「バレエ・リュスと美術家たち」展の
見どころを、薄井憲二バレエ・コレク
ション・キュレーター関典子に聞く

「バレエ・リュスと美術家たち」展が現在、尼崎市総合文化センター美術ホールで開催されている(12月13日(日)まで)。
20世紀初頭、欧米を中心に革新的なバレエで爆発的な人気を博した、稀代の興行主セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュス(フランス語で「ロシアのバレエ」という意味)。
クラシック音楽ファンにはバレエ・リュスというと、ストラヴィンスキー「春の祭典」の初演時でのエピソードをイメージしてしまう人が多いのかもしれないが、「バレエ・リュスから総合芸術としての近代バレエが始まった」という声を聞くことも多く、これは一体どういう事なのかと、個人的には気になっていた。
今回の特別展は、兵庫県立芸術文化センターが所蔵する「薄井憲二バレエ・コレクション」の膨大なコレクションの中から、同コレクションのキュレーターを務める関典子による監修のもとに行われている。神戸大学准教授にしてコンテンポラリーダンサーでもある関に特別展の見どころを聞いた。

ーー 大学で教えながらコンテンポラリーダンサーをやっている方が、バレエのキュレーターをやるようなケースは、よくある事なのでしょうか。
前例のないことだと思います。日本バレエ協会の会長も務められていた薄井憲二先生(1924~2017)のコレクションは、世界的でも有数の規模を誇ります。私にキュレーターが務まるのか不安だったのですが、それを払拭してくれたのが、薄井先生の言葉でした。
ーー 何と仰ったのですか?
6年前、初めてお会いした時に、「ダンサーでもあるあなたと私。踊る者同士だからわかることがあると思いますよ。」と言ってくださったのです。はたから見れば「バレエ史の専門家でもないコンテンポラリーダンサーの関が、なぜまた薄井コレクションのキュレーターを?!」という疑問もあったと思います。そんな中、この言葉に救われ、「よし、やろう!」と決心できました。今なおプレッシャーに襲われる日々ですが、この言葉が、ずっと、私の信念・お守りになっています。本展でも「ダンサーでもある関ならではの監修!」との声をいただき、ホッと安堵しているところです。
薄井憲二とキュレーター関典子
薄井憲二が関典子に贈ったメッセージ
ーー 今回の特別展はどういったものでしょうか。バレエは総合芸術と言いますが、バレエ・リュスとそれ以外のバレエと、どこが違うのでしょう。
「バレエ・リュスの何がすごいのか、何が革新的だったのか」を知っていただくために、本展の冒頭では、「バレエの歴史」をたどる資料(偉大なバレリーナの直筆手紙、アンティークプリントなど)を展示しています。
過去のバレエでは、美術や衣装は劇場のスタッフが作っていました。音楽も同様で、19世紀前半のフランス、ロマンティック・バレエ時代には、劇場所属の作曲家が、振付家やダンサーの注文に応じて、踊りやすい音楽を提供していました。「こんな場面のための音楽を何拍子・何小節・こんなテンポで…」などの細かな注文に応えるもので、作曲家自身の創作意欲が満たされるような仕事ではなかったようです。
レオン・バクスト『牧神の午後』を踊るワツラフ・ニジンスキーのためのザイン/『バレエ・リュス公式プログラム』フランス:パリ・シャトレ座1912年
マリー・ローランサン『牝鹿』衣装デザイン・舞台美術/限定書籍『セルゲイ・ディアギレフ劇場《牝鹿》』フランス1924年
ジョルジュ・バルビエ『ル・カルナヴァル』/限定書籍『タマラ・カルサヴィナ』フランス1914年
19世紀後半のロシア、クラシック・バレエ時代には、チャイコフスキー3大バレエ(『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』)に代表されるような、単なる伴奏の域を超えた作品が誕生します。すでに大作曲家であったチャイコフスキーが、それまで軽視されていたバレエ音楽を手掛けたことは大革新でした。しかし、衣装は、伝統的なチュチュが中心で、舞台美術もまた、芸術としての価値を認められるようなものでは無かったのです。
ーー それをバレエ・リュスが変革したのですね。
そうです。興行主ディギレフは、超一流の美術家や音楽家を起用して様々な作品を発表し、観客たちを熱狂させました。あのストラヴィンスキーも、当時20歳代でまだ無名だった頃にディアギレフに作曲を依頼され、ストラヴィンスキー3大バレエ(『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』)などの名曲を生み出したんですよ。
ストラヴィンスキー自伝(サイン入り)アメリカ 1936年
バレエ・リュスに参加した芸術家としては、ピカソ、ローランサン、キリコ、バクスト、シャネルらによる衣装デザインや舞台美術、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、サティ、ラヴェル、ドビュッシー、プーランクなどの音楽に加え、コクトーの台本、そして最も大切なダンサーとして、フォーキン、ニジンスキー、カルサヴィナ、マシーンなどが挙げられます。めまいがしてきそうですよね。
今や美術や音楽の教科書に出てくるような巨匠たちが結集したバレエ・リュスのもう一つの偉業は、フランスで花開きロシアで成熟したバレエを、再び(当時はバレエが下火になっていた)フランスへと里帰りさせ、総合芸術としての価値を一気に高めたこと。そして現代に至るまで、舞踊のみならず、芸術界にも大きな影響を与え続けているのです。
ーー そうそうたる名前がずらっと並びました。これだけの人を集めたのがディアギレフなのですか。
そうです。会場で無料配布しているリーフレットにも、ディアギレフの人となりを象徴するような、彼自身の言葉を引用しています。少し長いですが…ご紹介しましょう。
「第一に、私は相当なペテン師です…
 第二に、私は相当な人たらしです。
 第三に、私はかなり度胸があります。
 第四に、私はかなり論理的な男ですが、たいした信念は持ち合わせていません。
 第五に、私は才能に欠けていると思いますが…自分の真の天職を見つけたと思います。それは、芸術を支援することです…」。
衝撃的ですよね。私は大好きなのです、この言葉。ディアギレフ自身が表現者となることはありませんでしたが、まさしく生まれながらのプロデューサーだったのでしょうね。ほとんど「魔力」と言っても良いような彼の魅力に惹き付けられたからこそ、これだけ多くのダンサー、画家、美術家たちが集まり、バレエ・リュスという奇跡のカンパニーが、成立したのです。
レオン・バクスト画/ディアギレフ肖像/マラカイト額
ーー ディアギレフの事は、小説や映画、漫画などにもなっています。相当魅力的な人だったのでしょうね。さて、今回の特別展はどういったものでしょうか。
「美術家」に焦点を絞り、実際にバレエ・リュスに参加し「舞台を彩った美術家たち」と、その舞台に魅せられた画家によって「描かれたダンサーたち」の2本柱で、約180点を展示しています。
ーー 全編、見どころだとは思いますが(笑)、コレは外せない! という作品をいくつか紹介してください。
ピカソ直筆の素描!です。『プルチネッラ』の衣装デザインは、印刷物ではなく現物、一点ものです。日本で、兵庫で、尼崎で、本物のピカソ作品をご覧いただけるのですよ?!著作権の都合上、この記事でお見せすることはできないので、是非!会場で、その目に焼き付けていただきたいです。
ロベルト・モンテネグロがニジンスキーを描いた限定書籍のコーナーより     (c)H.isojima
ロベルト・モンテネグロ『ペトルーシュカ』/限定書籍『ワツラフ・ニジンスキー:黒・白・金で彩られた作品の芸術的解釈』イギリス1913年
ロベルト・モンテネグロ『青神』/限定書籍『ワツラフ・ニジンスキー:黒・白・金で彩られた作品の芸術的解釈』イギリス1913年
ロベルト・モンテネグロ『シェエラザード』/限定書籍『ワツラフ・ニジンスキー:黒・白・金で彩られた作品の芸術的解釈』イギリス1913年
今回のチラシにもなっているロベルト・モンテネグロがニジンスキーを描いた限定書籍も是非、現物を見ていただきたいです。『シェエラザード』『ペトルーシュカ』『青神』など10作品を描いた連作で、黒・白・金の3色と細密な線で描かれているのですが、実際に展示してみて、びっくり。
写真で、この輝きが伝わるでしょうか? 展示作業中、スポットライトを浴びた金の輝きに、ハッとさせられました。まるでニジンスキーが舞台の上で踊り出すかのように感じられて。映像に残ることなくこの世を去ったニジンスキーの踊る姿、数々の伝説的な作品のありようを、見出していただくことができるかもしれません。
また、これらのポーズ、ひそかに真似てみたりしたのですが、これがなかなか難しいんです。「描かれた」ポーズゆえかもしれませんが、なかなかこうはならない。ニジンスキーの身体性、バレエ・リュスの革新的な振付の一端を、かいま見たような思いでした。因みに、このエリアは、来場者撮影OKです。皆様も是非、お試しください!?(笑)
薄井憲二の米寿を記念して作ったTシャツを手にするキュレーター関典子     (c)H.isojima
このTシャツは、薄井先生の米寿を記念して作られたものですが、初めて一緒に映ることができました(笑)。2024年は、薄井先生の生誕100年。何か大きなことをしたい!と、思い描いているところです。
ーー そのTシャツが欲しいという方が多く現れそうですね(笑)。他ではいかがでしょうか。
こちら、晩年のニジンスキー、最後の跳躍です。
ニジンスキー「最後の跳躍」  (c)H.isojima
これはバレエ・リュスのスターダンサー、リファールが、統合失調症で入院中のニジンスキーを見舞った時の写真です。リファールが『薔薇の精』を踊ると、それまで下を向いて口をつぐんでいたニジンスキーは、急に椅子から立ち上がり、何の前触れもなく飛び上がったのです!
伝説のダンサー、ニジンスキーの、目撃され、記録された「最後の跳躍」。見てください、この跳躍力。ニジンスキーは特に跳躍のテクニックに優れ、「世界の8番目の不思議」と、まるで都市伝説かのように語られていたとか。この記事と写真を見ていると、私はダンサーとしても、是非その奇跡の跳躍を目にしたかった!という思いに駆られます。
ニジンスキー「最後の跳躍」を下から眺めるキュレーター関典子     (c)H.isojima
ーー おお、最後の跳躍ですか。実にドラマチックですね。言葉が出てきません。 他には如何でしょうか。
今回、衣装も展示しています。
レオン・バクスト『眠れる森の美女』の「青い鳥」の衣装  (c)H.isojima
バクストによる『眠れる森の美女』の「青い鳥」の衣装です。クラシック・バレエの代表作ですね。1890年の初演を若かりしディアギレフとバクストが見ていたそうで、バクストは「あの晩、僕の仕事は決まったのだ」との言葉を残しています。時を経て1921年、この2人が実現したバレエ・リュス版『眠れる森の美女』は、「ロシア・バレエの至宝を西欧に伝えたい!」という彼らの悲願でもあったことでしょう。バクストは豪華絢爛な衣装と装置をデザインし、彼のバレエ・リュスでの最後の大仕事となりました。
もちろん、これら以外にもバレエ・リュスを語る上で、大切なものが数多く展示してあります。
ーー ありがとうございます。バレエに関する写真や衣装、絵画など、世界有数のコレクターとして知られる「薄井憲二バレエ・コレクション」の6500点以上あるとされるコレクションのうちから、今回の展示はこれでもほんの一部だそうですね。コレクションのキュレーターの仕事だけでも大変だと思いますが、関さんは大学でも教鞭を取る傍ら、コンテンポラリーダンサーとして踊られていますね。今回の特別展でも最後のコーナーに、ご自身が「瀕死の白鳥を」を踊られた映像が流れていました。
キュレーター関典子のもう一つの顔はコンテンポラリーダンサー
バレエ・リュスに焦点を当てた特別展の最後に、私の踊る映像を置くのは如何なものか、出しゃばり過ぎではないかと、迷いもありました。しかし、最初にお話したとおり、私と薄井先生を繋ぐのは、「ダンサーとしてのアイデンティティ」です。薄井先生も実演家であり、研究者でもあることにこだわっておられた。それゆえ、ダンサーでもある私を、キュレーターとして認めてくださったのだと思います。こうした思いから、私の踊る『瀕死の白鳥』を見ていただくことも、一つの大きな使命だと考えました。
設立当初よりバレエ・リュスに参加していたフォーキンが振り付け、パヴロワが踊った『瀕死の白鳥』は、人々がコロナに喘ぐ今こそ、見ていただきたい作品です。私自身、今回の映像撮影を通して、コロナ禍の自粛によって、いわば「瀕死」の状態にあった表現意欲が、劇場が、舞台が、息を吹き返すように感じました。
今回、フォーキン自身による舞踏譜にもとづくピアノ演奏と共に「復活」の願いを込め、無人の兵庫県立芸術文化センターの大ホールで再創造しました。共演は、同センターの薄井コレクション担当者で、ピアニストでもある三浦栄里子さんです。
関典子(左)とピアニスト三浦栄里子
ーー 私は拝見して、元気を頂きました。そういう方も多いと思いますよ。では、最後に関さんより「SPICE」をご覧の皆さまにメッセージをお願いします。
コロナ禍、未曽有の事態であることを痛感する日々ですが、バレエ・リュスも、1918~19年のスペイン風邪をくぐり抜けて活動し続けたのだろうと、思いを馳せております。足をお運びいただくのが難しい状況であることを承知の上ですが、是非、100年前の、バレエ・リュスの数々のきらめきと挑戦をご堪能ください。そして、皆様の活力、新たな創造や表現に向かうヒントをお感じいただければと、心より、願っております。
尼崎市総合文化センター、あましんアルカイックホールは、バレエ、オペラ、コンサートなどを長年公演されている関西の重要拠点でもあります。こうした劇場に隣接する美術ホールでの特別展。総合芸術を目指したバレエ・リュスを紹介する場としては、この上ない会場だと思います。担当学芸員の藤巻佐和子さんをはじめ、スタッフの皆様と一丸となって創り上げた本展自体、とっても刺激的なコラボレーションでした。是非とも体感してください!
ーー 関さん、丁寧な説明をありがとうございました。特別展の成功を祈っています。
<薄井憲二バレエ・コレクション・キュレーター関典子のダンス映像はコチラ↓>
【動画】つながろうアート!/関典子《コンテンポラリーダンス》「瀕死の白鳥」

取材・文=磯島浩彰

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