爆音アワー

爆音アワー

いい音爆音アワー vol.88 「爆奏♫音
楽列車」

いい音爆音アワー vol.88 「爆奏♫音楽列車」

2018年3月14日(水)@風知空知

産業革命、あるいは文明開化の象徴とも言える”鉄道”。世の中にまだレコードの”レ”の字も存在しなかった1825年、世界初の鉄道がイギリスで開業しました。つまりポップスよりずっと長い歴史を持っているんですね。

古いところでは、アメリカ大陸横断鉄道の工事に携わったアイルランド系移民から生まれた「線路は続くよどこまでも(I've Been Working on the Railroad)」(1863年頃)、イタリアのヴェスヴィオ山の登山鉄道を宣伝するために作られた「フニクリ・フニクラ」(1880年)、東海道線を初めとする日本の鉄道334駅を歌い込んだ「鉄道唱歌」(1900年)など、鉄道ソングを知ることは歴史を知ることでもあります。

そして、旅立ち、出会いや別れ、列車や駅を背景に人生や恋の喜怒哀楽が描かれ、ジャンルを問わず、数多くの名曲・名盤が生まれてきました。
福岡智彦 (いい音研究所)
セットリスト
Duke Ellington and His Orchestra
「Take the 'A' Train(A列車で行こう)」

メモから生まれた世紀の名曲。

∨1941年2月15日録音

作曲:Billy Strayhorn(1939年)
・ニューヨーク市の地下鉄”A-Train”がテーマ。

・ピッツバーグにいたビリー・ストレイホーンに、デューク・エリントンが彼の楽団への入団を薦め、ニューヨークまでの旅費とともに、ニューヨークの彼の自宅までの地下鉄での行き方を書いて渡した。そのメモは「Take the 'A' Train」から始まっていた。頼まれたわけでなく、自発的にストレイホーンはA-Trainの曲を作った。

・1940年、米国の著作権団体ASCAPがラジオでの使用料を上げたとき、ASCAPが権利を持つ曲がラジオで流せなくなった。エリントンはASCAPに所属していたため、新しい団体BMIに所属していたストレイホーンの曲を、楽団の新しいテーマ曲として使うことにした。
デューク・エリントン:

1899年4月29日 - 1974年5月24日 米国ワシントンD.C.生まれ

6歳よりピアノを学ぶ。

1927年、彼の楽団が、ハーレムの”Cotton Club”の専属となり、絶大なる人気を博す。
ビリー・ストレイホーン:

1915年11月29日 - 1967年5月31日 米国オハイオ州デイトン生まれ

やがて家族はペンシルヴァニア州ピッツバーグに移転。

1938年、デューク・エリントンと出会う。以降約25年、癌で早逝するまで、エリントンの楽団でアレンジャー、作曲家、ピアニストとして活躍する。
三木鶏郎/丹下キヨ子/森繁久彌
「僕は特急の機関士で」

イントロには「鉄道唱歌」のメロディを拝借♪

∨1951年5月発売

作詞・作曲:三木鶏郎

レーベル:日本コロムビア
・NHKラジオ番組「日曜娯楽版」で1950年10月から放送したところ、大好評でレコード化となった。
みき とりろう(本名:繁田裕司):

1914年(大正3年)1月28日 - 1994年10月7日 東京府東京市麹町区飯田町(現:東京都千代田区飯田橋)生まれ。

東京帝国大学卒業。

1947年放送開始のラジオ番組「日曜娯楽版」での「冗談音楽」が爆発的に人気となる。

1951年、日本で初めてのコマーシャルソングを作る。小西六写真工業(現:コニカミノルタ) 「僕はアマチュア・カメラマン」 (歌:灰田勝彦
たんげ きよこ:

1920年(大正9年)1月2日 - 1998年5月4日 東京市浅草区生まれ。

1950年代から70年代にかけて、映画・テレビに数多く出演。
もりしげ ひさや:

1913年5月4日 - 2009年11月10日 大阪府枚方市生まれ。

早稲田大学を中退後、NHKアナウンサーとなって満州国へ赴任。

映画「三等重役」、「社長シリーズ」、「駅前シリーズ」を初め、映画・テレビ・舞台・ラジオ・歌手・エッセイストなど幅広い分野で活躍した。
小林旭「恋の山手線」

アキラのダジャレ・ソング・シリーズ。「自動車ショー歌」よりこっちのほうが先。

∨シングル(1964年3月20日発売)

作詞:小島貞二/作曲:浜口庫之助/編曲:小杉仁三

レーベル:日本コロムビア
・上野に始まり、御徒町まで26駅名と、”山手”を折り込む。

・四代目柳亭痴楽による新作落語「恋の山手線」が元ネタ。

・戦後から1970年の「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」まで”やまてせん”と呼ばれていたが、本来”やまのてせん”が正しい。
こばやし あきら:

1938年11月3日、東京都世田谷区生まれ

1956年、映画「飢える魂」で俳優デビュー。

1958年、「女を忘れろ」で歌手デビュー。

1962年、美空ひばりと事実婚。1964年に解消。

1967年、女優の青山京子と結婚。

1973年〜、映画「仁義なき戦い」シリーズ出演。

1985年、大瀧詠一作曲、阿久悠作詞の「熱き心に」、AGFのCMソングにもなりヒット。
The Shocking Blue
「Never Marry a Railroad Man(悲しき鉄道員)」

「鉄道員は新しい列車がいちばん好きなんだから絶対結婚するな」というすごい詞です。

∨1970年発売

レーベル:Pink Elephant

ビルボード102位、オランダで1位、オリコン2位


ショッキング・ブルー:

1967年、ロビー・ファン・レーベンRobbie van Leeuwenを中心にオランダで結成。翌年、ボーカルのマリスカ・ヴェレスMariska Veresが加入。

1970年2月、前年リリースしたシングル「Venus」が3週連続全米1位となる。オランダ発の曲としては史上初の快挙。

1974年、解散。ヴェレスはソロで、1982年まで活動を継続する。

1998年4月2日、ドラムのコーネリス・ファン・ダー・ビークCor van der Beekが死去。満49歳。

2006年12月2日、ヴェレスが死去。満59歳。

2018年2月13日、ベースのクラーシェ・ファン・ダー・ヴァルKlaasje van der Wal が死去。満69歳。
都はるみ「さよなら列車」

デビュー後2年3ヶ月にして、17枚目のシングルです♪

∨17th シングル(1966年6月5日発売)

作詞:関沢新一/作曲・編曲:市川昭介

レーベル:日本コロムビア


みやこ はるみ(本名:北村 春美):

1948年2月22日 京都市生まれ。

1964年3月10日、「困るのことヨ」で、デビュー。

 同年10月5日、3rd シングル「アンコ椿は恋の花」リリース。大ヒット。第6回日本レコード大賞・新人賞を獲得する。

1976年、「北の宿から」で第18回日本レコード大賞を受賞。

1980年、「大阪しぐれ」で第22回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を受賞。

1984年3月、36歳で「普通のおばさんになりたい」と突然の引退宣言。同年末の第35回NHK紅白歌合戦を最後に引退。

1987年、音楽プロデューサーとして活動再開。

1990年、歌手活動再開。

2016年末より、再び活動休止。
チューリップ「心の旅」

なんとしても売りたかった3枚目のシングル。鉄道ソングにしたのがよかったか?

∨3rd シングル(1973年4月20日発売)

作詞・作曲:財津和夫/編曲:チューリップ/弦管編曲:青木望

lead vocal:姫野達也

レーベル:東芝音楽工業

オリコン1位
・デビュー後シングル2枚、アルバム2枚を出したがヒットせず、このシングルが売れなかったら、地元福岡に帰るつもりだった。売れ線を意識し、”はしだのりひことクライマックス”の「花嫁」のような汽車の旅のロマンが受けるのではと考えたという。

・ボーカルを姫野がとることはレコーディング直前にスタッフにより決められた。サビ始まりにすることも同様に。

・発売から約5ヶ月が経った1973年9月10日付オリコンで1位を獲得。
Tulip

1968年12月、福岡市で田中孝二、財津和夫、吉田彰、末広信幸が”ザ・フォーシンガーズ”を結成。第3回全日本ライト・ミュージック・コンテストに出場し、九州代表としてグランプリに進出する。グランプリ1位は”赤い鳥”、2位は”オフコース”だった。

何度かのメンバー・チェンジの後、財津 (vo,key,g)、姫野達也 (vo,g,key)、安部俊幸 (g)、上田雅利 (dr)、吉田彰 (b)の5人にまとまり、”チューリップ”と改称して、シンコー・ミュージック初の専属アーティストとなり、東芝音楽工業とレコード契約、1972年、上京する。

1972年6月、シングル「魔法の黄色い靴」でデビュー。

1973年4月、3rd シングル「心の旅」が大ヒット。

その後、「青春の影」(1974年)、「サボテンの花」(1975年)、「虹とスニーカーの頃」(1979年)などのヒットを輩出。

1989年、解散。

1997年、再結成。
イルカ「なごり雪」

「なごり雪」という言葉は伊勢正三が作った造語ですが、今では日本気象協会も認めているそうです。

∨シングル(1975年11月5日発売)

2nd アルバム『夢の人』(1975年11月5日発売)収録

作詞・作曲:伊勢正三/編曲:松任谷正隆

レーベル:クラウン

オリコン4位
・オリジナルは1974年3月12日リリース、かぐや姫のアルバム『三階建の詩』に収録。オリコン・アルバムチャート1位。

・所属事務所ユイ音楽工房の社長:後藤由多加はイルカに歌わせたいと思い、イルカもこの曲を好きだったし売れると思っていたが、それに甘んじ利用するやり方に抵抗があったという。しかし伊勢正三本人に「考えすぎるな」と言われ、納得したらしい。
XTC「Train Running Low on Soul Coal」

オリジナルLPは丸い特殊ジャケットでした♪

∨7th アルバム『The Big Express』(1984年10月15日発売)収録

作詞・作曲:Andy Partridge/プロデュース:David Lord, XTC

レーベル:Virgin

全英38位、全米178位
・パッケージ内の写真でメンバーが被っている帽子に刺繍された「GWR」は「Great Western Railway」という英国の昔の鉄道会社。1833年に設立された。XTCメンバーの故郷である英国ウィルシャー州スウィンドンに大きな車両工場を持っていた。

・アルバムのコンセプトは”Industrial Pop”。鉄道の町出身にふさわしく、「リベットで打ち付けたような、少し端が錆びた、ヴィクトリア期(19世紀後半)のごつい機械のようなイメージ」で制作した。
エックスティーシー:

Andy Partridge (vo,g) 195311月11日 マルタ生まれ(両親の故郷はスウィンドン)

Colin Moulding (vo,b) 1955年8月13日 スウィンドン生まれ

Terry Chambers (dr) 1955年7月16日 スウィンドン生まれ

Barry Andrews (key,vo) 1956年9月12日 ウエスト・ノーウッド生まれ

Dave Gregory (g,key) 1952年9月21日 スウィンドン生まれ
1977年10月、Virgin Recordsよりシングル「Science Fiction」でデビュー。

1979年1月、キーボードのバリー・アンドリュースが脱退。後任候補にトーマス・ドルビーの名前も上がるが、デイブ・グレゴリーが加入。

1982年4月、ワールド・ツアー中のロスでのショーを突然キャンセル。パートリッジが強度のステージ恐怖症に陥ったのが原因。以後XTCはライブ活動から撤退し、音源制作に専念する。

1983年8月、6th アルバム『Mummer』リリース。制作中にテリー・チェンバースが脱退。

1984年10月、7th アルバム『The Big Express』リリース。

1992〜1998年、Virginと揉めて、新しいプロダクツを一切出せなかった。

2006年11月、ムールディングが離れ、パートリッジも彼なしでXTCはあり得ないと宣言。
Tahiti 80「The Train」

この優れもんのアルバムの中ではいちばんなんてことない曲かもしれませんが。

∨2nd アルバム『Wallpaper for the Soul』(2002年9月19日発売)収録

作詞・作曲:Xavier Boyer, Tahiti 80/プロデュース:Andy Chase & Tahiti 80

レーベル:Minty Fresh
タヒチ・エイティ:

1993年、フランス・ノルマンディー地方、ルーアンの学生だったグザヴィエ・ボワイエXavier Boyerを中心に結成。

1999年、ツアーで来仏した”Cornelius”小山田圭吾にデモ・テープを渡した事がきっかけで、小山田が選曲したコンピレーション・アルバム『Llama Ranch Compilation』に「HEARTBEAT」のデモ・ヴァージョンが収録され、話題になる。

2000年4月21日、1st アルバム『PUZZLE』リリース。

 同年夏、サマーソニックに出演。

2002年9月、2nd アルバム『Wallpaper for the Soul』をリリース。

2005年2月、3rd アルバム『FOSBURY』リリース。タイトルは、

2007年5月、グサヴィエが”Axe Riverboy”名義(アナグラム)で初のソロ・アルバム『Tutu To Tango』をリリース。

2008年9月10日、4thアルバム『Activity Center』リリース。収録曲の中には「明治神宮に行きたい」という歌詞がある。

2009年夏、サマーソニック・ビーチステージのヘッドライナーとして出演するが、東京公演は荒天のため中止となった。

2010年夏、3度目のサマーソニック出演。

2013年夏、フジロック・フェスティバルに初出演。

2017年11月22日、グサヴィエのソロ・アルバム『SOME/ANY/NEW』リリース。
太田裕美「木綿のハンカチーフ」

列車が登場する詞も多い松本隆。いずれも名作ですが、まずこれですか。

∨4th シングル(1975年12月21日発売)

3rd アルバム『心が風邪をひいた日』(1975年12月5日発売)収録

作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄(シングルは筒美京平との共同)

レーベル:CBSソニー

オリコン2位
・詞を渡された筒美は長過ぎると思い、直しを要求しようとしたが、松本もディレクターの白川隆三も連絡が取れず、しかたなくそのまま曲をつけたが、実際に取り掛かるとすんなりとできてしまったという。


おおた ひろみ:

1955年1月20日 東京都荒川区生まれ、埼玉県春日部市育ち。

1974年11月1日、シングル「雨だれ」でデビュー。
太田裕美「さらばシベリア鉄道」

松本隆の名鉄道ソング。「赤いスイートピー」とどちらにしようか迷いましたが……。

∨19th シングル(1980年11月21日発売)

13th アルバム『十二月の旅人』(1980年12月21日発売)収録

作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一/編曲:萩田光雄

レーベル:CBSソニー

オリコン70位
・元々、大瀧が自身のアルバム『A Long Vacation』のために作った曲で、レコーディングも進めたが、女性言葉を唄うのに抵抗を覚え、担当ディレクターが同じ白川隆三だったため、太田裕美に提供することを思いついた。

・大瀧にとって作曲家として初めてオリコン100位内に入った曲。
遊佐未森「夏草の線路」

亡き青山純のパワフルなドラミングが光る、スケールの大きなサウンドです。

∨7th シングル(1990年3月21日発売)

4th アルバム『HOPE』(1990年9月21日発売)収録

作詞:工藤順子/作曲:外間隆史/編曲:外間隆史&中原信雄

レーベル:EPICソニー

オリコン24位 アルバムはオリコン5位
・私が音楽ディレクターとして担当した作品。アルバムの時オーストラリアでミックスしたのですが、結局シングルのミックスを採用しました。あの幻のミックスはどこへいったかなー?


ゆさ みもり:

1964年2月20日、宮城県仙台市生まれ。

国立音楽大学音楽学部音楽教育学科を卒業後、音楽業界各所へデモテープを送る。

1988年4月1日、 EPICソニーより、デビュー・アルバム『瞳水晶』リリース。

1988年10月、2nd アルバム『空耳の丘』をリリース。収録曲「地図をください」がアーノルド・シュワルツネッガー出演の日清カップヌードルのCMに起用され、注目を集める。

1989年9月、3rd アルバム『ハルモニオデオン』リリース。

1990年9月、4th アルバム『HOPE』リリース。

・・・
矢野顕子「Night Train Home」

かつて上野・青森間を走っていた寝台特急「はくつる」を偲んで。

∨21st アルバム『ホントのきもち』(2004年10月27日発売)収録

作詞:岸田繁、矢野顕子/作曲:矢野顕子/プロデュース:レイ・ハラカミ

レーベル:ヤマハ・ミュージックコミュニケーションズ

アルバムはオリコン34位
・ヤマハ移籍第1弾。

・矢野が帰郷する時に乗っていたが2002年に廃止された青森行き寝台特急「はくつる」が題材だそう。歌詞には鉄道専門用語が多数登場する。ピアノ弾き語りバージョンも同アルバムに収録されている。
やの あきこ:
1955年2月13日、東京都生まれ。医師である父の開業にともない、3歳で青森に移転。中学時代までを青森市で過ごす。

1971年、青山学院高等部入学。高校を2年の夏休みに中退、プロの道を選ぶ。

1976年7月25日、日本フォノグラムより、1st アルバム『JAPANESE GIRL』をリリース。

1980年5月、長女・美雨誕生。

 同年10月、徳間ジャパンより、4th アルバム『ごはんができたよ』リリース。

1986年2月、MIDIレコードより、9th アルバム『峠のわが家』リリース。

1990年、米国ニューヨーク市に移転。

1991年10月、EPICソニーより、12th アルバム『LOVE LIFE』リリース。

2004年10月、ヤマハ・ミュージックコミュニケーションズより、21th アルバム『ホントのきもち』リリース。

2007年、レイ・ハラカミとのユニット”yanokami”が本格始動。8月8日、アルバム『yanokami』をリリース。

2014年4月、ビクター・SPEEDSTARより、24th アルバム『飛ばしていくよ』リリース。

2016年11月、ベスト・アルバム『矢野山脈』リリース。
Sheena Easton「9 to 5 (Morning Train)」

英国では2枚目、米国ではデビューのシングル。いきなり全米1位♪

∨2nd シングル in UK(1980年5月16日発売)

1st シングル in US(1981年2月発売)

1st アルバム『Take My Time』(1981年1月18日発売)収録

 US盤は『Sheena Easton』(1981年3月発売)

作詞・作曲:Florrie Palmer/プロデュース:Christopher Neil

レーベル:EMI

全米2週連続1位、全英3位 アルバムは全英17位、全米23位
・米国で発売する際に、ドリー・パートンの「9 to 5」という同名の映画の主題歌(1980年11月29日発売)も売れており、混乱を避けるためにこちらを「Morning Train (Nine to Five)」とした。
シーナ・イーストン(出生名:Sheena Shirley Orr):

1959年4月27日、スコットランド・グラスゴー生まれ。6人兄妹の末娘。

1979年、BBCのドキュメンタリー番組「The Big Time」のオーディションを受けて合格、無名の新人歌手がスターを目指して奮闘するというエピソードを制作することになった。その中でEMIレコードのオーディションを受け、実際に契約を果たした。

1980年2月29日、1st シングル「Modern Girl」リリース。当初はパッとしなかったが、番組放映後火がつく。

1980年5月16日、2nd シングル「9 to 5」リリース。

1981年2月、米国でのデビュー・シングルとして「9 to 5」をリリース。ただしタイトルは「Morning Train (Nine to Five)」。

 同年9月21日、2nd アルバム『You Could Have Been with Me』リリース。

1982年、グラミー賞の「最優秀新人賞」を獲得。

・・・
Electric Light Orchestra「Last Train to London(ロンドン行き最終列車)」

”Last Train to London”という実際の駅構内アナウンスがどこかに入っています。見つけられるかな〜?

∨第4弾シングル・カット(「Confusion」と両A面)(1979年11月9日発売)

8th アルバム『Discovery』(1979年5月31日発売収録)

作詞・作曲・プロデュース:Jeff Lynne

レーベル:Jet

全英8位、全米39位 アルバムは全英1位、全米5位
・このアルバムからバンド内にいた3人のストリングス・プレイヤーを解雇し、オーケストラを使って録音した。しかし、MVには3人も登場している。
エレクトリック・ライト・オーケストラ:

1970年、ロイ・ウッドRoy Wood (vo,g)、ベヴ・べヴァンBev Bevan (dr)らがいた英国バーミンガムのバンド”The Move”に、ジェフ・リンJeff Lynn (vo,g)が加わる。

「クラシック楽器を導入したハード・ロック」というコンセプトのもと、”The Move”は” Electric Light Orchestra”に移行し、1971年12月1日、1st アルバム『The Electric Light Orchestra』リリース。米国では72年初めのリリースになるが、『No Answer』というタイトル。これは米国での販売元United Artists Recordsからタイトルを電話で問合せた際、相手がつかまらなかったので担当者が残した「No answer」というメモが勘違いされたため。

2nd アルバム制作途中でウッドが脱退する。

1974年9月、4th アルバム『Eldorado』リリース。Louis Clarkがストリングス・アレンジを担当し始める。米ゴールドディスクを獲得。

1976年9月11日、6th アルバム『A New World Record(オーロラの救世主)』リリース。初めて英チャートでトップ10に入る。米プラチナディスクを獲得。Koshのデザインによる「円盤」ロゴが初めて使用される。

1977年10月3日、2枚組の7th アルバム『Out of the Blue』リリース。

1979年5月31日、8th アルバム『Discovery』リリース。

1980年8月、映画「XANADU」のサウンド・トラック・アルバム『XANADU』リリース。片面をELO、片面をOlivia Newton-Johnが担当。

・・・
The Doobie Brothers「Long Train Runnin’」

一度聴いたら忘れられず、何度聴いても飽きない、最強のギター・リフのひとつですね♪

∨第1弾シングル(1973年3月28日発売)

3rd アルバム『The Captain and me』(1973年3月2日発売)収録

作詞・作曲:Tom Johnston/プロデュース:Ted Templeman

レーベル:Warner Bros.

全米8位 アルバムは全米7位
・何年も前からライブでは度々、インスト曲として演奏されており、作者のジョンストンはたいした曲だと考えていなかったが、プロデューサーのテンプルマンが「何かある」とこだわり、ジョンストンに詞をつけるように促した。
ドゥービー・ブラザーズ

1970年までに、ジョン・ハートマンJohn Hartman (dr)、トム・ジョンストンTom Johnston (vo,g)、パトリック・シモンズPatrick Simmons (g,vo)、デイヴ・ショグレンDave Shogren (b)でバンド結成。

1971年、ワーナーと契約。4月に1st アルバム『The Doobie Brothers』リリース。

もう一人のドラマー、マイケル・ホサックMichael Hossackを加入させ、ダブル・ドラム編成となる。

 同年10月、2nd アルバムの制作途中、ショグレンがバンドを離れ、後任ベーシストとしてタイラン・ポーターTiran Porterが加入。

1972年7月、2nd アルバム『Toulouse Street』リリース。

1973年3月、3rd アルバム『The Captain and Me』リリース。大ヒット。

ホサックが突然脱退、9月に後任、キース・ヌードセンKeith Knudsenが加入。

1974年2月、4th アルバム『What Were Once Vices Are Now Habits(ドゥービー天国)』リリース。シングル「Black Water」が全米1位。

 同年、”Steely Dan”を離れたジェフ・バクスターJeff “Skunk” Baxterが3人目のギタリストとなる。

・・・
Gladys Knight & the Pips「Midnight Train to Georgia(夜汽車よ! ジョージアへ)」

最初は「Midnight Plane to Houston」というタイトルでした。そのままならここには選ばれなかった(^^)。

∨シングル(1973年8月発売)

11th アルバム『Imagination』(1973年10月発売)収録

作詞・作曲:Jim Weatherly/プロデュース:Tony Camillo & Gladys Knight & the Pips

レーベル:Buddah

全米2週連続1位、R&B1位、全英10位
・ 1974年のグラミー賞で「Best R&B Vocal Performance by a Duo or Group with Vocals」を獲得。

・最初は作者のウェザリーが「Midnight Plane to Houston」というタイトルで自らレコード化した。女優のファラ・フォーセットFarrah Fawcettと電話で話した際、彼女が実家に帰るため”I’m taking the midnight plane to Houston”と言ったのがきっかけで、「夢を求めてLAにやってきた人が夢破れて故郷に帰る」という歌詞を思いついた。なぜフォーセットなのかというと、当時の夫であった俳優のリー・メジャースLee Majorsが、ウェザリーとフットボール仲間だったから。

・シシィ・ヒューストンCissy Houstonもこの曲を1973年にカヴァーしたが、その時に、タイトルを「Midnight Train to Georgia」を変えたいと言ってきた。ウェザリーはそれ以外の歌詞がそのままならと承諾した。
グラディス・ナイト&ザ・ピップス:

1944年5月28日、グラディス、米国ジョージア州アトランタで生まれる。

1952年、グラディス、兄のブッバ・ナイトMerald ""Bubba"" Knight、姉のブレンダ・ナイトBrenda Knight、いとこのウィリアム&エリナー・ゲストWilliam & Eleanor Guest により、”The Pips”を結成。

1957年、 Brunswick Recordsと契約、幾つかのシングルをリリースする。

1959年、ブレンダとエリナーが脱退、いとこのエドワード・パトゥンEdward Pattenと友人のラングストン・ジョージ Langston Georgeが加入。

1961年、Vee-Jay Recordsよりリリースしたシングル「Every Beat of My Heart」が全米6位、R&B1位のヒット。

グループ名を”Gladys Knight & the Pips”と変え、ラングストンが脱退。

1966年、モータウンに移籍。

1967年9月、シングル「I Heard It Through the Grapevine(悲しいうわさ)」リリース。全米2位、R&B6週連続1位の大ヒット。

1973年2月、Buddah Recordsに移籍。

 「Midnight Train to Georgia」や「I've Got to Use My Imagination」などのヒットを飛ばす。

1980年、Columbia Recordsに移籍。

1989年、グループは解散、グラディス・ナイトはソロ活動へ。
次回の爆音アワーは・・・

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