中村勘九郎、中村七之助に聞く~父・
勘三郎が遺してくれた『赤坂大歌舞伎
』に臨む思い

2021年11月11日(木)〜11月26日(金) 、TBS開局70周年を記念して、TBS赤坂ACTシアターにて『赤坂大歌舞伎』が上演される。
『赤坂大歌舞伎』は、十八代目中村勘三郎が2008年にスタートさせ、2013年からは中村勘九郎と中村七之助が父の遺志を継いで公演を行ってきた名物シリーズ。6回目となる今回は、笑福亭鶴瓶による新作落語の歌舞伎版『廓噺山名屋浦里(さとのうわさやまなやうらざと)』、勘九郎の長男・中村勘太郎が初挑戦する『越後獅子(えちごじし)』、「俄獅子」をベースにして赤坂を華やかに描く『宵赤坂俄廓景色(よいのあかさかにわかのさとげしき)』の3作品が上演される。
今公演に向けて先日行われたオンライン製作発表会見終了後、中村勘九郎と中村七之助が合同インタビューに応じた。
歌舞伎俳優を続けている原動力は?
ーーお二人が歌舞伎俳優を続けていらっしゃる原動力は何でしょうか。
勘九郎:原動力は、やはり父の影響というのは大きいです。子供の頃から神社仏閣に詣でるときに祈る言葉は、「父、そして祖父のような役者になれますように」でした。父や祖父ならどう演じるか、どういうふうに見てくれるか、と想像することは今でもあります。
中村勘九郎
七之助:父という存在が原動力でした。父にほめられたいとか、父がどのように感じるのかというのがまず根本にありまして、それからまたいろいろなお役をいただいたり、人間として成長していくときに、友人であったり父以外の家族であったり、そしてお客様だったりと、原動力が増えてきたというのが今の状況です。父はいなくなってしまいましたが、父の思い出は様々な場所に様々な形でたくさん転がっておりますのでそれを拾いつつ、お客様や家族・友人のためにやっている、という感じです。
ーー日々お忙しくされている中、息抜きとして楽しみにしていることがあれば教えてください。
勘九郎:歌舞伎座も以前は25日間休みなく朝から晩まで出ていたんですけど、コロナ禍ということで今は三部制で、そのうちひとつの部にしか出られないことになっています。今月(九月大歌舞伎)は第一部に出演しているので、10時ぐらいに楽屋入りして、芝居が終わって12時15分には帰るという生活で、休演日も2日ありますし、息抜きしまくってます(笑)。最近、父が好きだったということもあって、一時期やめていたゴルフをまた始めました。妻と2人で回ることが多いです。
七之助:ゴルフとかはいいと思うんですけど、今はどこかに遊びに行けるというご時世でもなかなかないじゃないですか。なので私は気晴らしに散歩と筋トレですね。7月から約7kgぐらい減りました。つい最近では3万8000歩きました。どんだけ暇なのかって話なんですけどね(笑)。
勘九郎:スマホのゲームアプリのおかげで七之助はずっと歩いてますね。だって歌舞伎座に行くときは僕の車で一緒に行くんですけど、帰りは歌舞伎座から家まで歩いて帰ってますからね。
生きている僕たちがちゃんと生きている芝居をしなければいけない(勘九郎)
ーー今回『赤坂大歌舞伎』には初登場となる勘太郎さんも長三郎さん、そして歌舞伎座『八月花形歌舞伎』では大役を見事に勤めた鶴松さん、みなさん非常に成長目覚ましくご活躍でいらっしゃいます。その姿をお二人はどのようにご覧になっているのでしょうか。
勘九郎:僕らは本当にありがたいことに、子供の頃から父のおかげでいろいろな作品に出させていただいて、その経験の積み重ねで今の自分たちがいます。そうして与えてもらってきたというありがたさを感じているからこそ、やはり今度は与える側にならなきゃいけない。父が遺してくれた僕ら2人でやれる場所で、いろいろな経験を子どもたちにも鶴松にも与えられる役者にまずならなきゃいけない。やっぱり舞台をやらなきゃできないですからね。そこで結果を出すのか出さないのかってのは本人たちの問題なので、まずは出るということが一番だと思います。
七之助:今、兄が申しました通り、私達は毎年8月にいろいろ大役をやらせていただいて、8月が来るとすごく嬉しくて、いろんな先輩方からも教えをいただいたという記憶があります。そういう機会が今はコロナ禍で、勘太郎や長三郎だけじゃなく、若手はなくなってしまっています。1月の『新春浅草歌舞伎』のような場があったということが、僕たちにとってはすごくありがたく嬉しいことでしたから。そうした機会がなくなってしまうというのは一番恐ろしいことで、もちろん稽古は大事ですけれども、やってきたことをお客様の前でお見せするという機会を与えることは役者にとって必要なことですし、それをいろいろ考えた結果、8月に歌舞伎座で『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち) 豊志賀の死』の新吉をやる機会を鶴松に与えました。もがき苦しんで1ヶ月勤め上げたことで、彼の中では多分感覚がすごく変わったと思います。
中村七之助
ーー古典芸能の魅力を今に生きるエンターテインメントにしていくにあたり、どのような苦労や課題があるのか、また今回はどのような工夫をして作品創りに臨まれるのでしょうか。
勘九郎:やはり歌舞伎の財産といいますか魅力のひとつとして、優れた名作がたくさんあるということが挙げられます。それを先人たちが試行錯誤、努力、切磋琢磨をして今の演出、今の型というのが残っていて、そしてそれを私達が追求していくというのが一番の課題でもありますし、一番の歌舞伎の魅力でもあります。だから今生きている人間、生きている僕たちがちゃんと生きている芝居をしなければいけない、というのは心がけています。もちろん先輩から教わったことや先人たちのビデオ、書物から学んだものを自分の中に落とし込むというのは大切ですが、やはりそこで自分自身が生きなければいけない、生きた演劇をこれからも続けていけたら、と思います。それは古典でも新作でも心は一緒ですね。
七之助:全く今、兄が言った通りでございます。
勘九郎:兄が先ほど言いましたけど、ってずるいと思う(笑)。
七之助:もうそれは弟の特権です。
勘九郎:次から七之助が先にしゃべってよ(笑)。
七之助:いやいやもう、兄が全部言ってくれました(笑)。古典は素晴らしい作品が数多くありますので、それをどう私達がやるのか、つまらなくするのも私達の責任です。古いものをやってるという感覚で、ただただセリフを覚えて何の魂も込めずにやるということがないようにといいますか、新たな気持ちで一生懸命演じて、江戸で起こった事件も今起こっている事件も、人間ですから腹は一緒だったりすることもたくさんありますので、そういった人間を見ること、そして人間を見せていくことで、自ずと古典でも新しいものに見えてきたりするのではないでしょうか。
(左から)中村七之助、中村勘九郎
楽しんでほっこりしていただけるような作品をお届けできたら(七之助)
ーー『廓噺山名屋浦里』は、勘九郎さんが鶴瓶さんの落語『山名屋浦里』をお聞きになって、歌舞伎にしたいと熱望された作品とうかがいました。落語を聞きながら歌舞伎座の情景が思い浮かんだそうですが、具体的にどのようなイメージが浮かんだのか教えてください。
勘九郎:まず、ストーリーがとても歌舞伎っぽい、と感じました。歌舞伎座の大道具の情景が浮かんで、道具をこう動かして、こう転換して、と頭の中で描きながら落語を聞いたのは初めての経験ですね。それも、生きている落語家さんによる新作落語を歌舞伎で初演するということで、三遊亭圓朝さんの『牡丹燈籠』や『乳房榎』などが歌舞伎にされたときはこういう感覚だったのかな、と思いました。
ーー勘九郎さんの頭の中で描かれたものは、初演時にどれぐらい再現することができたのでしょうか。また、今回再び演じるにあたって、変えてみようと思っているところなどあれば教えてください。
勘九郎:最後に花魁道中があるんですけれども、そこは本当に思い描いていた通りの美しさでした。元が落語なので、暗転や幕というものは使いたくなかったので、今回もそういう点を含めてスピーディーさ、テンポの良さというのは変わらずやっていきたいなと思います。今回は夏から秋に季節を変えることや、人数もちょっと少なくなるといった若干の変更はありますけれども、この作品は原作者、発案者、脚本家、役者とみんな現代に生きている人だというのは強みですよね。これからどんどん進化させることができる、だからもしかしたら春夏秋冬、四季折々の『山名屋浦里』というのもできてくるんじゃないかなと思いますね。やっぱり季節によって着物も違ってきますし、着方も違ってきますし、そういうところを私達が徹底してやることによって、リアリティが伝わってくると思うので、そこはカンパニーで話し合ってできたらいいなと思いますね。……あ、また先に喋っちゃった、やっちゃったよ。
中村勘九郎
七之助:今、兄が言った通りです(笑)。
勘九郎:ほら、もうずるいよ(笑)。
七之助:後は、舞台機構として花道がないので、最後道中で引っ込むところをどうするかというのも、いろいろ話して案を出し合っていますし、最後の『宵赤坂俄廓景色』も兄が面白い案を出したりして、それが通るか通らないかはわからないですけれども、別に奇をてらうということではなく、お客様が楽しんでほっこりしていただけるような作品をお届けできたらなと思っております。
ーー今回、昨年上演予定だった『牡丹燈籠』ではなく、この3作に決まったいきさつを教えてください。
勘九郎:今回『牡丹燈籠』ではないのは、新作ということもあって脚本・演出の源孝志監督が信頼するスタッフやキャストの方々のスケジュールが合わなかったということです。でも監督ともTBSとも、いつか必ずやろうということは話しております。(七之助に)これは必ずやってくださいね。
七之助:やりたいです。芯の通った本当にいい脚本なんです。そして今回『山名屋浦里』をやることになったのは、TBSの皆様からの熱烈オファーです。3つ演目をやるのは、『赤坂大歌舞伎』では初めてですよね。盛りだくさんで、かといって長くはないので、楽しく帰っていただけるんじゃないかなと思っております。
少しでも多くの方々に歌舞伎を感じていただければ(勘九郎)
ーー『赤坂大歌舞伎』について、お父様の勘三郎さんとの記憶に残るエピソードがありましたら教えてください。
七之助:父は「ありがたいね、いろんな若い人が来て、東京でもこんなに客層が違うんだね」なんて言って、ずっと楽しそうにやってました。一番の思い出は『鷺娘』を踊らせていただいたときに、玉三郎のおじ様が本番をわざわざ見に来てくださって、楽屋でお稽古してくださったんです。これはすごく嬉しくて、その稽古を父も横で見ていましたけれども、父のおかげだなとすごく思いましたね。
中村七之助
勘九郎:これは「今、弟が言った通りなんですけど」って言えないですね(笑)。父の思い出としては、赤坂のTBSの劇場でやる演出、というのを面白おかしく考えていて、みんな生き生きとしてやっていたなっていう印象ですね。 あと『文七元結』のときは、これはシネマ歌舞伎のこともあり山田洋次監督が演出をしてくださって、映像寄りといいますかすごく細やかな演出でしたね。細部まで作られたお久のあかぎれの手を握った父が本当に嬉しそうでした。ただ、白塗りだと表情が映像でわかりにくいから、文七の顔の色を茶にしてくれって言われたんですよ。 そこはやはり父も結構戦っていて、そのせめぎ合いは楽しかったですね。
ーー今公演は様々な歌舞伎の側面が見られる演目だと思います。初めて歌舞伎をご覧になる方に、どういう見方をしたらいいのか、メッセージをお願いできますか。
七之助:『赤坂大歌舞伎』は、歌舞伎座とほとんど同じ演出でいつも上演するんですけれども、反応が違うんですよ。 これが面白くて。赤坂の賑やかな感じのまま劇場に入って、エンターテインメント性の高いものを見るからか、お客様の反応がすごくダイレクトに伝わってくるなと思います。今回に関しては、もうとにかく見に来てください。感染症対策もしっかりしますので、何にも勉強しないで何も考えずに席に座れば大丈夫です、という感じですね。
勘九郎:もう七之助が言ってくれた通りです。
七之助:それ言いたかったんでしょ?
勘九郎:言いたかった(笑)。いやでも本当に、歌舞伎座でやってる演出を変えずそのままできる劇場というのはなかなかないので、そこは『赤坂大歌舞伎』の強み、赤坂ACTシアターの強みだと思います。『赤坂大歌舞伎』や平成中村座で父が特に気をつけていたことは、拍手とかに惑わされて、演出とかをお客さんにわかりやすく変えることは絶対にしちゃいけないよ、ということは言っていたので、僕たちもそれを肝に銘じてやっています。見てくださった方々からは、わかりやすくしてくださったんですね、という感想をよく聞くんですが、歌舞伎座と同じことをやってるんですよ。そう感じるのは、お客様が心をどれぐらい解放するのか、耳をどれぐらい澄ますのか、脳をどれだけ回転させるのか、という違いだけなんですね。なので今回も、季節の部分とか若干の変更はありますが、内容やセリフ、振付は変えずにやります。歌舞伎を生で見たことがない方が今は本当に多いので、少しでも多くの方々に歌舞伎というものを感じていただければいいなと思いますね。
(左から)中村勘九郎、中村七之助
取材・文=久田絢子

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