『AXIA』に刻まれた、
アイドルを超えた斉藤由貴の
表現者としてのポテンシャル

悪魔的な側面も見せる凄み

ここまで説明してきたM1、M2、M8、さらには高校野球をモチーフとした、まさしくタイトル通りの物語を綴ったM3「青春」辺りは、毒にも薬にもならない…と言ってしまうと怒られるだろうが、当時19歳であった彼女の等身大的な作風というか、多くの人が20歳前の少女に漠然と抱くイメージの最大公約数(でも実際にはそんなものは少数派)的なものではある。アーバンな雰囲気で、《煙草の煙 溜息の煙/サヨナラ…を 告げるだけで いいのよ》や《ああ 男はいつも優しさを求めて/ああ 女はすぐに約束欲しがる/もう ささやきは風の中》などと歌われるM4「フィナーレの風」は、少し大人びた感じではあるけれども、この辺は許容範囲だろう。だが、ここまで述べてきた楽曲以外は相当に個性的である。毒にも薬にもならないどころか、強烈な毒であり、特効薬ともなり得る──そんな感じだ。タイトルチューンのM5「AXIA 〜かなしいことり〜」はこうである。

《ごめんね 今までだまってて/本当は彼がいたことを/言いかけて言えなかったの/二度と逢えなくなりそうで…》《今ではあなたを好きだけど/彼とは別れられない/それでもあなたを忘れない/ふたりは迷ったことりね…》《優しい言葉とため息で/そっと私を責めないで…》《優しい言葉とため息で/そっと私を捨てないで…》(M5「AXIA 〜かなしいことり〜」)。

男を煙に巻くような行為をする女性を小悪魔などと言うことがあるが、この主人公はほぼ悪魔ではなかろうかとすら思う。二股かけておいて、いくらなんでも《ふたりは迷ったことりね…》はないだろう。でも、この感じは、斉藤由貴によく似合っている。M1「卒業」やM3「青春」、あるいは《フワリ》《Fwa Fwa》とは異なる、彼女のもうひとつの側面だ。この曲は銀色夏生氏が“斉藤由貴に歌ってほしい”と持ち込んだものだというが、彼女は斉藤由貴の表現者としての本質を見抜いていたんだと思う。銀色夏生氏は作詞家であるが本職はメロディーメーカーではないだろうから、M5のメロディーはその他の曲に比べて抑揚に乏しい印象ではあるのだが、その淡々とした感じがむしろ悪魔的であって、そこもとてもいいと思う。

そんなイメージを引きずったまま、続けてM6「白い炎」を聴いたからか、2ndシングルでドラマ『スケバン刑事』の主題歌であったこの曲もまた単なるアイドルソングには聴こえなかった。

《あなたと彼女 バスを待つ/その時街は 色をなくした》《最後の5が 押せなかったテレフォン/燃える胸は 熱い痛みです》《ふたりを乗せた バスが行く/あなたの部屋と逆の方へ/初めて恋を こえました/その時風が 夢をちぎった/ためらいばかりを 閉じこめたダイアリー/にじむ涙 白い炎です》(M6「白い炎」)。

こうして歌詞だけ見ると、女の子のいじらしさを綴ったものに見えるし、それはそれで間違いないのだろうが、ドラマチックなイントロといい、頭からビシッと厳しく叩かれているスネアドラムといい、多用されているオケヒといい、間奏で激しく鳴くエレキギターといい、そのサウンドからはこの物語の背景に尋常ではない感情が横たわっていることを感じざるを得ないのである。サビが特に秀逸で、小刻みに鳴らされるストリングスはちょっとホラー映画っぽく、自ハモはどこか二重人格的であって、スリリングかつシリアス。薄っすら恐怖を感じさせる仕掛けではないかと思う。作家はもちろん、アレンジャーの武部氏の仕事も天晴れだが、そうした演出を可能としたのも斉藤由貴のポテンシャルの高さであったことは言うまでもないだろう。

アイドルらしからぬ構成が良い

斉藤由貴の凄みはまだまだ続く。以下、歌詞をザっと見てみよう。

《もしも偶然 すれ違ってなければ/束ねたこの髪 ほどいてはいないでしょう》《そしてあなたは昔の上級生/ときおり写真でなぐさめてくれたはず・・・》《教えてください 忘れることって/聞かせてください こんなにつらいの?》《教えてください 大人になるって/聞かせてください こんなにつらいの?》(M7「上級生」)。

《あなたの瞳に映る私は/なんて妖しげ少し淫らなの/愛した時から変わり始める/そんな自分が怖いの》《銀河に浮んだ星のように/キラキラ輝く私の心》《ロマンス感じさせて優しく/涙をそそぎたいの あなたへ》(M9「感傷ロマンス」)。

《誰の声なの 電話の女性(ひと)は・・・?/あなたの名前を 軽く呼び捨てにした》《哀しみなだめて しずめて/いくすじかの雨が描く/窓硝子のスクリーンに/そっと字幕を入れてみる》《まだまだ恋はこれからだと/私のためだけ・・・ 雨のロードショー》(M10「雨のロードショー」)。

まずM10。アイドル的な人気を誇った女性シンガーの1stアルバムの締め括りが悲恋というのがすごい。《まだまだ恋はこれからだと》辺りは、デビューしたばかりの初々しさと掛けていたのかもしれないし、タイトルがいかにも女優らしいところではあるが、このフィナーレだけ見ても、『AXIA』、あるいは斉藤由貴が単なるアイドルではなかったことがよく分かる。

M7は《束ねたこの髪 ほどいてはいないでしょう》が艶っぽく、明らかにM1、M2、M8から一歩進んだ感じというか、むしろそれらで構築したものを軽く壊すような意気込みすら感じられて味わい深い。また、リバースっぽい音処理と、Bから入るストリングスアレンジが実に不穏であり、情念の深さを感じさせることで、その異なる世界観を完成させていると思う。M9はタイトルほどにはセンチメンタルな印象はなく、若干ファンキーなギターとか、パーカッシブなリズムとか、どこか享楽さを孕んでいるような気すらするが、何と言っても《なんて妖しげ少し淫らなの》のフレーズにドキッとさせられる。当時の衝撃はいかばかりだったかと今となってもお察しするところだ。《ロマンス感じさせて優しく/涙をそそぎたいの あなたへ》辺りは“ちょっと何言ってるかわからない”((c)サンドウィッチマン)とか、“君が何を言っているのかわからないよ”((c)碇シンジ)とか言いたくなるが、その辺は《フワリ》《Fwa Fwa》としておいたのであろう。心憎いまでにとてもよくできたアルバムなのであった。

TEXT:帆苅智之

アルバム『AXIA』1985年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.卒業
    • 2.石鹸色の夏
    • 3.青春
    • 4.フィナーレの風
    • 5.AXIA 〜かなしいことり〜
    • 6.白い炎
    • 7.上級生
    • 8.手のひらの気球船
    • 9.感傷ロマンス
    • 10.雨のロードショー
『AXIA』('85)/斉藤由貴

OKMusic編集部

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