吉澤嘉代子 夢の舞台・日比谷野音ワ
ンマンに見た、夢を叶えることの尊さ
と美しさ

吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂

2021.6.20 日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)
「今回は高校生の頃からの夢だった野音でのライブということで、自分の夢を叶える、自分のためのライブをやらせてもらいました」。本編の全18曲を歌い終え、アンコールのMCで、吉澤嘉代子はそんなふうに伝えた。前日まではぐずついた天気が続いていたが、奇跡的に梅雨の晴れ間がのぞいた日比谷野外音楽堂だ。「箱庭」をイメージしたというステージには、鳥カゴや花、古いレコードプレイヤーのほか、吉澤が自宅から持ち込んだという小物で溢れかえり、おとぎ話の世界から持ってきたような不思議な空間が出来上がっていた。吉澤の「心の部屋」をイメージしたというそのステージも、8名のサポートミュージシャンも、セットリストも、演出も、この日の野音は、吉澤の大好きなもので埋めつくされていた。
吉澤嘉代子
ふっと大きく息を吸い、アコースティックギター1本で歌った「東京絶景」でライブは幕を開けた。透明感がありながら凛とした吉澤のボーカルが紡ぐのは、星の見えない美しい街・東京で描く夢の話。高層ビルと緑に囲まれた野音のステージにあまりにも似合いすぎるオープニングだ。
1曲目を歌い終えたところで、吉澤の愛犬・ウィンディが目を覚まし、「嘉代子ちゃん、いよいよ夢が叶うね」と語りかけた。「大切な場所で歌うことができるよ」と答えた吉澤が、「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂、はじめます!」と開会宣言をしたところで、吉澤の周りをぐるりと取り囲む総勢8名のサポートバンドが賑やかに音を重ねていく。伊藤大地が叩き出すスリリングなドラムを軸にした狂騒的なアンサンブルが海の世界へといざなう「ユートピア」。OLの奮闘をファンタジックに歌った「月曜日戦争」では、ひらひらとロングスカートを翻しながら歌う吉澤のボーカルに、武嶋聡のフルートが軽やかに寄り添った。伊賀航のコントラバスが深い低音を聴かせた「怪盗メタモルフォーゼ」、吉澤の動きに合わせて、お客さんも遠慮がちに振り付けで踊った「鬼」に続き、吉澤の歌と加藤哉子のコーラスが美しく溶け合った「恥ずかしい」では、ステージ前面に歩み出た君島大空の渋いギターソロを聴かせた。サポートミュージシャンらがめまぐるしく楽器を持ち替え、様々な生楽器の音色が新旧楽曲を彩ったライブは、イントロが始まるたびに新しい物語のページをめくるように進んでいった。
吉澤嘉代子
「次の曲、ドーン!」という陽気な掛け声で突入した「麻婆」では、“辛い辛い辛い”を連呼するエキゾチックな曲調に合わせて、中華帽をかぶり、おたまを手にしたウェンディも楽しげに揺れていた。ここから物語はさらにディープな“夜の屋根裏”の世界へと潜り込んでいく。電話のベルを合図にラップのような早口のメロディが転がる「えらばれし子供たちの密話」、浮遊感が漂う「サービスエリア」から、タクシードライバーに扮した伊澤一葉(Key)の不気味なセリフをナビゲートに、愛と毒を孕んだビッグバンドジャズ「地獄タクシー」へ。ストーリーテラー吉澤の真骨頂とも言える楽曲の没入感は、音楽でありながら、小説や映画にのめり込む感覚に近い。
吉澤嘉代子
中盤、椅子に腰かけた吉澤が、敬愛するいしいしんじの小説『ぶらんこ乗り』の一節を朗読した。その語りに合わせて、動物の鳴き声や嵐の音といった効果音をサポートミュージシャンが人力で表現していく。そこからなだれ込んだのは、伊澤のアコーディンオンがゆったりとした三拍子を刻んだ「ぶらんこ乗り」。ここからは、“あなたと私”のふたりの世界にフィーチャーした物語が繰り広げられていった。透明感のある吉澤の歌声が、天使との危険な恋を、運命の人との切ない別れを繊細に描いていく。息を呑んだのは、切実なスローバラード「残ってる」だった。人を好きになるという大切な感情を、“好き”という言葉を一切使わずに痛いほどに伝えるその歌には、言葉にこだわり、感情と対峙とする、吉澤のソングライターとしての執念を感じる1曲だ。
吉澤嘉代子
「はぁ……幸せだな。みなさん、ありがとうございます」。この瞬間の喜びを噛みしめるように言うと、ウィンディが吉澤への手紙を読み、そのまま「movie」につないだ。高原久実のバイオリンが生者と死者の邂逅を優しく見守るように響きわたる。ここから披露された曲たちは、物語の手法をとりながら、そこに確かに吉澤自身の想いがあり、命が宿っていることを強く感じる曲たちだった。深遠な音像のなかで泳ぐようにメロディが紡がれる「泣き虫ジュゴン」で歌われた“どうしてもゆずれない夢がまだここにあるから”というフレーズ。そのジュゴンの夢は、吉澤自身の夢とも重なる。
吉澤嘉代子
「今日、最後に歌おうと思っていた曲を」と紹介したラストナンバーは「ものがたりは今日はじまるの」だった。かつて17歳の吉澤が初めて野音でライブを見たミュージシャンだというサンボマンスターと共作した楽曲だ。すっかり陽が落ちた野音のステージをオレンジの光が包み込むなか、吉澤はサポートミュージシャンひとり一人に視線を投げかけながら歌っていた。それは、憧れだった舞台に立ったいま、この場所から新しい物語を描いていく、そんな決意も感じる晴れやかなフィナーレだった。
アンコールのMCでは、「本当は苦手だけど」と前置きをして、「できるだけありのままの自分でステージに立った」と、野音のステージにかける特別な想いを伝えた吉澤。さらに、今回のリハーサルを通じて、「私が歌を歌う理由は、自分が子どもだった頃みたいな子どもまで届くような歌を歌いたいということ。そういう最初の気持ちに戻りました」と、改めて初心にかえったと伝える場面も印象的だった。
吉澤嘉代子
吉澤嘉代子
その後、360°をお客さんに囲まれた客席側のステージに移動すると、「17歳の頃に書いた曲を、手直しせずにそのまま聴いてもらいたいです」と言って、「みどりの月」を弾き語りで届けた。その曲を歌い終えたとき、ちょうど空には雲間からは半月がのぞいていた。再びステージに戻ると、サポートミュージシャンそれぞれの夢について語り合う和やかなMCが続いたが、そんななか、バンマスのゴンドウトモヒコの「このメンバーで武道館に行くこと」という夢が発表されると、会場は温かい拍手で包まれた。アンコールのラストは「雪」。“季節はかならず巡る”と、語りかけるように届けた温かなポップソングは、この苦難の時代も必ず終わる日が来ることを願うような優しいエンディングだった。
吉澤嘉代子
振り返ると、この日のライブは、「夢」がひとつのテーマだった。ステージで吉澤はこんなふうにも言っていた。「いまこの時代に自分の夢を叶えるなんて大それたことをしていいのか不安になったりもした」と。だがこの日、夢の舞台に立ち、晴れやかな笑顔を見せた吉澤嘉代子の姿からは、たとえどんな時代であっても、夢を叶えることは尊く美しいものであることを確かに伝えるものだった。吉澤は決して「夢が叶う」なんてことは言わない。それでも、この日の吉澤の姿そのものが、何か心に熱い火を灯す、そんなライブだったと思う。

文=秦理絵 撮影=山川哲矢 ヘアメイク=扇本尚幸 衣装=田中大資

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