挑戦し続ける佐藤采香、ユーフォニア
ムの新しい可能性を開拓するリサイタ
ルへの意気込みを聞く

2018年リエクサ国際コンクールにて日本人初の優勝という快挙を上げた後、2年間のスイス留学を終え、日本での本格的な音楽活動を開始した佐藤采香。研ぎ澄まされた技術と色彩豊かな感性が魅力の佐藤はどんな進化を遂げているのだろうか。
2021年1月22日(金)にニューアルバムを発売。2月12日(金)にはHAKUJU HALLにてソロリサイタルを予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により延期に。9月24日(金)に改めて、全5回のリサイタルシリーズ『ユーフォニアムの地平線』をスタートさせることとなった。(編集註:本インタビューは、当初開催予定だった2月のリサイタルに向けて、2020年12月下旬に取材を行ったものです)
――昨年秋に完全帰国されて久しぶりの日本での活動はいかがでしたか。
コロナの影響があり残念ながら8月頃から生演奏は飛んでしまったのですが、逆にやりたいことへの充電期間として種を撒く時間ができたことは結果的に良かったです。また、例えばヨーヨー・マさんやアルゲリッチさんなどの著名な音楽家をはじめ、いろいろな形で演奏の配信やオンラインのコンサートを企画するアーティストが現れて、音楽の新しい楽しみ方というのができたのは一つ良いことだったかなと。
――帰国後は社会人として、アーティストとして、既にフルスイングで活動されている状況ですね。今回の帰国後初のソロリサイタルは全5回シリーズですが、5回にした理由やコンサートのコンセプトを教えていただけますか。
スイス留学中の2年間でユーフォニアムと次世代ユーフォニアムの演奏家たちについてものすごく考えたんですね。この楽器に必要なこと、今の奏者がやっていかないといけないことって何だろうって。その一つが、新曲を誕生させていく、ユーフォニアムのためのレパートリーを開拓することでした。
なぜなら、今ソロ楽器の地位を確立しているあらゆる楽器は、「ソロ楽器になる瞬間」がどの楽器にもあって、例えばフルートはバッハがフルートの曲を書いた1720年頃だったり、ホルンは1800年頃ベートーヴェンがホルンを扱った時期だったり。それらの曲をスイスの留学中に触れて、調べたりしているうちに、プレイヤーとその時代に輝く作曲家が出会い、楽曲が誕生することをきっかけに楽器の歴史が変わってきたことを知りました。奏者が当時音程が不安定だった楽器を研究していろんな調でオーケストラで使えるように開発していって、それを作曲家がかぎつけて、作品を書いていったという、そういうところから楽器って発展していっているんですね。それらに触れたことで、ユーフォニアムってまだまだ大きな爆発が起きる可能性あるんじゃないかと思いました。
――楽器がソロ楽器としてのプレゼンスを確立できるきっかけを作るのって楽曲なんですね。
そうなんです。それから、他の楽器との組み合わせでもユーフォニアムに焦点を当てることができると思っていて、先にお話したレパートリー開拓、次世代ユーフォニアム界発展のための活動と合わせて、この三つ​の狙いを入れたのが今回の『ユーフォニアムの地平線』というリサイタルです。今回は第一回目ということで、ハープで新曲を二曲演奏します。まだ他の楽器とのことは未定ですが、全5回様々な楽器とのコラボを企画しています。
――選ばれた曲がユニークだなと思っていたのですが、選曲について教えてください。
二部ではハープとの新しい曲を演奏し、一部では1月22日(金)に発売するCDの中から、ベートーヴェンの「モーツァルトの『魔笛』の『恋を知る男たちは』の主題による7つの変奏曲」、加藤昌則さんの「軒下ランプ」、オリヴァー・ヴェースピさんの「ユーフォニアム協奏曲」の3曲を演奏します。CD発売の記念リサイタルという位置付けですね。
CD「軒下ランプ」ジャケット
加藤昌則さんの「軒下ランプ」は、実は昨年1月25日(土)に地元・高松のサンポートホールのワンコインコンサートで初演をしているんです。サンポートホールは若い演奏家を応援していきたいというスタンスでいらっしゃることもあって、デビューリサイタルをさせて頂いたときからずっと応援して下さっています。香川県に帰る度に理事長さんとお会いして近況報告やわたしの野望を話したりしていたのですが、なんとそれを実現させてくださることになったんです。サンポートホール高松の開館15周年記念として新曲を委嘱して下さることになりました。サンポートホールの理事長さんが加藤昌則さんのファンだということもあって、わたしから楽曲制作をお願いしたところ快く引き受けてくださり誕生したのがこの「軒下ランプ」という曲です。
以前もお話したと思うんですけど、ユーフォニアムの音の印象について、暗闇の中で温かく灯っているような音という印象を持っています。それは小学3年生で楽器を始めたときからずっと変わらない印象なのですが、それを加藤さんにもお話しました。「軒下のランプ」には、一つの古い日本家屋だけど洋風な佇まいのランプから見た不穏な時代、しまの暗い夜の不安や神秘そして家族の温もりが描かれています。わたしがイメージしているユーフォニアムの光と音が、人の温かさと共に描かれている作品です。冒頭の小さい音からだんだんクレッシェンドしてデクレッシェンドしていき、光を描いているようなところからこの曲は始まるんです。
ベートーヴェンの「モーツァルトの『魔笛』の『恋を知る男たちは』の主題による7つの変奏曲」はとにかくベートーヴェンのレパートリーがほしい!という強い思いで選びました。ベートーヴェンの時代には、当たり前ですが、ユーフォニアムという楽器はなかったので、表現やスタイルなどどう向き合うかということが難しい。そういう自分の学びの機会としてもこの曲を取り上げたいと思いました。次世代演奏者たちにもユーフォニアムでベートーヴェンが演奏できることを示したくて、CDにもリサイタルにも入れました。
――前回のインタビューでも仰られてましたね。クラシックの基礎や歴史を学んで土台があってこそ新しい楽器の表現ができると。では、今回はスイスで学んだことの集大成という感じでしょうか。
いや、スタート地点という感じですね。スイスで学んできたところからより成長を深めていくという気持ちで取り組んでみようと。
スイスの作曲家オリヴァー・ヴェースピさんの「ユーフォニアム協奏曲」は、オリジナルは弦楽のオーケストラとユーフォニアムの作品で、2020年2月にも瀬戸フィルさんと演奏させていただいた楽曲です。CDを作るときは「絶対に協奏曲を入れる」という拘りがあって、それはなぜかというと、協奏曲は最も楽器が輝く瞬間であると思っているからです。わたしが自信を持って素晴らしいと言える作品を選んでご紹介していきたくて、今回この曲を選びました。
この作曲家(オリヴァー・ヴェースピ)の特徴は、リズムのおもしろさがあちこちにちりばめられていることです。彼はファンクとかジャズとかリズムの音楽がすごく好きなんです。最初は微妙な不協和音が続くんですけど、ヴェースピさんは人間の心理をよく分かっているなと思うのが、その不協和音の後に解放の地点が必ずあり、ストーリーを辿りながら聴いた後には充足感を味わえるような作品だなと思っています。
ヴェースピさんはベルン藝大の作曲科の教授でもあり、学校にいたら会えるという身近な存在だったので、どういう思いでこの曲を書いたんですかと質問をしたんですね。先生は、ユーフォニアムは、上から下までどこの音域も音のひずみがなく自由自在に柔軟に演奏していけることが大きな魅力で、この作品の中でユーフォニアムを弦楽器と共に演奏させることによって、その魅力を見出せたと思う、そう仰っていました。
佐藤采香ユーフォニアム・リサイタル 全5回シリーズ ユーフォニアムの地平線 vol.1 〜ハープ〜
――コンサートでは、久保哲朗さん、向井航さんの委嘱新曲(世界初演)があります。世界初演の曲への思い入れを聞かせてください。
実は向井航さんには昨年既に一度協奏曲の作曲を依頼していたんです。ベルン藝大のソリスト課程の卒業コンサートがオーケストラとの協奏曲で、好きな曲を演奏していいと言われたので、「おどり子-Odoriko」という題名でユーフォニアム協奏曲を書いていただきました。それが大好評だったんです。向井さんはこれをきかっけに「ユーフォニアムをもっと研究したい」と言ってくださっていて。彼は今度博士課程に進むんですけれども、研究課題の一つがユーフォニアムということもあり、そのご縁で今回も新曲を書いてくださることになりました。そういう風に思ってくださったのはとても嬉しいしありがたいことで、本当にこの楽器の歴史は変わっていくかもしれないと思わされました。
久保哲朗さんもそうですが、今から大活躍していくであろう若きお二方の作曲家にユーフォニアムの良さを認めていただけて、関わっていただけて本当に嬉しいなと。お二方とお仕事をしていて、やはりレパートリーを残していくことは楽器の未来にとって大きな意義だと思いました。近い将来、今後独自で出版も考えています。
――出版というお話もでてきましたが、今後どういう活動をしていきたいか改めて聞かせていただけますか。
一番はいろんな作曲家さんとお仕事をしたいです。いまを生きる素敵な作曲家さんたちにどんどん作品を依頼していきたいですね。ユーフォニアムとピアノ、ユーフォニアムとオーケストラ、吹奏楽をはじめ、様々な楽器との組み合わせの開拓をしていきたいです。エレクトロニクスも挑戦したいと思っていて、絶対に相性が良いと確信しています。誰もやったことがないようなおもしろいことをどんどんやっていきたい。そのためにはもっと勉強して自分のアーティストとしての力をどんどんつけていかないと、というのはもちろんなのですが、それと同時にアウトプットしていくことも大事だと考えています。
現在、桐朋学園音楽学部の非常勤講師として勤務していて、4月からは授業を持つことになっているのですが、生徒さんの指導の中で一緒に考える時間ってすごく大事だと思っています。教えるというよりは生徒とお互いに考えをシェアしたいんですね。そうすると、両方にとってプラスになるじゃないですか。そういうのがすごく好きです。生徒たちにはみんな、わたしの想像できないところに行って欲しいなと思っているのですが、それは、わたしを超えるというよりわたしが知らないことをどんどんやっていって欲しいんです。それをシェアしてもらうことでこの楽器の世界はどんどんおもしろくなっていくと思います。
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
わたしが一生を懸けてやっていきたいことがこのコンサートシリーズには詰まっています。今回のコンサートはその幕開けですので、このスタート地点から見て欲しいと思います。そして次もその次も。ここから変えるという意気込みで臨みますのでぜひ聴きにきていていただけたら嬉しいです。新しい時代の幕開けの瞬間に一緒に立ち会ってください。
佐藤采香ユーフォニアム・リサイタル 全5回シリーズ ユーフォニアムの地平線 vol.1 〜ハープ〜
取材・文=田尻有賀里

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