【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#15 シ
ンガーソングライター・早川義夫の言

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。


仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『
』を発足し会長として活動中。
【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#15 シンガーソングライター・早川義夫の言葉

頼まれもせず作品をつくりだしていくこ
とが素晴らしいのであって、頼まれるよ
うになってしまったらおしまいなんだ。

『ラブ・ゼネレーション』(文遊社/著・早川義夫)より

※早川義夫が、岡林信康のセカンドアルバム『見る前に飛べ』(昭和45年発売)の音楽ディレクター当時を回想しての言葉。収録曲の「私たちの望むものは」の歌詞に、終わろうとしない怖さを感じ、この歌が終わってからも「だれも聞いている人はいないけれど、僕たちは歌っていかなければいけない。」と語っている。同アルバムの演奏には無名時代の、はっぴいえんどが参加。後のロック界に大きな影響を与える名盤となったことも興味深い。

早川義夫(はやかわよしお)
昭和22年生まれ、東京都千代田区出身。狂気を孕んだ歌声とアバンギャルドいて繊細な楽曲の世界観で、音楽界にも熱狂的ファンが多いシンガーソングライター。昭和43年、「空っぽの世界」で、ジャックスのメンバーとしてレコードデビュー。ジャックスは、当時はヒットしなかったものの、日本におけるサイケデリックロックの礎ともいえる伝説的バンドとして語り継がれている。 解散後、“フォークの神様”岡林信康や、“中津川フォークジャンボリーの飛び入り野郎”加川良など、フォーク界における重要人物たちの音楽ディレクターも務めた。23歳で音楽から離れ書店員となるも、45歳で音楽活動を再開。現在も定期的にライブを続けている。

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