【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#179
ミュージシャン・山下達郎の言葉

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。

音楽は嘘をつきませんから、人間と付き
合っているよりもずっといいですよ

より

2011年に6年ぶりのアルバム『Ray Of Hope』のリリースが決まった、当時58歳の山下達郎へのインタビュー。100の問いは、山下達郎の音楽感を浮き彫りするものや「うどんとそば、どっちが好き?」というような生活に密着したものまで多岐に渡っている。今回の名言は、「音楽を生業にして良かったと思うこと」を問われての答え。続けての問い「『これはちょっと…』と思うことは?」へは、「他人から“芸能人”と思われること」と回答している。他にも、「もともと人間が嫌い」「バンドに興味がないんです。シュガー・ベイブ解散のとき“二度とバンドは作るまい”と思って、それ以来、35年間ソロでやってきた」など、人間関係にまつわる発言が興味深い。アルバム『Ray Of Hope』に参加したドラマー・小笠原拓海を採用した決め手を山下は、「テクニックと人格」と明かしている。「それが一致するミュージシャンは、なかなかいない」のだそう。インタビューでは、日本映画、歌舞伎、落語、車、プラモデル、ファッションなど幅広い分野について語られており、山下の博識さにも驚かされる。
山下達郎(やましたたつろう)
1953年2月4日生まれ、東京都豊島区池袋出身。1980年代末に出現したJ-POPの波の原動力となった重要人物のひとり。レコーディングでは、編曲、ボーカル、バックコーラス、ギター、シンセサイザー、パーカッション、コンピュータの打ち込みなど、様々な楽器や機器を操るマルチプレイヤーとなることでも知られている。1973年、シュガー・ベイブのメンバーとして、プロデビュー(『Hello! We are SUGAR BABE』/青山タワーホール)。1975年、シュガー・ベイブのアルバム『SONGS』とシングル曲「DOWNTOWN」でレコードデビュー(ナイアガラ・レーベル)。1976年、アルバム『CIRCUS TOWN』(RCA/RVC)でソロ・デビュー。1980年に発売した「RIDE ON TIME」が大ヒット。1981年、日本全国の約2,000人規模のホールを巡るコンサート・ツアー<PERFORMANCE ’81>がスタート。これは、2018年まで続いている山下のライフワークのひとつである。2020年12月18日〜 2021年1月4日、東京・池袋PARCOにて、山下初の展覧会『山下達郎 Special Acoustic Live展』を開催。
仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『昭和歌謡文化継承委員会』を発足し会長として活動中。

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