加藤ひさし

加藤ひさし

加藤ひさし(THE COLLECTORS)
- Key Person 第11回 -

“こんな場所があるのかよ!?”って
その中で一生生きていきたいと思った

加藤さんの初めてのライヴハウス体験は、中学の時に熊谷にできた“木偶in洞(デクインドウ)”というライヴハウスで。中学生は出入り禁止だったため、外で音を聴いていたそうですが、それから渋谷の屋根裏や新宿JAMなどに出演されるようになり、加藤さんにとってのライヴハウスはどんな場所になっていきましたか?

映画(2018年11月公開のドキュメンタリー映画『THE COLLECTORS 〜さらば青春の新宿JAM〜』)の中でも語ってたんだけど、ライヴハウスに出るってことはもちろんバンドの演奏を聴いてほしいっていうのもあるんだけど、プロになるためのきっかけだったんだよね。それを探すためにいい演奏をして、誰かに“レコードを出そうよ”って言ってもらえるのをただ待っている場所だった。みんなはそんなふうに思ってなかったと思うけどね。自分の作った曲を聴いてもらう喜びもあったけど、最終的な部分ではThe Beatlesみたいになりたいわけだから、レコード会社の人が来るライヴハウスに一日でも多く立ちたいっていうそれだけだったね。

加藤さんが求めていたデビューのきっかけを作ったのもライヴハウスですし、古市さんとの出会いもライヴハウスですよね。

あいつはいい加減すぎて“こいつとはバンドできないな”っていうのが第一印象だったけどね(笑)。一番最初にリハに入ろうってなった時に「僕はコレクター」をやるってなったんだけど、ギターのコードがちょっと変わってるところがあるから、あいつが住んでた亀戸の家まで打ち合わせに行くことになったの。で、部屋に行ったらギター触る前にいきなり写真見せてきて“これ彼女なんだけど可愛いでしょ?”って…“こいつ、大丈夫かな?”って思ったよ(笑)。DマイナーオンFっていうギターはDマイナーだけどベースはFを押さえるコードがあって、そこをFで弾いてたから“そこはFじゃなくてDマイナーオンFなんだよ”って言ったら、“あぁそう。じゃあ、チョーキー(元ベーシストのチョーキーとしはるの愛称)のところに行こうか”って言うから全然打ち合わせにならなくて、中途半端なままリハやって、またFを押さえてるみたいな(笑)。

あははは。加藤さんはコレクターズの武道館公演のタイトルにもなった、黒田マナブさんの『MARCH OF THE MODS』というイベントをきっかけに、“自分がオリジナリティーを持って本格的にバンドをやりたい”と思うようになったそうですが、その時のお話もお聞きしたいです。

まずフレッドペリーのポロシャツが売ってなくて、“東京のモッズ会にいる黒田マナブって男が7色のフレッドペリーを持ってるらしい”って噂があったから、三村(前身バンド、THE BIKESの元ギタリスト・三村直輝)と一緒に東京のモッズのイベントに行こうって話になったわけですよ。そしたら、どこでも買えないモッズパーカー、どこでも買えないフレッドペリー、どこでも買えないベスパが全部揃ってる場所があって、そこで映画『さらば青春の光』みたいなことをやってるわけだよ。“おいおい、こんな場所があるのかよ!?”って、俺はもうその200人の中で一生生きていきたいと思ったね。“こんなイカした連中がいる場所があるならそれだけでいい!”って思うくらい、自分の憧れが全部そこにあった。

夢のような光景だったんですね。そのモッズのイベント然り、先ほどのXTCのレコードなど、10代~20代に心を動かされた出来事によってオリジナリティーの考え方が形成されていったのでしょうか?

すごく劣等感があったからだと思う。これは話すたびに寂しくなるんだけど、子供の頃からずっと劣等感があって…今で言うアトピーとか花粉症が幼稚園に上がる前からあったんだけど、当時はそんな言葉がなかったから原因不明の病気だったわけよ。春先になると足に湿疹ができて、お袋に連れられて群馬の病院まで行くけど一向に治らないし、目も痒くなるけど眼科に行っても異常がないって言われる…こんなことを何年も繰り返してると子供ながらに自分がすごく出来損ないだと思うようになってさ。不良品の人間だって。学校に行っても勉強で一番になるわけじゃないし、運動会でも一番でテープを切ったことはない、何かができるわけでもなく歳を取っていき、大学は二次募集の第二希望の学科にしか入れない…ずっと劣等感の塊でいると何かひとつくらい“絶対に妥協をしない死守するもの”が欲しくなって、それで発見したのがモッズだったの。でも、周りの人は全然理解してくれなくて、そんな中で黒田マナブに出会い、その世界を見た喜びから““モッズを語らせたら加藤ひさし”と言われるようになろう、売れるモッズバンドを最初に作ろう”と、“自分だけ”っていうものを強烈に覚悟した。その覚悟は今思うと子供の頃から持ってた劣等感の積み重ねだったんじゃないかなと思うんだよね。

その覚悟があったからこそメンバーにも出会えて、THE COLLECTORS結成後の翌年1987年にメジャーデビューすると。THE BIKESの時からの積み重ねもありますし、環境の変化や、アルバムとしては『UFO CLUV』(1993年1月発表)から吉田 仁さんがプロデューサーとして関わるようになって新たな出会いもたくさんあったと思いますが、ご自身の中で印象に残っている出来事を挙げるとしたら何ですか?

やっぱり仁さんが一番かな? デビューしたら自分たちに関わる全ての人がプロの方になって、スタジオに入って音を出したらみんなが寄ってたかってプロの音にしてくれると思ってたの(笑)。でも、甘かったね。だから、1stアルバムの『僕はコレクター』(1987年11月発表)でプロデューサーと喧嘩になって。The Beatlesの伝記を読んで知ったジョージ・マーティンがやったみたいに“プロデューサーっていうのはああいう人なんだ”っていうことを期待してたものもあったから、その反動で2ndの『虹色サーカス団』(1988年6月発表)から4thアルバムの『PICTURESQUE COLLECTORS' LAND 〜幻想王国のコレクターズ〜』(1990年4月発表)までセルフプロデュースすることになるんだけど、俺の知識も浅いからなかなかうまくいかなくて。同じように苦労してきた吉田 仁さんが『UFO CLUV』で再現してくれた音が、まさに欲しかった音だったし、まさにエンジニアの人が出してくれるって思ってた音だったの。サンズアンプっていう小さい箱があったんだけど、“これに挿してみなよ。アンプよりアンプの音がするから”って言われて挿してみたら、エリック・クラプトンみたいな音が出てさ。それまではギターは絶対にギターアンプにつないで、そこから出てきた音をマイクで拾うっていう固定概念からずっと離れられなかったけど、きっとThe Beatlesを筆頭にイギリスのバンドたちもそんなことを取っ払ったやり方で、一番いいと思った方法でやってきたんだよ。仁さんは俺にとっては目から鱗の感覚を教えてくれた人で、“これだ!”って思った。これは仁さんがしてくれたことの些細なひとつでしかないけどね。

仁さんを含むさまざまな人との出会いがありながら、40年以上スタイルはまったく変えずに活動し続けて、葛藤した時期はありましたか?

葛藤はないんだよね。もうちょっと周りの意見を聞いたほうが良かったっていうのはあるかな? “髭を剃れ”って言われた時に剃れば良かったとか(笑)。まぁでも、スタイルが変わってないことに関しては、あんまり世間のことを気にしてなかったっていうのが大きいと思う。話が戻っちゃうけど、1967年にこんなにカッコ良い音楽ができてたならずっとそれやってればいいじゃんって思ったのがあったから、1995年になろうと俺の中では67年の音楽が最高だったんだよ。もっと時代を意識したほうが良かったんだろうけど、できなかった。

最後に加藤さんにとってのキーパーソンとなる人物はどなたですか?

ここまで持ち上げちゃったら吉田 仁でしょう(笑)。彼こそプロデューサー。仁さんとは酒もすごい飲んだし、スウェーデンにもロンドンにもレコーディングで一緒に行ったし、俺が唯一任せておける人だね。それ以外はジャケットに関しても俺がやかましいくらい口を出すけど、仁さんの場合は仁さんがやることを口を挟まずに見ていたいって思う。俺が口を出すよりも面白いものを作るし、自分が考えてたものと違っても違うベクトルで、そっちのほうがいいんだよね。それに気づいてからは仁さんには投げっぱなしにしてるから、未だにトラックダウンの音作りでどんなことをしているのかは分からない。そういう謎な部分もすごくあるし、まだまだ仁さんと仕事していたいと思ってます。

取材:千々和香苗

加藤ひさし プロフィール

カトウヒサシ:ロックバンド、THE COLLECTORSのリーダーであり、ヴォーカリスト。1979年、高校の同級生とトリオバンド“エキセントリック・ジャム”を結成し、80年に“THE BIKE”に改名。85年に解散後、86年2月にTHE COLLECTORSを結成し、87年11月にアルバム『僕はコレクター』でメジャーデビュー。矢沢永吉の「ロックンロール・バイブル」作詞、藤井フミヤの「Join Together 」、松たか子の「恋のサークルアラウンド」を作詞・作曲するなど、ソングライターとしても活動している。THE COLLECTORS オフィシャルHP

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