全力でショパンに向き合い、愉しむ―
―角野隼斗が紡ぎ出す新しい「音」の
世界 ~ 待ち望んだ“リアル“コンサ
ートツアーで間近に!

「ショパン国際ピアノコンクール」へ向けポーランドに飛び立ったピアニスト、角野隼斗。7月の予備予選では、全世界が見守るなか緊張の表情も垣間見せたが、その唯一無二の「音」は着実に聴衆の心を揺り動かし、彼を本大会へと導いた。
帰国直後には、チャイコフスキーの〈ピアノ協奏曲第1番〉、そしてショパンの〈ピアノ協奏曲第1番〉を藤岡幸夫指揮関西フィル、鈴木優人が指揮する東京フィルと共演。さらには東阪でのピアソラ生誕100年のLIVEにゲスト出演するなど幅の広い一面を見せ、またTV出演やCM撮影と、準備の合間を縫って多彩な活動を繰り広げてきた。
インターネットでのオープンな同時配信もそうだが、同じコンテスタントである反田恭平小林愛実らとの健全な語り合いや、ともに全力で音楽に向き合いながらも軽やかなスタンスに、これまでの、ひっそり猛練習するようなコンクールのイメージが変わった、という方も多いのではないだろうか。ピアノの世界、そしてクラシックは確実に変革期を迎えているのだと、希望が湧いてくる。
現在、再びポーランドの地で本大会に挑んでいる角野。渡航直前の9月、浜離宮朝日ホールで行われたオールショパンプログラムを通して、彼の音楽を振り返ってみよう。
角野隼斗 オールショパンプログラム
舞台に、燕尾姿の角野が登場する。1曲目、オープニングを告げるエチュードを期待していると、響いたのは〈ノクターン第1番〉のため息のような音。のちのMCで「コンクールのつもりで予定にないノクターンを弾いちゃいました」と告白し会場を温めたが、聴き手にとっては得したような、気迫も感じるアクシデントだった。
気を取り直し〈エチュード 作品10-1〉。リストに献呈されたこの曲では、華麗にして雄々しく、私たちを一気にショパンの世界へと惹きこんだ。続く〈エチュード 作品25-10〉は、超絶技巧と詩情あふれる中間部のギャップで魅せる。
3曲目は〈スケルツォ第1番〉。中間部にコレンダ(ポーランドのクリスマス・キャロル)が登場するこの曲には、故郷の政変を遠い異国で知らされたショパンの、せつないほどの郷愁と葛藤がこめられている。個人的に「角野隼斗の音」と感じている、やさしく研ぎ澄まされた弱音がコレンダの旋律をなぞると、ショパンの孤独が目の前に浮かび上がるようで、目頭が熱くなった。
同じくポーランドを想う〈マズルカ風ロンド〉に続いて、5曲目は〈バラード第2番〉。懐かしさが広がる導入部と、嵐のような中間部のドラマに、彼の胸中にはどんな情景が広がっているのかと思いを馳せる。実際に訪れて感じたポーランドは、どんな印象だったのだろうか。
〈華麗なる大円舞曲〉で締めくくられた前半、序盤のアクシデントはあったものの、6月のような張りつめた硬さはなく、いい意味の自然体を感じた。しかし、後半の〈ピアノソナタ第2番「葬送」〉や〈スケルツォ第3番〉にはやはり、意表を突くほど昏い情念が漂う。
なにより驚かされるのが、よく知る曲にも毎回「こんな音があったんだ!」という発見をもたらしてくれることだ。たとえば、角野隼斗に出会ってはじめて気づいたのが、ショパンがピアノの「音」――とくに残響に対して持っていた、深いこだわりだ。
ピアノは、鍵盤の打楽器。ポーンと鳴らした音が膨らむことはなく、一音一音、必ず減り、衰退していく。おそらくショパンはその、孤高な「音」に憧れていたのではないだろうか。
音は空気の振動でしかないけれど、ときに言葉を凌駕する存在だ。言葉は人によって千差万別なイメージを生むけれど、音は皮膚や感情、さまざまなものに直接作用する。
その研ぎ澄まされた「音」に、ショパンは祖国への愛や葛藤といった複雑な感情を隠した。感情のうねりから一歩引いて、客観的に、音を芸術としてあるべきところに配置した。シューマンはショパンの音楽を「花束の中に隠された大砲」と表現したが、そういうショパンの素顔のようなものを、角野の緻密な解釈と「音」は教えてくれるのである。
角野隼斗 オールショパンプログラム(photo ogata)
最後に〈幻想ポロネーズ〉で会場を酔わせたこの夜。アンコールは、〈子犬のワルツ〉のアレンジと〈英雄ポロネーズ〉。3度目のオールショパンは、彼が「ショパンという作曲家と向き合って見えてきた世界」の一端を、たくさんの聴衆と共有するような時間となった。
MCの際には「はじめて聴きに来てくださった方はいらっしゃいますか?」という問いに、半数にも及ぶ人々の手が上がったことに驚いた。これまでも観客の熱気に圧倒されてきた角野のステージだが、その熱は、現在進行形で上昇し続けているに違いない。なぜなら、彼の「音」を聴いたら、他ではなかなか満足できなくなってしまうから。
先日更新されたnote 上で、彼はこんなふうに語っている。
個性っていうのは「出す」ものじゃなくて「出る」ものないじゃないかと思ったのです。そして自分はそれが「本気で愉しんでいる時」に出やすいということも。

いい意味で力の抜けた演奏は、そうした気づきのおかげなのかもしれなかった。
いま彼は、ショパンを弾くことを全力で愉しんでいるのだ。
全力を尽くした先に溢れ出してくるなんらかの自分らしさがあって、それに興味を持ってくれる人がいたら嬉しいなと、思っています。ショパンが大好きだから。

いよいよ来年1月から、2年半ぶりとなる本格ツアーがスタートする。私たちを新たな「音」の世界へと導く角野隼斗の愛が、より多くの人に伝わるようにと願っている。
※ショパン国際ピアノコンクール本大会への出場は10月4日に決まりました。
角野隼斗全国ツアー2022 "Chopin, Gershwin and... "
文=高野麻衣

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