湯木慧スペシャル対談「ほんとクソみ
たいな世界だからさ、拍手喝采聴いて
」と語る彼女にSPICE編集長と長年追
いかけてきたライター田中久勝が大自
然の中対談で迫る

湯木慧が新レーベル“TANEtoNE Records”第一弾作品「拍手喝采」を配信リリースした。6月5日、日本橋三井ホールでのワンマンライヴで所属レーベルからの離脱と、新レーベル設立を発表し、ファンを驚かせたが、彼女はここに至るまでの経緯を、100%きちんと伝えたいと原稿にして、それを読み上げた。「未来の為に、大事なリスタートのタイミングにしたい」と語っていたこのライヴで、新曲として披露されていたのが「拍手喝采」だ。思えばこの『SPICE』では、2017年から湯木慧の作品に“拍手喝采”を贈っていた。SPICE総合編集長・秤谷建一郎と、ライター田中久勝のおっさん二人が「勝手に新人を語りました」というコーナーの1回目(2回目があったかどうかは定かではないが…)で、湯木慧について好きなことを語っている。そんな歴史もあり、今回は新しい創造の場を作り、リスタートした湯木慧を語る会の続篇をやろうという企画が持ちあがった。「どうせなら本人に参加してもらって座談会スタイルで、現在の思いの丈を語ってもらいましょう」(秤谷)と事務所にオファーしたところOKが出て、3人での座談会が実現。7月のある日、場所は湯木が愛する自然、森の中にあるキャンプ場で、川を流れる水の音を聴きながら、涙あり笑いありのぶっちゃけトークが炸裂した約60分。「拍手喝采」の配信当日(8/8)「ほんとクソみたいな世界だからさ、拍手喝采聴いて」とSNSで呟いていた、彼女の胸の奥にある思いの全てが見えてくる座談会になった。
田中:6月のライヴでそれまでの経緯を説明する原稿を読んでいて、その時の悲し気な表情から、その流れで“TANEtoNE Records”を設立しますという発表をした時、心から嬉しそうな表情になって、あの表情の変化で客席は“納得”できたと思う。
湯木:本当はもっと言いたいことがあったし、オブラートに包んだような言い方をしています。ファンの人に何かを隠して、それで新しいことやりますって言っても届かないと思っていたので、全部白状してやろうと。そこまで感情の差を出す、露にするライヴってそうそうないだろうなって思ってましたし。
田中:ファンの人達はそれまでの湯木さんのTwitterとかで、悩んでるなとか気づいていたと思うので、オブラートに包んだといっても、ファンにとってみたら、あそこまでぶっちゃけて言ってもらえると思ってなかったと思う。
湯木:あ、これだったんだって、少しでもわかってもらえたらよかったと思います。ずっと発表してなかったし、何もアクションを起こせていなかったので。
秤谷:じゃあその時言えなかったことを、この自然の中でぶちまけてみるというのは…(笑)
(と、ここで突然の雨。急いで屋根がある建物に移動する)
湯木:これはしゃべるなという、天と事務所からのメッセージですね、きっと(笑)。ファンの人は私がどこで活動していてもあまり気にしないとは思うのですが、今回のことで関係者の方々から、湯木慧はメジャーは向いてなくて、やっぱり自由にやりたいコなんだねって、思われてしまうかもしれないのは嫌なんです。やっぱりそこはプライドがあって、メジャーレーベルにいたかもしれませんが、私の中ではまともに挑戦できていなかった感覚なので、そこは誤解しないでもらいたいです。作品を作る上で一番近い存在であるはずのスタッフさんとの関係がうまくいかなくて、もちろんコロナという特殊な状況であったことも大きいと思いますが、ものを作る以前の問題で苦しんでいたことが大きいです。いや、コロナは関係なかったな…。それを気にしていられないくらい環境が大変でした。
湯木慧
田中:メジャーデビューが決まったタイミングでのインタビューの時は、本当に嬉しそうだったよね。「もっとたくさんの人に聴いてもらえるチャンスをいただけました」って。
湯木:やりきったというか、納得いく理由でレーベルを離れることになったのならわかりますが、まだチャレンジもしていないのに、ただのわがままで、と思われてしまったら悲しいです。本当はあの場所で思い切り戦いたかった。納得できないまま終わってしまって、この話をしていると涙がでてきちゃうんですけど、真実を関係者の方に説明して回ってもキリがないって言われ、それはそう思いますが、でもやっぱり悔しくて…。レーベルのことは本当に大好きなんです。だから余計に悔しいという気持ちが強くて。メジャーデビューしてよかったことは、親や身近な人が喜んでくれたことです。私にとってはそれがすごく大きくて、もちろんファンの方に喜んでもらえることも大切で、自分が嬉しいということも大切ですが、やっぱり家族や友達、近しい人達が喜んでくれることが何よりも嬉しくて。だから余計にもっと頑張りたかったという思いが強くて…。
田中:まともな精神状態でもの作りができなかった。
湯木:制作環境がよくなったですね。別に完璧な環境がないとできないというタイプではないので、それ以前の、まともな気持ちで制作に臨める環境が欲しかっただけなんです。元々ずっとセルプロデュースでやってきて、自分がどう見えるかまでを作るタイプなので、今回の件もファンの人はよかったねってなるかもしれませんが、「いや、それは違う。こういうことがあった中で、“TANEtoNE Records”を作ることになったの」って声を大にして言いたい(笑)。とはいえ、この状況での最善策は自分のレーベルを作ることだと思ったし、ブランドも作りたいと思っていたし、絵も描きたいし、湯木慧の作品は全て“TANEtoNE”から出ますといった方がわかりやすいと思いました。
湯木慧
田中:あの日のライヴは、一年越しのライヴということで、気持ちの入り方が違ったと思うけど、加えて重大発表をする場にもなるということで、ライヴ前日はどんな気持ちだったの?
湯木:発表のことしか頭になくて、リベンジみたいな気持ちは一切なかったです(笑)。
秤谷:そっちのことはあんまり考えなかったんだ(笑)
湯木:考えなかったというより、考えられなかったです。発表のことで飲み込まれてしまって。ライヴツアーが中止になった時、実はそんなに悲しんでいない自分がいて。なくなるかもしれないと思いながら準備を進めていたので、心の準備はできていたこともあって、だからリベンジという気持ちもそんなになかったんです。それよりもレーベルを辞めるということと、“TANEtoNE”を作るということで頭の中は一杯でした(笑)。
死んでいたも同然です。まるで水中で酸素ボンベを外されたような状況
湯木慧
秤谷:ライヴ直前のインタビューでも「気持ちを切り替えてもどうしようもできないことが起こるんです。軽やかに色々とやっていこうと思っていたのに、様々なことが交錯して何もできないまま5か月が過ぎ、という感じです」と、今年に入ってからも積もるモヤモヤは解消されるどころか、ますます大きくなっていたようで。
湯木:どんなに貧しくても、何か作品を作ることができていればいいって、表現する人間は誰もがそう思っていると思います。それは、作ることが食べることであり生きることだから。でもそれも無理な状態になってしまって。もちろん提出はしますが、そうすると「いい曲ですね」という反応は返ってくるものの、色々な事情からリリースしてもらえないし。私としては我が子を預けているのに、そのまま行方不明になったような気持ちになってしまいました。作っても作ってもどこにも出しちゃいけないし、作品って聴いてもらったり見てもらって初めて作品になるのに、それもできないのに作るのはきついとだんだん思ってきて。それで作っても無駄だと思って何もしなくなったのが今年に入ってからです。
秤谷:半年間ご飯が食べられないのと同じ状況だったんだ。
湯木:そうです。2年前から、チームで話した時に感じたことや思ったことはメモしていて、こういう状況になったのは自分が悪いのか、他の誰かが悪いのか、もし自分が悪いのであれば、他の人のせいにしてはいけないので、そのメモを何回も読み直していました。でもやっぱり環境が悪いという結論でした。そんな状況の中で、何度もインタビューしていただいて、その度にモヤモヤした内容になってしまって、すみませんでした。作品には罪がないので、全てを語ることができずに失礼しました。
秤谷:それはそれで、その時にしか切り取れないインタビューになったと思うので、貴重といえば貴重だし(笑)。
田中:オトナだからわかってます(笑)。それよりも、デビューの時からインタビューをさせてもらっているので、「作品」ではなく、ただの「作ったもの」を作り続ける時間が、どれだけ苦しかったかということを考えていました。
湯木:死んでいたも同然です。まるで水中で酸素ボンベを外されたような状況ってお話させていただいたこともありましたが、本当にそうで、今は笑って話すことができていますが、あの時は全く笑えなかったです。
一人じゃないのに一人でやっていた高校生の時のような感じになって
湯木慧
田中:“TANEtoNE”という自由に創作できる場を得たと同時に、責任も大きくなって、23歳の肩に大きなものがのしかかっているという感覚はありますか?
湯木:実は“TANEtoNE”を作ることが決まったのがライヴの一週間前でした。そこから何がなんでもライヴで発表するんだって、色々なことを急ピッチで構築して進めていって、なので自分でも全てのことをまだ消化しきれなくて。作ろうって思ってからまだ一か月しか経っていないので、完全に整理し切れていなくて、どれだけ自分に責任があるのかということも、頭ではわかっていてもまだ整理し切れていないと思うので、もう少し時間が経ったら自分の中でも全てのことが腑に落ちると思います。
秤谷:今日話を聞いていて、“TANEtoNE”がこれまでの活動や思いを、リベンジしていくスタート、その旗上げになってるね。
湯木:悔しさがあるので、絶対売れてやる!っていう気迫が前面に出すぎて、それがいい方向にも悪い方向にも振り切れている状態です。一人じゃないのに一人でやっていた高校生の時のような感じになって、こだわりがどんどん大きくなっているので、少し気持ちの整理が必要だなって感じています。怖い人になってるかも(笑)
秤谷:リベンジに乗ってくれる人はたくさんいると思うし、現に今日の座談会だってそうだし、紆余曲折を経ての今回の決断だから、高校生の時とは状況が違うからね。乗りますよ!っていう人の方が圧倒的に多いと思う。
湯木:知っている人はみなさんそういう反応をしてくださるので、嬉しいです。
湯木慧
田中:ライヴのバックバンドのみなさんだって、湯木慧の音楽に惚れて集まってくれて、今回もすごい音を作ってくれていたし、一度でも湯木さんと仕事をしたことがある人、触れ合ったことがある人は、一緒に作品を作りたいって思う人が多いと思う。
秤谷:そこが音楽のいいところで、この人の音楽を一緒に奏でたいからギャラは安くてもやるとか、そういう人が多いと思う。そこに甘えるということじゃなくて、その人達にいつか恩返ししたいって思うことが大切。
湯木:それが力にもなりますよね。
秤谷:身動きが取れなかったところから、今そういうところに立てているということに対しては、よかったねって心から思える。4年前に田中さんと「湯木慧っていいですよね」って勝手に盛り上がって、で、今日こうしてまたこの座談会をやっていて、「“TANEtoNE”を始めた湯木慧ってやっぱりいいですよね」って二人とも気持ちが変わっていないのが嬉しい。
湯木:今日こうして支えてくれている人に会えて、話をできることが嬉しいですし、未来のことを話せるのが楽しいです。
ロック魂とかパンクス魂とかが、ますます大事になってくると思う
湯木慧
秤谷:価値観や固定概念の部分での世代格差って絶対あるし、でもそこに抗うべきだと思うし、今の閉塞感しか感じないこの状況を見ていると、これからはどう考えたって23歳の考えかたの方が正しい社会になっていくと思う。42歳のおっさんの僕は、それでいいと思っていて、今自分がプロデュースしている若いアーティストと、会社の60歳くらいの人の間に挟まれている、よりそう思う。時代は確実に変わっていて、その波に乗れない人に未来を邪魔されたくないって思う。
湯木:見えていない世界は誰にでもあって、私もあるし、でもそこを想像できるかできないかだと思います。
秤谷:だってまだCD売ろうと思ってる人だって中にはいるんだから(笑)。
湯木:ものへの愛情はわかるんですけどね…。
秤谷:でも感度がいい会社はそうじゃないものを作ったり、そういう体制を整えたり、I Pコンテンツを生み出して対応してるし、伸びてるし。それがわかる人間で社会を作っていく方が未来があると思うし、“TANEtoNE”もいい意味での味方と一緒にやっていって、強固にしていけばいいし、パンクスの精神を大切にして欲しい。
湯木:ロック魂とかパンクス魂とかが、ますます大事になってくると思う。今の若い人はネットネイティブなので情報を集めるのも早いし、それを分析する術にも長けていて、判断と行動が早いです。もちろんひとつひとつを吟味して大切に作りあげていくということも大切です。その上で私は“今出すべき”ものは、すぐに世の中に発信するべきだと思うし、それで失敗したら反省を踏まえてまたすぐ次に進めばいいし。時間をかけて作るべきものもあると思うし、時代の流れにぶつけた方がいいものもあると思うし、そのバランスが難しいです。でも私は欲が深いので(笑)、両方のいいところを取って、それをもっと器用に組み合わせて作ろうよというタイプです。元々慎重なタイプではないので、その道がギリギリ通れそうかなって思ったら、迷わず行くタイプだし(笑)、ぶつかっても生きてそこを通り抜けられればいいという性格なので、この性格となかなかぴったりハマる人は少なくて(笑)。
秤谷:トライ&エラーを繰り返しながらやっていくというのが、今の時代に合っていると思う。
湯木:曲があるなら出したいと思うし、出せなかったらその時考えようというこの性格がダメみたいです(笑)。
秤谷:それでいいと思うけどね。時代が変わっていく中で、どこでその流れにポンとハマるのかわからないし。
湯木:誰にもわからない、決定できないことは、最後はアーティスト、作っている本人の直感や感性に委ねた方がいいと思うんですよね。
秤谷:今はDTMから大ヒットが生まれる時代で、でもボカロ文化って10年以上前からあってそれに火が点いて、だから出し続けてきた人がチャンスを掴んだということ。湯木ちゃんの音楽は誰かの心に刺さるのはわかっているんだから、刺さるまで出し続けることが大切だと思う。
湯木:私の音楽に早く気づいて欲しいし、早く売れたいと思いつつ、熟した頃に売れてもいいしなあとか、売れなくても仕方ないしという気持ちもあって。でも作ったものをアウトプットしないと曲が死んじゃうので、その時その時の最善策で出し続けていくことが目標になりました。今までは売れるとか、より多くの人に届けることを大きな目標として掲げていましたが、でも出し続けることが大事なんだと気づいて。そういう考えになると、いちいち身構えているのもきついし、重く捉えていたら続けるのもきつくなるから、そのために軽くなろうって思えました。
私、人間は植物だと思っていて
湯木慧
田中:“TANEtoNE”の社是というかキャッチフレーズは何か考えてますか?
湯木:事務所のLD&Kが掲げている“CREATION OR DEATH”というキャッチフレーズがいいなってずっと思っていて。今考えています。
秤谷:“TANEtoNE”で音楽以外で、直近で具体的にやりたいことはもうある?
湯木:洋服のブランドを作りたいです。最新のアーティスト写真で来ている洋服は“TANEtoNE”オリジナルで、自然でオーガニックな素材感と、あとワークベストも作りました。あとはフェスもやってみたいです。今日もこうして自然の中で気持ちよく座談会をやらせていただいていますが、元々森や自然を愛しているので。私、人間は植物だと思っていて。それは日光と水が必要だし、美味しい水があるところでは人間は豊かになるんです。枯れないように適度な水が必要で、水をあげすぎても根腐れするし、まさに人間と同じじゃないですか。だから“TANEtoNE”は大きな括りとして植物に則って進めていきたいと思っていて。
田中:この場所で植物について熱く語っていると、自然をこよなく愛する“植物教”の教祖様みたいで、似合ってます(笑)。
湯木:ここで“TANEtoNE”フェスをやりたいです。“TANEtoNE”のロゴはタビビトノキをモチーフにしていて、30mくらいあるタビビトノキを見たことがあって、売れたらそれをライヴのセットに組み込むか、30mの高さでライヴをやるとか、だからそれくらい売れないといけないんです。

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