シス・カンパニー『日本の歴史』(作
・演出:三谷幸喜)の音楽を手がける
荻野清子に、オリジナル・ミュージカ
ルの魅力を聞く

2018年に初演され、好評を博した三谷幸喜作・演出のオリジナル・ミュージカル『日本の歴史』が2021年7月に帰ってくる。日本の歴史上のさまざまな人物の物語と、アメリカ・テキサスの家族の物語とが巧みに交錯する作品で、三谷とタッグを組んだ作品も多い荻野清子が音楽とピアノ演奏を担当している。荻野に、再演への意気込み、ミュージカルへの思いを聞いた。
『日本の歴史』初演舞台より (撮影:宮川舞子)

■三谷さんのホンは夢中になって読んでしまう
――ミュージカル作曲のプロセスについておうかがいできますか。
台本をいただいて、まずは一読します。なるべく上演時間の長さに近い状態で丁寧に読んで、第一印象を何となくとっておいてから、またゆっくり読み直すという段階を踏んでいます。第一印象は大事にしたいと思っているので、読んだ時、もし一瞬でも何か閃いたものがあれば、とりあえずメモをとっておきます。それが後に使われることもあれば、もちろん使われないこともあります。
――三谷幸喜さんの戯曲から感じられる特徴とは?
三谷さんのホンは、とにかく読み物としておもしろいので、つい、楽しくて夢中になって読んでしまいますね。だから最初に読んでいる時は音楽のことがあまり考えられません。何回か読んでいくうちに、ここに音楽を入れたいとか、わかってくることが次第に増えてきます。
――『日本の歴史』の戯曲にはどのように取り組まれましたか?
冒頭の、テキサスのシュミット家が登場するところは、当初三谷さんご自身はセリフで行きたいとおっしゃっていました。一方私は最初からここは歌で始まった方がいいと思い、シュミット家の歌を作りたいと言いました。すると、三谷さんの中では、シュミット家はドイツから来た移民で、もう一方のオブライエン家はアイルランドから来た移民だから、ドイツ民謡とアイルランド民謡を使いたいとおっしゃって。でも私は、せっかくオリジナル・ミュージカルを作るのだから、民謡と言えども違う音楽が入るよりは全部オリジナルの楽曲で行きたいと。ドイツ民謡っぽくなるかはわからないけれども、やはりシュミット家の歌を作りたい、と話しましたところ、そこまで言うなら作ってくださいと三谷さんがおっしゃってくれたのです。
また台本には、両家の歌を合わせて歌ったら最初はぐちゃぐちゃになるという設定が書かれていました。でも、三谷さんから、どうせオリジナルで作るんだったら、両家の歌を合わせたらぴったんこ合ったみたいなことになればおもしろいんじゃない?と言われて。そんなこと無理に決まってるじゃないですかって最初は言ったのですが、別々に作った二曲を合わせてみたら、偶然ぴったんこはまったんです。そんな奇跡に近いこともありましたね。
さらに三谷さんは当初、日本の歴史上の人物だけが歌って、テキサスの人間はいっさい歌わないという設定を考えていました。その意図もわからないわけではなかったけれど、やはりオープニングですし、シュミット家が何回も家族の歴史を語り継いでいくのだから、そこは歌にした方が絶対印象が残るし、その歌を歌い継ぐことによって、この長い歴史が紡がれている感じになるだろうと思っていました。だから結果的にシュミット家の歌を入れたことは良かったなと私は思っています。
――他にもこだわられたことはありましたか?
もともと三谷さんとミュージカルを作ることになった時に、とにかくお客様におみやげを持って帰ってもらいたい、劇場を出てから皆さんが必ずいくつかの曲を口ずさんでくださるような、そんな“おみやげメロディ”が欲しいねという話をしていました。それには、三谷さん曰く、短いフレーズの繰り返しが効くんだと。「お前は誰だ」とか、「俺、平清盛だ」とか、「アイ・エヌ・ジー・エー、INGA」とか、そういう、ぱっと聞いてキャッチーなフレーズで、それが印象的なメロディだったら、お客様は家に帰ってからも絶対それを歌ってくれるからという作戦を言われましたので、それには応えたいと思いました。お客様が、他の曲は忘れてしまっても、単発で何個かだけのメロディさえ覚えていてくれたら、いつまでも何となく、この作品を胸に留めておいてもらえる気がして、そこはちょっとこだわった点ですね。
――“おみやげメロディ”は、確かに観劇の際の醍醐味ですよね。
私もミュージカルを観に行くと覚えたメロディを観劇後に​よく口ずさむのですが、一日目は覚えていても、何日か経つと忘れちゃったりする。だから、やはり、すごく覚えやすいのがいいなと。「お前は誰だ」とか「俺、平清盛だ」とかは忘れにくいし、そこは三谷さんが本当にお上手だなと思いました。実際、何日経っても、何年経っても、脳裏に残っていてくれたら最高だなと思います。

■作曲家として、演奏家として
――日本語を音に乗せる上での難しさは?
難しいことだらけです。やはり、一音に一文字しか乗せられないので。英語の歌詞などを見ると、音符が三つしかなくても、私は何してどこに行ったみたいなことがちゃんと伝えられるじゃないですか。しかし日本語だと「わ・た・し」しか言えない。取り込める情報量がとにかく少ないのです。
それから、日本語はイントネーションがはっきりしている言葉なので、メロディが本当はこちらの方向に行きたいのに言葉的には別の方向に行くから、そこを調整しなければならないというのも大変に難しい点ですね。そのうえ、言いたいことをスピーディに伝えたい時に畳みかけていこうとすると、音符が全部平らにタタタタタタタタタみたいになって、音楽的にあまりおもしろくなくなります。そこで、リズムを少し変えながらいろいろな音符を入れたりしていくと、どうしても喋っているよりも時間がかかって、退屈になりがちというか。また、役者さんによく言われるのは、どこでブレスしていいかわからないと(笑)。息継ぎができないって言われて、ごめんなさい、みたいな、そんなこともよくありますね。
――初演の際のインタビューで、三谷さんがリプライズにこだわっていると話していらっしゃいました。
同じメロディを何回も出すことによって、お客様に対して印象づけがしやすくなります。特に今回の作品では、同じことが何度も繰り返されるというストーリー自体にもつながってきます。同じメロディを異なる立場の人が歌うことによって同じ歌詞なのに意味や雰囲気を変えることができる一方で、人間は本質的な部分では全然変わらないといったことも効果的に表現できる。だからリプライズが、このミュージカルでは二重の意味で効果的に使えるのです。
――ご自身も演奏で参加されることが多いですが、舞台上での役者さんとのコラボレーションによって得られるものはありますか。作曲家としての荻野さんと演奏家としての荻野さんとでは、やはりスタンスが異なりますか?
演奏で参加すると長い時間、役者さんと接することができるから、いろいろなイメージが具体化されて演奏が変わることはありますし、また違うアイディアを思いつくこともあります。
作曲というのは本当に孤独な作業で、完全に一人の世界、妄想の世界です。台本と音楽だけの世界の中にいろいろな役者さんたちがいて、こういう声で歌うのだろうか、こういうテンポ感なのだろうか、と想像しながら、自分でもセリフを言ってみたり歌ってみたりして、完全に一人妄想ミュージカルという感じです。それがみんなと一緒に演奏すると、思ってもみない方向に行ったり、色彩がとても豊かになって立体的に広がっていったりする。でも、一人で孤独だった時間があるからこそ、それがより楽しくて幸せな時間に感じられるのでしょう。とはいえ、一人で作っている時間も、それはそれで楽しいんですよ。だから私は、どちらの時間も好きです。
『日本の歴史』初演舞台より (撮影:宮川舞子)

■日本語のオリジナル・ミュージカルをどんどん作りたい
――ミュージカルの作曲家になったいきさつは?
最初はどちらかというと映画やテレビの音楽をやりたいと思っていたのですが、高校の途中くらいから人に誘われて演劇を観るようになり、ちょうど私たちの世代が小劇場ブームだったこともあって、大学に入ってからいろいろなお芝居に通ううちに、演劇の魅力に憑りつかれたのです。とにかく舞台が好きになっちゃって、舞台に関わる仕事がしたいなと思うようになりました。同じ頃、いろいろなミュージカルを観るようにもなり、ミュージカルというジャンルだったら音楽が舞台の中で重要な役割を占めるし、人の記憶に残るメロディを作れれば作品としても残っていくから、これをやってみたいと漠然と思い始めました。
やがて、いろいろな仕事に携わる中で、ミュージカルの稽古ピアノもやるようになり、様々な作品に出会って、ミュージカルの奥深さを勉強することができました。そうするうちに、日本語のミュージカルって何故こんなにも少ないのか、日本発のミュージカルがどんどんできればいいのに、と思ったのです。翻訳もののミュージカルも楽しいけれど、いつか自分の手で日本語のオリジナル・ミュージカルを作れたら素敵なことだ、と考えるようになりました。
――ご自身はどんなミュージカルがお好きなのですか。
アメリカンでハッピーエンドな、昔ながらの明るいブロードウェイ・ミュージカルですね。もともと作曲家のガーシュウィンが大好きで、『クレイジー・フォー・ユー』みたいに、何も考えないで、タップと音楽でひたすら笑って、ハッピーエンドでっていうのが好みでした。
――ガーシュウィンには音楽的にも影響を受けていらっしゃいますか。
ええ。ガーシュウィン、子供のころからずっと好きだったんです。ピアニストで、独学で作曲を勉強した人ですが、クラシックの世界に憧れていろいろな人に弟子入りしようとするけれど、君はジャズの世界で十分活躍してるんだからもういいじゃないかと言われ、いや、それでも勉強したいんですよと、最終的にはオペラやミュージカルを完成させ、舞台の道にも進んでいく。ちょっと異端児な感じもありますが、そんな生き様みたいなものも含めて大好きなんです。
『日本の歴史』出演者(上段左から)中井貴一 香取慎吾 新納慎也 瀬戸康史(下段左から)シルビア・グラブ 宮澤エマ 秋元才加 と 作・演出の三谷幸喜

■ミュージカルの歴史に残したい
――三谷さんとのコラボレーションの中で培われたものとは?
瞬発力を求められることが割と多いですね。ミュージカルの場合は事前に台本があって、こういうナンバーを作ってということで考える時間がありますけれども、ストレートプレイの時は、稽古場に入って、稽古を見学して、ここに音楽を入れたいのですがどうですかという打ち合わせを軽くしたら早速、じゃあ何か弾いてくださいとその場で言われたりすることが多いので、最初は「えっ?」という感じで(笑)。そこまでに自分の中でふんわりとイメージは作るんですけれども、けっこう無茶ぶりで弾かされることもあるので、そういう、瞬時に対応できる瞬発力は、三谷さんに鍛えられたかなという気がします。
ホンだけ読んでいてもわからない間(ま)とか、何も行なわれていない時間だけどそこに流れている芝居の空気感とか、そういったことを現場で読み取れると、ここにこういう音楽が流れたらいいんじゃないか、みたいなことが自然とわかってくるようになるんですね。一人で考えるより、実際そこで弾かせてもらって、失敗することも多いのですが、それがぴったんこ合った時に、あ、こういうことかって体感することはすごく沢山あります。
――『日本の歴史』は今回、3年ぶりの再演となります。
初演の時、最初に台本を読んで訳がわからなかったし、これはおもしろいのだろうかとすら考えたりもしましたが、お客様の反応を受けたり、いろいろな感想を聞いていくうちに、すごく大事なメッセージ、深いメッセージをお客様の方が読み取ってくれて、こういう作品だったんだと教えてもらうことが沢山ありました。そんなすごい作品に関われて幸せだなと思えた初演だったので、その作品の音楽をまたできることは今の自分にはすごく支えになっているし、喜びもすごく大きいですね。
――再演にあたっての変更点は?
初演の時に三谷さんが、もっとこうすればよかったとおっしゃっていたことがちょこちょこあって、いずれもちょっとしたことなんですけれども、でもそれが意外に大きかったりする、そんな修正が入って、より深まると思います。また今回は瀬戸康史さんが新たに参加されるので、瀬戸さんの新曲も増えます。とにかく、たった7人の役者さんで70近い役を演じ分ける作品ですし、バンドも4人ですが、実はみんないろいろな楽器を持ち替えるので、けっこうな数の楽器が登場します。つまり計11人で、ものすごく壮大な、何千年にもわたるドラマを必死になってやるという作品です。私はミュージカルの歴史に残したい!と思っているんです。観たら絶対元気になると思いますし、また明日も頑張って行こうという気持ちになれる作品なので、ぜひ観ていただきたいです。
初演稽古場より三谷幸喜、荻野清子  (撮影:加藤孝)
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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