & Yoko」と書かれたビルボード広告を行い、1971年10月にはシングル「Imagine」のリリース、そしてこのシングルと続く。
全英4位(Johnの死後に2位まで上がる)

全米は、1963 - 73年、83 - 85年はビルボードではクリスマス・ソングは一般チャートに載せないという規定があったため、ランクインしてないが、キャッシュ・ボックス誌は最高36位。

英国で発売が1年遅れたのは、当時ジョンのソロ曲も管理していたノーザン・ソングスが、「John Lennon & Yoko Ono」で発表したことに難癖をつけていたため。
他のビートルズ・メンバーのクリスマス・ソング

ポール・マッカートニー 「Wonderful Christmas Time」(1979)

ジョージ・ハリスン 「Ding Dong, Ding Dong」(1974)

リンゴ・スター album『I Wanna Be Santa Claus』(1999)
Stevie Nicks「Silent Night」
70年代、妖精であった彼女は、だんだんダミ声になっていってしまったが、この曲にはそれが合ってるような。


album『A Very Special Christmas』(1987年10月12日発売)

作詞(ドイツ語): ヨゼフ・モール(Joseph Mohr)/作曲:フランツ・クサーヴァー・グルーバー(Franz Xaver Gruber)

1818年に書かれた。英語詞は作者不詳。

プロデュース:Jimmy Iovine & Roy Bittan/編曲:Richard Warren

途中合いの手のように絡む男性ボーカルはロビー・ネヴィル(Robbie Nevil、「C'est la Vie」1986のヒットで有名)。
1948年5月26日 米国アリゾナ州フェニックス生まれ

1975年1月、当時ボーイフレンドだったリンジー・バッキンガム(Lindsey Buckingham)と共にフリートウッド・マックに招かれて加入。

1977年、アルバム『RUMOURS(噂)』が大ヒット。

1981年、アルバム『Bella Donna』でソロ活動を開始。

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