溝端俊夫×小野晋司×宮久保真紀「E
PADを通して見えたアーカイブの可能
性は、時代を俯瞰できることと創作の
ためのエンジンになること」

寺田倉庫株式会社と緊急事態舞台芸術ネットワークが、2020年秋から進めてきた『EPAD(緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)』は、文化庁による令和二年度戦略的芸術文化創造推進事業「文化芸術収益力強化事業」に採択された事業の一つだ。舞台映像などをアーカイブすることでカンパニー側に対価が支払われ、またオンライン配信によってアーティストやクリエイターが収益を得る仕組み。そのダンス公演の映像収集の協力団体として、NPO法人ダンスアーカイヴ構想が参加していた。理事の溝端俊夫は早くからダンスの映像や資料のアーカイブを提唱してきた。その思いに賛同し、協力した横浜赤レンガ倉庫1号館館長の小野晋司、Dance New Airプロデューサーの宮久保真紀にダンス作品のアーカイブの意義について語ってもらった。
――まずは皆さんの自己紹介からお願いできますでしょうか。
溝端 NPO法人ダンスアーカイヴ構想は2016年12月に設立されました。私は横浜にある大野一雄舞踏研究所に、80年代前半、踊りを勉強したいと訪ねたところ居着いてしまい、大野一雄のスタッフとして活動していました。大野は20世紀の舞踏史を生きた人ですから、いろいろ古い資料を持っていた。また80、90年代、キャリアのピークに民生機が登場し、普通に映像を撮るような時代がやってきた。その流れで、90年代に入り、私たちもアーカイブをつくろう、記録を整理していこうという活動を始めたわけです。しかし個人的立場でやっていくのは非常に大変で、先が見えない作業であることから、公共性を持った事業として領域横断的に、時代を俯瞰するようなものをつくれないかということでまず任意団体としてダンスアーカイヴ構想を立ち上げました。さらに3、4年後、社会的立場を持って運営できる団体にと2016年にNPO法人化し、今に至ります。
溝端俊夫
宮久保 「Dance New Air」はコンテンポラリーフェスティバルの名称ですが、2015年に法人化しました。前身は青山劇場の主催事業「ダンスビエンナーレ」として2002年に始まり、2004年にスパイラルが仲間入りしたのですが、私はその時にスパイラルのスタッフとして関わっていたんです。2015年3月に青山劇場が閉館するにあたり、フェスティバルを継続できないかということで法人化したタイミングで退社し、Dance New Airを企画運営する一般社団法人ダンス・ニッポン・アソシエイツの代表理事になりました。そのころからフェスティバルの活動をアーカイブしていく必要性を感じており、EPADにはDance New Airで発表した作品をいくつか収めさせていただきました。
宮久保真紀
小野 私は青山劇場でダンスの事業を軸に、「ダンスビエンナーレ」などフェスティバル事業などにも携わっていました。青山劇場の閉館後に、「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2015」の事務局長、2016年から横浜赤レンガ倉庫1号館の館長としてダンスのプログラムに携わっています。横浜赤レンガ倉庫1号館の立脚点は、ダンスをはじめ芸術文化事業を通じたつくり手を取り巻く創造環境の整備です。そのような中で、1996年から続く「横浜ダンスコレクション」では毎年30〜40作品の創作上演が積み重ねられてきていたので、EPADには過去のアーカイブをできるだけ死蔵化しないで活用できるようにできればと思って参加をしました。
小野晋司
――EPAD事業に収蔵する作品を決定されたわけですが、そのラインナップを見て改めて感じたことはありますか?
溝端 当初は3団体で200作品以上をピックアップしたのですが、最終的には151作品に絞りました。最初に選んだ中には、画質は必ずしも良くないけれども、歴史的に貴重な70年代の舞踏作品もありました。その時に思ったのは歴史を語れるような映像資料がちゃんと残っている、仮に200本を見たとしたら時代の中で何が起こっていたのか語れる収集になっているということです。しかし今回は、「横浜ダンスコレクション」が始まった90年代、2000年代のものでリストをつくり、納品させていただきました。なぜなら、70年代にICUの学生によるビデオインフォメーションセンターが舞踏や状況劇場、天井桟敷などを撮った映像が大量にあり、慶應義塾大学アート・センターにあるんです。これは日本の前衛演劇、前衛舞踏の映像資料としてはもっともまとまったもの。だからこそEPADにはそのあとのものを入れようということにしたんです。
小野 60年代から舞踏が始まって、80年代に西洋の影響を受けながらコンテンポラリーダンスが新しい表現、新しい体験を届けるメディアとして日本に広がっていった。それぞれが持っていたメタデータ、映像資料だけで90年代以降のダンスの潮流、振付芸術の特徴がある程度は見て取れると思います。「横浜ダンスコレクション」として多いのは1996年以降の受賞作品映像です。全体的な本数の調整も必要でしたので、現在国内外で活躍して一定の評価を得ている振付家が、世に出るきっかけとなった作品はこういうものだった、そのような瞬間に触れていただきたかったんです。
宮久保 私たちは2014年以降のものを収蔵しました。それ以前の作品に関しては青山劇場が閉館した時に早稲田大学演劇博物館に寄贈されたからです。その蓄積から一つのフェスティバルの形が見えてくるのであれば今後にとっても意味があると思うんですけど、それも継続していかなければいけないわけです。今回は「Dance New Air」だけでしたが、フェスティバル/トーキョーやKYOTO EXPERIMENTなどのフェスティバルが、同様の視点で、いずれそれぞれセレクションされたものが一堂に見られる環境になればいいなあと思います。今回はその最初のところに関わったんだと実感しています。
――記録という面でも日本の舞台芸術は初期は無頓着なところがあったような気がします。ダンスの状況はいかがですか?
溝端 おっしゃる通りです。私たちの場合も90年代とお話ししましたが、大野一雄は1年の半分くらい海外公演をやっていました。そうすると逆に海外から、これだけ重要な活動をしているのだからとアーカイブの重要性を指摘されるわけです。しかし正直ピンとはきませんでした。舞台は時間芸術で、そこでしか存在し得ないものですから、その状態がベストだと思っていたんです。しかし一方で残していく必要性を感じたのは、大野はそのころ80代半ばで、元気だったとはいえ衰えていく、お客さんも時代も変化している。そういうもの全体の記録を残す必要があるんじゃないかと考えるようになったんです。それぞれアーカイブに対する考え方は違うと思いますが、およそアーティストが亡くなってから始めることが多いじゃないですか。僕らは大野が活躍しているうちに始めたわけですが、そこは皆さんにお伝えしたい部分です。今起きていることを記録して、次に向かっていく、アーカイブはそのための一つのエンジンとして機能すると思うんです。
宮久保 EPADによるアーカイブに関して多くのアーティストは前向きでしたが、幾人かはその意識で撮っているわけではないものが保存されることに疑問を持たれたり、すぐには答えが出せないという方もいらっしゃいました。今回のことでアーカイブに向き合うことになると思いますが、アーカイブを意識し過ぎると舞台上の表現の意味が薄れないかと真剣に考える方もいて、そうした時に何を映像化すればいいんだろうという相談もあったので、制作者としては並行して付き合っていく必要があります。私などはスパイラルの仕事を始めてからダンスに携わり始めましたから、昔の素晴らしい作品は映像でも見たいと思いますし、誰もがどこかのタイミングからしかスタートはできないので、以前の作品がいいクオリティで見られる環境が整っているというのはいいことだと思います。
小野 確かに同じ空間の中で新しい体験や独創性を観客といかに共有できるかということに命をかけている振付家もいるわけですから、アーカイブする、有料配信するということに違和感があるというか、自分の考え方や美意識に合わないと考える人たちいらっしゃるでしょうね。
――EPAD事業に対して期待することをお願いします。
溝端 EPADは特殊な事業だと思います。一つは演劇、ダンス、伝統芸能の3分野において1300本ものアーカイブができたことは大きな成果です。そしてもう一つは、アーカイブの資料を提出することによって対価をもらうことができる。これは公的な資金が入っていないと絶対できません。このコロナ禍さまざまな助成がありましたけれど、EPADに最初に関わった時に面白いと思いましたし、今しかできないかもしれないと思いました。またダンスの場合、配信のためのプラットホームがないんです。我々もこれから配信と向き合うわけですが、どこで配信するかはまだ未定です。これを一つのビジネスモデルとして機能させることが必要ですが、それがEPADになるのか、別の事業になるのかはまだわかりません。しかしここまでやった以上はもう一段先に突き進まなければいけないし、どう根付かせていくかが非常に大きな課題だと思います。
小野 演劇は戯曲が、音楽はスコアが残ります。ダンスは踊った瞬間に消えていく儚い表現だからこそ、アーカイブが必要だと思います。溝端さんもお話しされましたが、クリエーションの段階からアーカイブをしていくことはすごく重要で、創作ノートとか、作品のコンセプトになったもの・ことから行うのが理想的。フランスなどでは成功事例がありますが、日本国内においてはまとまってダンスアーカイブを見られたり検索できるところがないので、ナショナルレベルの拠点ができるといいなと思います。それがもし難しければ、早稲田大学演劇博物館やダンスアーカイヴ構想などで持続的に運営できる体制が取れていければいいなと。何れにしてもこのEPAD事業によって、公演主催者やアーティストが今後のアーカイブについて考えるきっかけになり、ここから新しい歴史が始まると期待しています。
宮久保 映像のアーカイブのメリットは劇場に行かれない方々、様々な地域の方々でも見られることだと思います。ダンサー・振付家たちのほとんどが助成金をもらいながらなので、できれば助成金の仕組みの中に必ず映像化し、提出することが盛り込まれるくらいになれば意識が変わってくるのではないでしょうか。その助成機関がアーカイブをして、いずれできる公的機関に収めるといった準備ができているといいのにとも思います。今後EPADのようなスタイルを続けていくにはお金もマンパワーも必要です。今回は特別措置で実現しましたが、これが一回で終わるとしたら本当にもったいない。ぜひ続けていかれる道筋を考えていただければ思います。
取材・文:いまいこういち
撮影:前田立

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