爆音アワー

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いい音爆音アワー vol.106 「ノッて
け♪ビート歌謡特集 筒美京平編」

いい音爆音アワー vol.106 ノッてけ♪ビート歌謡特集 筒美京平
2019年 9月18日(水)@風知空知
「ビート歌謡」とはなんぞや?誰もが「あー、あれね」と頷くようなジャンルとして確立しているわけではありませんが、コロムビアから「ビート歌謡ガールズ」というタイトルのCDが出たりしていますし、なんとなく分かりますよね。私は個人的に「洋楽のビートを取り入れながらも歌謡曲度が80%以上の音楽」と定義づけております。
GS=グループサウンズ以降ですかね。それ以前の歌謡曲はあくまでも歌中心で、サウンドはあくまでも添え物という扱いでしたが、ビート歌謡ではサウンドもだいじ。ただし、そこに洋楽のビートを持ってきても、歌謡曲という”胃袋”に入れて、よく消化してから出す。時には、フレーズが「あの曲にソックリ」なんてものもありますが、しっかり”歌謡曲化”しているからだいじょうぶ(何が?)。
そんなビート歌謡が花盛りだったのは、70年代。80年代以降は、逆に歌謡曲から遠ざかろう、もっと洋楽チックに、という志向に変わっていきます。それでもメロディは歌謡曲そのものだったりするんですけどね。
ビート歌謡クリエイターの第一人者はなんと言っても筒美京平大先生です。彼の偉大さは、たくさんのヒット曲を作ったことではなく、洋楽を広く聴き込み、そのエッセンスを導入しつつも、日本人に合う歌謡テイストに転換し、メロディとサウンドを一体化させたところにあると、私は思っています。それすなわちビート歌謡。ビート歌謡は筒美京平が発明した、と言っても過言ではないと思います。
京平さんは80年代以降、ご自分ではほとんどアレンジされなくなりますが、そうすると、やはりメロディとサウンドの一体感がちょっと薄れてしまうんですね。残念です。
というわけで、今回はビート歌謡の中でも、筒美京平作・編曲作品にしぼって選曲してみました(ちょっとだけ例外もありますが)。

福岡智彦 (いい音研究所)

セットリスト▶筒美京平・プロフィール
1940年5月28日、東京府東京市牛込区生まれ。本名:渡辺栄吉
青山学院大学経済学部卒業(小学校からずっと青山学院)
1963年、日本グラモフォン(後のポリドール→ユニバーサルミュージック)に入社。洋楽担当ディレクターとして勤務する傍ら、青学の高等部〜大学の1年先輩である作詞家の橋本淳に勧められ、すぎやまこういちに師事し、作・編曲を学ぶ。
1966年、藤浩一(子門真人)のデビュー曲「黄色いレモン」で作曲家デビュー。会社員だったために当初の作曲クレジットは「すぎやまこういち」。
1967年4月、ポリドール退社。
 「鼓響平」というペンネームを考えるが、文字を左右対称にしたいと思い「筒美京平」とする。
 同年、弘田三枝子「渚のうわさ」(作・編曲)とヴィレッジ・シンガーズ「バラ色の雲」(作曲)がヒット。
1968年12月発売の、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」(作・編曲)が、初のオリコン1位を獲得。
1971年、尾崎紀世彦「また逢う日まで」で第13回日本レコード大賞、1979年、ジュディ・オング「魅せられて」で第21回日本レコード大賞を獲得(いずれも作・編曲とも)。
1971、72、73、75、76、81、82、83、85、87年と10回にわたって日本の作曲家別レコード売上げ年間1位を記録。1960、70、80、90、00年代と5年代連続で作曲作品がチャート1位を獲得。
弘田三枝子「渚のうわさ (The End Of Summer)」
この時、ハタチ。”パンチ”のある歌声でした。
∨シングル(1967年7月10日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:日本コロムビア

・筒美京平初ヒット(約30万枚)。オリコンチャートの開始以前(1968年1月4日スタート)なので、ランキングはない。
ひろた みえこ:
1947年2月5日、東京都世田谷区池尻生まれ。
7歳から、立川市などの進駐軍のキャンプでポップスやジャズなどを歌う。
1961年(14歳)、東芝音楽工業より、「子供ぢゃないの」(ヘレン・シャピロ「Don't Treat Me Like a Child」のカバー)でデビュー。
1962年、「ヴァケイション」(コニー・フランシスのカバー)が20万枚のヒット。
1964年10月、日本コロムビアへ移籍。 1965年7月、日本人歌手として初めて、米国「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に出場。カーメン・マクレエ、クインシー・ジョーンズ、デューク・エリントン、ジョン・コルトレーンなど、当時のトップクラスのジャズミュージシャンが勢ぞろいした中、ビリー・テイラー・トリオをバックに、3日目のトリを務めた。
1967年7月、シングル「渚のうわさ」リリース。
1969年7月、シングル「人形の家」リリース。久々のヒット。
・・・
いしだあゆみ「太陽は泣いている」
彼女もこの時ハタチ。だけど24枚目!のシングル。
∨24th シングル(1968年6月10日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:日本コロムビア
オリコン18位

・ビクターレコードから日本コロムビア移籍後の第1弾シングル。
ピチカート・ファイヴ「モナムール東京」(1997)はこの曲を参考に作られた。
いしだ あゆみ(本名:石田良子):
1948年3月26日、長崎県佐世保市生まれ、大阪府池田市育ち。
姉は、フィギュアスケート、グルノーブルオリンピック代表の石田治子。妹は歌手の石田ゆり。ゆりの夫がなかにし礼。

フィギュアスケート選手を経て芸能界にスカウトされ、
1962年、上京。いずみたくに師事。
 同年4月20日、ソノブックス社よりソノシートで「夢みる恋(原題:Walkin' Back To Happiness)」を「石田良子」名義でリリース。
1964年、ビクターレコードより、「ネェ、聞いてよママ」を「いしだあゆみ」名義でリリース。
 テレビドラマ「七人の孫」に出演。
1968年6月、日本コロムビアへ移籍。
 同年12月25日、シングル「ブルー・ライト・ヨコハマ」リリース。オリコン1位の大ヒット。
1977年、映画「青春の門 自立編」に出演。報知映画賞助演女優賞を受賞。
1980年、萩原健一と結婚。→84年に離婚。
1986年、映画「火宅の人」に主演。報知映画賞、ブルーリボン賞、第10回日本アカデミー賞主演女優賞など受賞。
・・・
平山三紀「真夏の出来事」
特徴的な声と特徴的なリフが絶妙にマッチ。
∨2nd シングル(1971年5月25日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:日本コロムビア
オリコン5位

・第13回日本レコード大賞「作曲賞」受賞
ひらやま みき(本名:平山美紀/現芸名:平山みき):
1949年8月22日、東京都大田区生まれ
高校時代、後に“トワ・エ・モア” に参加するに参加する山室恵美子とフォークグループを結成。
1969年11月、筒美京平が声を気に入る。
1970年11月10日、シングル「ビューティフル・ヨコハマ」でデビュー。
1971年4月、「芸映」とマネージメント契約。
1977年、ばんばひろふみと結婚。→2005年離婚。
・・・
渚ゆう子「雨の日のブルース」
ハワイアンでスタートした彼女の声はビート歌謡にピッタリでした。
∨シングル(1971年8月5日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平/プロデュース:草野浩二
レーベル:東芝音楽工業
オリコン8位
なぎさ ゆうこ(本名:大江千鶴子):
1945年11月8日、大阪市浪速区生まれ。母親が沖縄出身。
1965年、上京し、浜口庫之助に師事。
1966年、”渚ゆう子”と名乗る。
1967年6月、ハワイアン歌謡「早くキスして」でデビュー。
1970年、「これが売れなかったらお嫁に行こう」と決意して制作したベンチャーズ作曲の「京都の恋」がオリコン1位の大ヒット。続く「京都慕情」もオリコン2位。
1971年、筒美京平作曲の「さいはて慕情」で第13回日本レコード大賞歌唱賞を受賞。歌手別シングルレコード売上げが、この年の年間第2位となる。
1981年、一時引退。
・・・
伊東ゆかり「誰も知らない」
渚ゆう子は母が沖縄出身。伊東ゆかりは父が沖縄出身。
∨シングル(1971年10月25日発売)
作詞:岩谷時子/作・編曲:筒美京平/プロデュース:村上司(まもる/日音)
レーベル:日本コロムビア
オリコン9位
いとう ゆかり(本名:伊東信子):
1947年4月6日、東京都品川区生まれ。
5歳の時から、トランペット奏者だった父:伊東謙吉とともに、進駐軍キャンプで歌い始める。
1958年6月、11歳で、キングレコードより「かたみの十字架/クワイ河マーチ」でデビュー(美空ひばりのデビュー年齡(12歳)よりも早い)その後、一時芸能活動を休止。
渡辺プロダクションに所属し、活動を再開。
中尾ミエ園まりと3人で “スパーク3人娘” を結成。「シャボン玉ホリデー」や「歌え!一億」に出演。
1967年2月10日、「小指の想い出」リリース。爆発的なヒット。
1970年、渡辺プロダクションから独立。日本コロムビアに移籍。
1971年、佐川満男と結婚。
 同年10月、「誰も知らない」リリース。ヒットしたものの、その後低迷。
1976年、離婚。
1977年〜1981年、TBSの音楽番組「サウンド・イン“S”」のメイン司会を務める。
2013年4月3日、歌手生活60周年記念アルバム『メモリーズ・オブ・ミー』リリース。
南沙織「純潔」
恋はーだいじーねー♪
∨4th シングル(1972年6月1日発売)
作詞:有馬三恵子/作・編曲:筒美京平/プロデュース:酒井政利
レーベル:CBSソニー
オリコン3位

・CBSソニー:酒井政利+日音:村上司・恒川光昭・小栗俊雄+筒美京平の座組
・タイトルは酒井が考案した。
・ジャケットの写真は篠山紀信。これが出会い。
・リフはVan Morrison「Wild Night」(1971)によく似ている…。
みなみ さおり(出生名:内間明美):
1954年7月2日、沖縄県嘉手納町生まれ、宜野湾市育ち。
カトリック信徒で、「シンシア(Cynthia=月の女神、蟹座の守護神の意)」が愛称。
琉球放送のテレビ番組でアシスタントのアルバイトをしていた時、”ヒデとロザンナ”がゲスト出演、マネージャーが持ち帰った写真にたまたま南が写っており、更にそれを偶然目にしたCBSソニーのスタッフが、急遽、南を東京に呼び寄せた。
1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で上京してから、わずか3ヶ月足らずで、…
 同年6月1日、シングル「17才」でデビュー。いきなり54万枚のヒット。
1971年、72年とブロマイドの年間売上げ実績1位。同時期にデビューした小柳ルミ子天地真理と共に""新三人娘""と呼ばれた。
24歳の誕生日だった1978年7月2日、突如引退を発表する。
 同年10月7日、調布市で開催された「さよならコンサート」をもって、芸能活動を引退した。
1979年、写真家の篠山紀信と結婚。3人の息子をもうけ、次男の篠山輝信(あきのぶ)は、2006年に俳優デビューした。
1997年4月、シングル「初恋」をリリース。以降、新譜の発表はない。
・・・
郷ひろみ「男の子女の子」
一歩間違えれば”イロモノ”の世界。それが歌謡曲の覚悟。
∨1st シングル(1972年8月1日発売)
作詞:岩谷時子/作・編曲:筒美京平/プロデュース:酒井政利
レーベル:CBSソニー
オリコン8位

・南沙織同様、CBSソニー:酒井政利+日音:村上司・恒川光昭・小栗俊雄+筒美京平の座組
・タイトルは酒井が考案。提示された岩谷はその突飛な発想に唖然としたらしい。
ごう ひろみ(本名:原武裕美):
1955年10月18日、福岡県生まれ
4歳の時、東京へ転居。
1971年、近所のおばさんが応募した映画「潮騒」の銀座で行われたオーディションで、不合格にはなったが、審査員のひとりだったジャニー喜多川にスカウトされ、ジャニーズ事務所に所属する。オーディションに向かう途中、怖気づき、「やっぱりやめる」と母に告げたが、母は「それでも九州男児か!」と数寄屋橋交差点で平手打ち。仕方なく会場に赴いた。
1972年、NHK大河ドラマ「新・平家物語」に平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー。
 同年8月1日、CBSソニーより、シングル「男の子女の子」でデビュー。
 同年11月、第14回日本レコード大賞で新人賞を受賞(最優秀新人賞は麻丘めぐみ「芽ばえ」)。
1973年、ブロマイド年間売上実績1位となる。西城秀樹野口五郎と共に”新御三家”と呼ばれる。
1974年9月21日、10th シングル「よろしく哀愁」リリース。初主演テレビドラマ(NET)「ちょっとしあわせ」の主題歌となり、自身初&唯一、かつジャニーズ音楽事務所にとっても初のオリコン1位を獲得する。
1975年、バーニングプロダクションに移籍。
1977年、TBSテレビドラマ「ムー」出演。
1987年6月12日、二谷友里恵と結婚する。
1998年4月9日、二谷友里恵との離婚発表。
2015年、還暦を迎え、積極的に「Summer Sonic」などロックフェスに参戦。
・・・
岡崎友紀「私は忘れない」
メインは女優だけど、歌もうまく、ファルセットがとてもきれい。
∨10th シングル(1972年10月5日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:東芝音楽工業
オリコン21位

・12弦ギターとフリューゲルホーンをフィーチュア。コーラスは”シンガーズ・スリー”。
おかざき ゆき:
1953年7月31日、東京都千代田区神田生まれ
子役として舞台やテレビに出演。
1970年3月、東芝音楽工業より、シングル「しあわせの涙」で歌手デビュー。
 同年9月より、TBS系学園ラブコメディ「おくさまは18歳」に主演し、人気を博する。
1978年、ソニー共同創業者盛田昭夫の長男盛田英夫と結婚(1981年に離婚)。
1986年、ミュージシャンの岩倉健二と再婚(2005年に再び離婚)。
1991年、倒産したタレント養成所の生徒を引き受け、劇団「NEWS」を結成。脚本・演出・振付けを手掛け、環境問題をテーマにした定期公演が話題を呼ぶ。
その後もタレント、舞台女優として精力的に活動。また「岡崎友狸(ゆうり)」の雅号を持つ書道師範でもあり、環境保護活動にも積極的に取り組んでいる。
欧陽菲菲「恋の十字路」
これぞ名曲。無駄も不足もまったくないメロディ♪
∨6th シングル(1973年4月5日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:東芝音楽工業
オリコン9位
おーやん ふいふい(ホントはフェイフェイと読む):
1949年9月10日生まれ 台湾台北市出身
1967年、台北市にあるレストラン・シアター「中央酒店」で歌手デビュー。
1971年9月5日、シングル「雨の御堂筋」(ベンチャーズ作曲)で日本デビュー。
 同年、第13回日本レコード大賞新人賞を受賞。
 同年12月20日、2nd シングル「雨のエアポート」リリース。
1972年12月、「第23回NHK紅白歌合戦」へ外国人として初出場。
1980年7月、シングル「LOVE IS OVER」リリース。
1983年12月、「LOVE IS OVER」がオリコン1位を獲得。
・・・
水沢アキ「娘ごころ」
詞は和風。サウンドは洋風。そのギャップがいい。特にエレピとユニゾンのスキャットがナイス♪
∨1st シングル(1973年7月1日発売)
レーベル:CBSソニー
作詞:山上路夫/作・編曲:筒美京平 

・これが歌手デビュー。キャッチフレーズは”ソニー家の三女”(この年4月にデビューした浅田美代子が長女。5月の山口百恵が次女)
みずさわ あき(本名:スィーヒ昭子):
1954年12月5日、東京都目黒区生まれ。
山脇学園中学校に在学していた14歳のときから2年間、劇団若草に在籍。
1972年10月(17歳)、”水沢あき子”名義で女優デビュー。TBSテレビドラマ「夏に来た娘」で主演した。
1973年7月1日、CBSソニーより”水沢アキ”名義で、シングル「娘ごころ」リリース。
1983年、俳優、国広富之と婚約を発表するが、結婚直前で国広の二股交際が発覚し、婚約解消。
1986年、日本在住の米国人ビジネスマン、ガイ・スィーヒと結婚。1男(ジュリアン:2011年俳優デビュー)1女(フランキー:タレント)をもうけるが、1993年に離婚。
・・・
麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」
ギターが高中正義って麻丘自身も言ってるけど、よく聞こえない(笑)。
∨5th シングル(1973年7月5日発売)
作詞:千家和也/作・編曲:筒美京平
レーベル:ビクター音楽産業
オリコン1位
あさおか めぐみ(本名:藤井佳代子):
1955年10月11日、大分日出町で生まれ、生後半年で大阪に移転。
劇団に入り、1歳8ヵ月でCMに出演、3歳で子役として芸能界デビュー。
小学5年の時、歌手になった姉(藤井明美)と同居するため、母とともに上京。
中学時代、創刊間もない雑誌「週刊セブンティーン」等でモデルとして活動。
姉の仕事現場でレコード会社のスタッフから何度も歌手デビューを持ちかけられる。しばらくは断り続けていたが、言うことを聞かないと、姉が契約を切られるのではと危惧し、受け入れる。
1972年6月5日、シングル「芽ばえ」でデビュー。40万枚超ヒットとなり、第14回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞。
1973年7月5日、5th シングル「わたしの彼は左きき」リリース。オリコン1位の大ヒット。第15回日本レコード大賞・大衆賞や第4回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、同年の「第24回NHK紅白歌合戦」にも出場。
1974年3月、日劇でのコンサート中に舞台セットから転落、左肘剥離骨折および肋骨骨折という重傷を負う。約半年間の休養を余儀なくされる。
1977年、フジテレビのディレクター、渡邉光男と結婚。周囲の反対を押し切って芸能界を引退する。長女、ひとみ(後、水彩画家に)が生まれる。
1983年、離婚し、同時に芸能界へ復帰。以後、女優業をメインに活動する。
2008年、歌手活動を本格的に再開する。
平山三紀「恋のダウン・タウン」
“ダーゥンターゥン、ろっぽんぎー、サタデイナイトー♪”。これぞ、ド歌謡曲!
∨9th シングル(1973年11月1日発売)
作詞:橋本淳/作・編曲:筒美京平
レーベル:日本コロムビア

・日本コロムビアでの最後のシングル(その後CBSソニーに移籍)
リンリン・ランラン「恋のインディアン人形」
結構激しいダンスだった。ピンク・レディーの先輩。
∨1st シングル(1974年4月15日発売)
作詞:さいとう大三/作・編曲:筒美京平
レーベル:ビクター音楽産業
オリコン27位

・同じ香港出身のアグネス・チャン(1972年デビュー)の成功がきっかけで来日。
・芸名は1972年10月に上野動物園にやってきた初パンダ、ランランとカンカンにちなんで、所属のサンミュージックのスタッフがつけた。
リンリン・ランラン:
1959年1月3日、香港生まれの双子

リンリン(Letilia Barber) - 姉。向かって左
ランラン(Katharine Barber) - 妹。向かって右

米国人の父と中国人の母
1972年から香港で、”樂家姊妹(ロッカーシスターズ、The Lokka Sisters)”として活躍。
来日して、1974年、日本テレビ「スター誕生!」でアシスタントを務める。
1974年4月5日、ビクター音楽産業より、シングル「恋のインディアン人形」リリース。
以降、日本では7枚のシングル、3枚のアルバムをリリース。
芸能界引退後は米国で生活している。
岩崎宏美「センチメンタル」
フィリー・ソウルは京平さんのお手のもの。
∨3rd シングル(1975年10月25日発売)
作詞:阿久悠/作・編曲:筒美京平
レーベル:ビクターレコード
オリコン1位

・1976年春に開催された「第48回選抜高等学校野球大会」の入場行進曲に使われた。
いわさき ひろみ(本名同じ):
1958年11月12日、東京都江東区深川生まれ
成城学園初等学校時代から歌のレッスンを受け、歌手を目指す。
1974年7月、日本テレビ「スター誕生!」で最優秀賞を獲得。芸映プロダクション、ビクターレコードと契約。
1975年4月25日、シングル「二重唱 (デュエット)」でデビュー。キャッチフレーズは”天まで響け岩崎宏美”。
 同年7月25日、2nd シングル「ロマンス」リリース。オリコン1位、90万枚近いヒットとなり、「心のこり」の細川たかしと共にこの年の新人賞を多数受賞する。
 同年10月25日、3rd シングル「センチメンタル」リリース。
1977年3月、堀越高等学校を卒業。
 同年9月5日、11th シングル「思秋期」リリース。第19回日本レコード大賞・歌唱賞を受賞。
1982年5月21日、前年9月スタートした日本テレビの2時間ドラマ枠「火曜サスペンス劇場」のエンディングテーマ「聖母たちのララバイ」を28th シングルとしてリリース。オリコン4週連続1位のヒット。同年11月、日本歌謡大賞を受賞。翌年春、第55回センバツ高校野球大会の入場行進曲として再び採用された。
1986年、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」に次女・ホーデル役で出演。
1987年、TBSドラマ「男女7人秋物語」に出演、平均視聴率30%のヒット作品となる。またミュージカル「レ・ミゼラブル」の日本初演でファンティーヌを演じ、以後も2011年まで断続的に演じ続けている。
桑名正博「哀愁トゥナイト」
編曲:萩田光雄となっていますが、”サディスティックス”を起用したリズムセクションは京平さんのアレンジらしいです。
∨ソロ1st シングル(1977年6月5日発売)
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄/プロデュース:小杉理宇造
レーベル:RVC
オリコン99位

・ピアノ:羽田健太郎、ドラム:高橋幸宏、ベース:後藤次利、ギター:高中正義、パーカッション:斉藤ノブ、コーラス:桑名晴子
・リズムセクションは筒美がミュージシャンを指名し、筒美のスコアに基いて演奏された。ホーンとストリングスはその後萩田光雄がアレンジ。
・当初、歌謡界を色眼鏡で見ていた桑名だが、筒美京平のプロフェッショナルな仕事を見て、「耳栓が抜けた」と言って称賛したという。
くわな まさひろ:
1953年8月7日、大阪市天王寺区生まれ
1830年創業の廻船問屋「桑文」(現・桑名興業)の7代目として生まれる。両親と妹の4人家族だが、700坪の女中が2人いる邸宅で育った。
1971年、”ファニー・カンパニー”結成。
1972年、シングル「スウィートホーム大阪」でデビュー。
1974年、”ファニー・カンパニー”解散。
1976年7月5日、RCAより、ソロ・アルバム『Who are you?』をリリース。
1977年6月5日、1st シングル「哀愁トゥナイト」をリリース。
 同年9月、大麻とコカインの使用で書類送検される。10月12日に麻薬取締法違反容疑で逮捕され、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受けた。
1979年7月21日、5th シングル「セクシャルバイオレットNo.1」リリース。カネボウ化粧品キャンペーンソングとなり、オリコン1位の大ヒット。
1980年3月5日、アン・ルイスと結婚。
1984年、アン・ルイスと離婚。
1990年、家業を継ぐため大阪に拠点を戻す。
2000年5月、桑名興業社長に就任するが、バブル崩壊の煽りを受け会社は経営難、700坪の豪邸を売り払っても立て直せず、倒産した。
2012年10月26日午後、死去。59歳没。
太田裕美「九月の雨」
いろんな”合いの手”がちょっと過剰に入ってくるのが京平さんアレンジの特徴。
∨9th シングル(1977年9月1日発売)
6th アルバム『こけてぃっしゅ』(1977年7月1日発売)収録 
作詞:松本隆/作・編曲:筒美京平
レーベル:CBSソニー
オリコン7位
おおた ひろみ:
1955年1月20日、東京都荒川区生まれ。
3歳の時、埼玉県春日部市に転居。
1967年4月、上野学園中学校声楽科入学。
1969年(中学3年)、友人の代わりに「スクールメイツ」のオーディションを受け、合格。 渡辺プロの東京音楽学院に入る。同期生には、伊藤蘭・田中好子らがいた。
1973年1月から番組終了の1974年3月まで、NHKテレビ「ステージ101」に出演。同期メンバーには谷山浩子がいた。
1974年11月1日、シングル「雨だれ」でデビュー。キャッチフレーズは”まごころ弾き語り”。
1975年、日本レコード大賞・新人賞を受賞(最優秀新人賞は細川たかし「心のこり」)。
 同年12月21日、シングル「木綿のハンカチーフ」リリース。オリコン2位の大ヒット(1位は子門真人「およげ!たいやきくん」)。
1982年、歌手活動を一時休業し、8ヶ月間ニューヨークに留学。
・・・
1998年7月1日、ミニアルバム『魂のピリオド』をリリース。
2004年、太田、伊勢正三(元かぐや姫)、大野真澄(元ガロ)の3人でユニット”なごみーず”を結成、シリーズ・コンサート「アコースティック・ナイト」をスタート(現在も継続中)。
2006年11月22日、アルバム『始まりは“まごころ”だった。』リリース。
2017年4月26日、NHK-BS「名盤ドキュメント」でアルバム『心が風邪をひいた日』が特集される。
 同年9月27日、3rd アルバム『心が風邪をひいた日』のアナログ盤が再発売。
中原理恵「東京ららばい」
アニマルズ「悲しき願い」をうまく消化して別世界に。
∨1st シングル(1978年3月21日発売)
作詞:松本隆/作・編曲:筒美京平
レーベル:CBSソニー
オリコン9位

・第20回日本レコード大賞で新人賞と作曲賞を獲得。
・新宿南口にあったホテル「サンルート東京」のCMで使われた。
なかはら りえ(本名:目加田 貴美恵):
1958年6月17日、北海道函館市生まれ。
1978年2月25日、CBS・ソニーより、アルバム『TOUCH ME』でデビュー。
 同年3月21日、1st シングル「東京ららばい」リリース。大ヒット。
 同年8月1日、2nd シングル「ディスコ・レディー」リリース。
1981年〜1982年、フジテレビ「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のコーナー「良い妻、悪い妻、普通の妻」で「よし子」「わる子」「ふつ子」の三役を演じ、ひょうきんなコメディエンヌぶりが人気を博した。
1984年8月公開の松竹映画「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」にマドンナ役で出演。
1986年10月放送開始のテレビ朝日「ミュージックステーション」に、初代司会者の関口宏のパートナーとして、進行役を務めた。1987年4月から司会者がタモリと代わりつつも、中原はそのまま継続したが、同年12月末で降板。
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大橋純子「たそがれマイ・ラブ」
ニューミュージックの人だけど、この曲はやはりビート歌謡。
∨10th シングル(1978年8月5日発売)
作詞:阿久悠/作・編曲:筒美京平/プロデューサー:恒川光昭(日音)
レーベル:フィリップス(日本フォノグラム)
オリコン2位

・1978年8月21日放映のTBS3時間ドラマ「獅子のごとく」の主題歌として制作。
・ドラマが森鴎外の生涯を扱っていることにちなみ、阿久悠は最初タイトルを「伯林マイ・ラブ」としていた。
おおはし じゅんこ:
1950年4月26日、北海道夕張市生まれ。実家は食堂。
1970年頃、藤女子短期大学に通いながら、北海道大学の軽音楽クラブバンドで地元の注目を集める。またHBCラジオで深夜放送のディスクジョッキーも担当。
1972年、上京し、ヤマハ音楽振興会でアルバイトをしながらバンド活動。その歌唱力と音楽性が関係者の目に止まり、日本フォノグラムのオーディションを受けて合格。
1974年6月、フィリップスより、1st アルバム『FEELING NOW』リリース。
1976年5月、2nd アルバム『PAPER MOON』リリース。
 同年5月25日、シングル「ペイパー・ムーン」(詞:松本隆/曲:筒美京平/編曲:深町純)リリース。初ヒット。
1977年、”大橋純子&美乃家セントラル・ステイション”(ギタリストは土屋昌巳)名義で活動し、同年4月5日発売のシングル「シンプル・ラブ」がヒットした。
1978年8月5日、シングル「たそがれマイ・ラブ」リリース。TBS系ドラマ「獅子のごとく」主題歌に採用され、自身最大のヒットとなり、同年末、第20回日本レコード大賞で金賞(大賞ノミネート)を獲得。
1979年、作曲家、佐藤健と結婚。
1981年11月25日発売の「シルエット・ロマンス」が翌82年にかけてロングヒット、同年末の第24回日本レコード大賞で最優秀歌唱賞を受賞。
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中村雅俊「時代遅れの恋人たち」
“編曲:筒美京平”となっているCDもあるのですが、ディレクターだった三野明洋氏に確認したら大村雅朗さんでした。
∨シングル(1978年11月1日発売)
作詞:山川啓介/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗
レーベル:日本コロムビア
オリコン18位

・イントロ、ブリッジだけいきなりハードなギターが登場し、あとはバンジョーをフィーチュアしたカントリーテイストなのがビート歌謡の醍醐味。
・NTV系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」主題歌。
なかむら まさとし:
1951年2月1日、宮城県牡鹿郡女川町生まれ。
慶應義塾大学在学中の1973年、文学座附属演劇研究所に入所し、卒業と同時に文学座に入団。
文学座の先輩、松田優作の紹介で日テレ・プロデューサー、岡田晋吉に気に入られ、
1974年4月、日本テレビ系列の青春ドラマ「われら青春!」の主役に抜擢される。
※実は「われら青春!」の主役は松田優作で内定していたが、萩原健一の降板に伴って松田が「太陽にほえろ!」に出演することになったため、松田と文学座のマネージャーが、両番組プロデューサーの岡田晋吉に中村を推薦したことにより、急遽出演が決まった。
 同年7月1日、「われら青春!」挿入歌「ふれあい」をシングル・リリース。ミリオンセラーとなった。
1977年2月1日、女優、五十嵐淳子と結婚。1万人いたファンクラブ会員が一気に1,800人までに減る。
 以降、俳優・歌手活動だけでなく、CMにも多数出演、番組の司会進行などマルチな才能を発揮し、活躍する。
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石野真子「日曜日はストレンジャー」
おや、このリフは……クルクル回る、楽しいアレンジ♪
∨4th シングル(1979年1月25日発売)
作詞:阿久悠/作・編曲:筒美京平
レーベル:ビクター
オリコン19位

・Four Tops「It’s the Same Old Song」やMighty Clouds of Joy「Time」にも共通するリフ
いしの まこ(本名同じ):
1961年1月31日、兵庫県生まれ。
1975年(中学3年)、平尾昌晃歌謡学院大阪校のレッスン生となる。
1977年3月、「スター誕生!」第20回決戦大会に出場。16社がスカウト希望した中で、バーニングプロダクションに所属が決定。
1978年3月25日、ビクターより、シングル「狼なんか怖くない」でデビュー。キャッチフレーズは”100万ドルの微笑”。
 同年12月31日、3rd シングル「失恋記念日」が第20回日本レコード大賞・新人賞を獲得。
1979年1月25日、4th シングル「日曜日はストレンジャー」リリース。
1980年1月1日、8th シングル「春ラ!ラ!ラ!」リリース。オリコン16位で、自身最大のヒットとなる。
1982年1月22日、長渕剛と結婚。
1983年5月、離婚。
1986年、NHK大河ドラマ「いのち」に、高原佐智役で出演。後年、キューバで「いのち」が放映され視聴率80%を記録。”イシノマコ”が同国で最も有名な日本人となった。後に石野がキューバを訪れた際に、国賓級の待遇を受け、国営テレビ局がニュースとして放送した。
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梓みちよ「よろしかったら」
どんどん展開していくメロディ。よくぞ3分台にまとまったなー。
∨シングル(1979年9月21日発売)
作詞:阿木耀子/作・編曲:筒美京平/プロデュース:酒井政利
レーベル:CBSソニー
オリコン30位

・キングレコードからCBSソニーへ移籍後初のシングル。
・普通はA-A’-B-サビくらいの構成だが、この曲は、A-B-C-D-サビ-Eという盛り沢山な構成。
・日本専売公社「パートナー」のCMソングに使われた。
あずさ みちよ(本名:林美千代):
1943年6月4日、福岡市博多区生まれ。
1960年、福岡女学院高校1年修了で宝塚音楽学校に入学。在学中に渡辺プロダクションのオーディションに合格し、同校を中退して、上京する。
1962年、キングレコードより、シングル「ボッサ・ノバでキッス」でデビュー。キャッチフレーズは“ボサノバ娘”。
1963年11月、7月にNHKテレビ「夢であいましょう」の今月の歌として発表された「こんにちは赤ちゃん」(作詞:永六輔/作曲:中村八大)が大反響だったので、シングル・リリース。100万枚を超える大ヒットとなり、同年12月の第5回日本レコード大賞の大賞を受賞した。
1971年7月〜1978年2月、朝日放送「新婚さんいらっしゃい!」で桂三枝の2代目アシスタントを務める。
1974年3月、シングル「二人でお酒を」をリリース。久々の大ヒット。
1976年9月、シングル「メランコリー」リリース。第18回日本レコード大賞で編曲賞(編曲:萩田光雄)を獲得。
1979年、CBSソニーに移籍。
 同年9月、シングル「よろしかったら」リリース。スマッシュヒット。
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次回の爆音アワーは・・・

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