ブロードウェイ史に輝く名作『屋根の
上のヴァイオリン弾き』、その知られ
ざるメイキングを明かす~「ザ・ブロ
ードウェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆番外編『屋根の上のヴァイオリン弾き』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 2021年2月6日に、日生劇場で幕を開けた『屋根の上のヴァイオリン弾き』。ブロードウェイで、1964年に初演されたミュージカルだ。舞台は、20世紀初頭のロシアの寒村アナテフカ。ユダヤ人の酪農家テヴィエと嫁ぐ娘たち、そして彼らがロシア人の迫害を受け、故郷を追われるまでを描く骨太の傑作で、今なお世界中で上演を繰り返す。ここでは、ブロードウェイ初演に出演したキャストのインタビュー交えつつ、作品の色褪せぬ魅力に迫ろう。
初演のセット・デザインを手掛けた、ボリス・アロンソンによるイメージ画(ロンドン初演のプログラムより)
■ミュージカルの巨匠とストレート・プレイ
 この作品を生み出したのが、ジェローム・ロビンス(1918~98年)。NYを舞台に、人種間の抗争を歌と踊りで鮮烈に描写した『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)で、ブロードウェイ・ミュージカルを深化させた振付・演出家だ。『屋根の上のヴァイオリン弾き』(以下『ヴァイオリン弾き』)は、『ウエスト・サイド』同様にシリアスな問題を扱いながら、続演回数3,242回の記録的ロングランを成し遂げた。
〈結婚仲介の歌〉を歌う、右から唯月ふうか(次女ホーデル)、凰稀かなめ(長女ツァイテル)、尾比久知奈(三女チャヴァ)。写真提供/東宝演劇部
 主人公テヴィエの娘たちの中で最初に結婚するのが、しっかり者の長女のツァイテル(今回の翻訳版では凰稀かなめ)。初演で彼女を演じたのが、現在はニューヨーク大学芸術学部で、演技コーチとして活躍するジョアンナ・マーリンだ。
 ロビンスは、ダンスにおける感情表現を極めるため、ストレート・プレイの演出術も学んだ。1963年にはブロードウェイで、ブレヒトの戯曲『肝っ玉おっ母とその子供たち』に挑戦。マーリンは、この作品のオーディションでロビンスに好印象を残し、『ヴァイオリン弾き』にも誘われた。彼女が当時を振り返る。
「だいたい私はミュージカルに興味がなくてね(笑)。ローレンス・オリヴィエ主演の『ベケット』(1960年)に出演した時、古謡を歌った程度だったのよ。でもジェロームは、配役に関して的確なビジョンがあって、俳優の選択には時間を掛けた。私は、彼の指示通りボーカル・レッスンを重ねながら、8度目のオーディションで、ようやくツァイテル役を頂きました」
ブロードウェイ初演の舞台より。右から長女ツァイテル役のジョアンナ・マーリン、父親テヴィエを演じたゼロ・モステル、ツァイテルの婚約者役のオースティン・ペンデルトン
■「これは何についての作品なんだ?」
 キャストやスタッフへの要求が非常に厳しく、時には暴君と化したロビンス。マーリンは、「決して妥協を許さない完璧主義者」と評す。
「演出のアイデアが泉の如く湧き出るのね。大変だったのは、安息日の支度をしながら、ツァイテルが密かに付き合っている恋人に、結婚の許可を父親テヴィエから貰うよう懇願する短いシーンでした。結婚に対する2人の期待と不安、どこかで父を恐れる感情が明確になるまで、セリフのきっかけはもちろん、テーブルに燭台を並べるタイミングや立ち位置を細かく変更しながら、ジェロームは満足が行くまで22回もやり直したわ]
力強くオープニングを飾る〈伝統の歌〉。写真提供/東宝演劇部
 一方、即座にステージングを完成させ、キャストやスタッフを感嘆させたケースもある。それが幕開きの〈伝統の歌〉だった。通常ミュージカルでは、重要なツカみとなるオープニング曲は、ある程度リハーサルが進み、作品の骨子が固まってから書かれる場合が多い。『ヴァイオリン弾き』も然り。マーリンは続ける。
「ジェロームはリハーサルの段階から、作詞作曲のシェルドン・ハーニック(詞)とジェリー・ボック(曲)、脚本家ジョセフ・スタインに、『これは何についての作品なんだ?』、『テーマは一体何なんだ?』と詰問していたわ。はっきりした答えが出ないまま時が過ぎた頃、誰かが『伝統を変える話ですよね』。すると、『それだ! 伝統のナンバーで始めよう』とジェロームが目を輝かせ、あの曲が出来上がった。最初に聴いた時は、本当に感動しました。さらに彼は、2時間以内で全ての振付を済ませたのよ」
 テヴィエが、ユダヤ人の慣習や登場人物を紹介しながら、重唱に転じてダイナミックに展開するこのナンバー。非行少年たちの軋轢と憎悪を、ダンスのみで活写した『ウエスト・サイド』の〈プロローグ〉と並んで、天才ロビンスが創造したオープニングの2大傑作だ。
■自らのルーツを辿り、父親に捧げる
 前述したように、8度目のオーディションでツァイテル役を獲得したマーリン。彼女は、その日付1963年11月22日を「一生忘れないでしょう」と語る。ジョン・F・ケネディ大統領が、ダラスで暗殺されたのだ。『ヴァイオリン弾き』がロングランを続けた1960年代のアメリカは、正に激動の時代だった。黒人差別撤廃の公民権運動が盛り上がりを見せる反面、白人至上主義者による黒人への暴行が激化する。再びマーリンの証言。
「観客は、舞台で描かれる差別の物語と並行して、自分たちの身の回りに起きている現実を重ね合わせた。恐ろしいのは、この流れが今も続いている事。これは、人種間の分断を煽ったトランプ前大統領を見れば明らかよね」
 そしてマーリンは、ロビンスがユダヤ人迫害のテーマを取り上げただけでなく、歴史をリサーチし、執拗なまでにリアルさを追求した理由を明かす。
「何よりも、お父さんに観て欲しかったと言っていたわ。ジェロームの父親ハリーは、ロシア人の虐待から逃れるため、20世紀初めに東欧からアメリカに渡ったユダヤ人移民だった。それから苦労を重ねながら、子供たちを育て上げたのね。だから『ヴァイオリン弾き』は、ジェロームにとって自分のルーツを確認する作品でもあったのよ」
 初日に父親を招待したロビンス。感極まった父は終演後に息子を抱きしめ、泣きながら「おまえ、どうやって調べたんだ?」と繰り返したと言う。
現在のマーリン。『ヴァイオリン弾き』以降は、キャスティング・ディレクターとして、『スウィーニー・トッド』初演(1979年)など多くの作品に関わった。 Photo Courtesy of Joanna Merlin
■映画版とCD、翻訳上演について
 最後に、1971年の映画版とCD、日本での上演にも簡単に触れておこう。映画は、1967年のロンドン初演以来テヴィエを持ち役とし、1990年の来日公演や同年のブロードウェイ再演でも好評を得たトポルが主演。映画公開時36歳の若さだったが、バイタリティー溢れる愛すべき父親像を創り出し見事だ。加えて監督のノーマン・ジュイスン(「月の輝く夜に」)は、舞台を忠実に映画化しており、見応えある大作に仕上がった。音楽監督は、後に「ジョーズ」(1975年)などで有名になるジョン・ウィリアムズ。荘厳なオーケストラのサウンドに魅せられる。
映画版ブルーレイは、20世紀フォックス ホーム エンターテインメント ジャパンよりリリース
ゼロ・モステルを表紙にあしらったプレイビル
 1964年のブロードウェイ開幕時にテヴィエを演じたのは、コメディアンのゼロ・モステル。初演CDは、アクの強い芸風で売った彼のユーモラスなボーカルが楽しい。以降再演の中では、2015年のブロードウェイ・リバイバル盤がお薦め。テヴィエ役ダニー・バースティンの、味のある達者なパフォーマンスが圧巻だ(この2枚は、輸入盤かダウンロードで購入出来る)。
 ちなみに日本では、1967年に帝国劇場で初演。初代テヴィエは森繁久彌で、1986年まで全国公演を含め、通算900回を演じ切った(1986年の帝劇公演では、上條恒彦がテヴィエ役で土曜マチネに出演)。以降、1994~2001年が西田敏行、2004年からは市村正親のテヴィエで、現在に至るまでロングランを続けている。
ブロードウェイ初演盤
これは森繁久彌(1913~2009年)の公演を収録した、2枚組ライブ録音CD(1981年/名古屋・中日劇場)。残念ながら現在は廃盤だ。

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