悲壮感あふれる美の世界に浸る、シェ
イクスピアとは異なるもうひとつの《
ロミオとジュリエット》 『カプレー
ティとモンテッキ』ゲネプロレポート

『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』と続いたNISSAY OPERA 2021年シーズンの第三弾はベッリーニの傑作『カプレーティとモンテッキ』。シェイクスピア作品とは異なるもうひとつの《ロミオとジュリエット》は、女性二人が演じるヒーロー、ヒロインの悲壮感あふれる美の世界に浸る。正統派のイタリア・オペラの醍醐味を存分に堪能できる舞台の様子をゲネプロ一日目の模様からお伝えしよう。
※この記事には、本公演に関して若干のネタバレを含みます。
『カプレーティとモンテッキ』というオペラは、海外の劇場を見回しても、そこまでメジャーなレパートリーではない。その作品がNISSAY OPERAで、2007年以来、14年のブランクはあるものの、二回目の新制作上演というのは、やはり 《ロミオとジュリエット》 の悲恋の物語にもとづくオペラ作品という魅力があるからだろうか。
と言っても、このオペラはタイトルも『カプレーティ~』となっていることからもお分かりのように、一般的に知られているシェイクスピアのそれとは異なる作品だ。もちろん、結末に至るまでの大筋は同じだが、『カプレーティ~』の台本は、フェリーチェ・ロマーニという19世紀前半の台本作家によるものだ。
 撮影:三枝近志
このロマーニの台本は、元をたどれば、ルネサンス期の歴史作家ルイージ・ダ・ポルトのある作品にいきつく。中世の都市国家ヴェローナにおいて、グェルフィ(教皇派/ジュリエッタ側)とギベッリーニ(皇帝派/ロメーオ側)という二つの対立する勢力と、対立する二つの名家出身の若き男女の悲恋を描いたもので、多くの 《ロミオとジュリエット》 ストーリーの元ネタとなった作品だ。シェイクスピアもまた、この作品から創作を膨らませた一人だ。
ベッリーニとロマーニは、登場人物も5人に絞り込み、無駄な要素をすべて排除し、一貫して親同士の対立の犠牲となった若き二人の恋人たちの悲劇性を浮き立たせるドラマに仕上げた。「バレエシーンもないし、伏線もなくつまらないのでは……」という思惑をよそに、シチリア島カターニャ出身のベッリーニは、“カターニャの鶯” と称えられたその手腕ぶりをいかんなく発揮し、リリシズムあふれる独特の節回しと、見事なオーケストレーション、そして、ロマーニと創り上げた簡潔・凝縮型のドラマツルギーで約2時間半のドラマを、中身の濃い、飽きさせないものへと昇華させたのだ。
 撮影:三枝近志
 撮影:三枝近志
というのが、この作品に関しての一般的なイメージだが、今回演出を手がけた粟國淳は、このドラマの本質をしっかりと捉えるべく、中世という暗黒の時代を物語るかのような(勢力の)対立構図、そして、‟家“の名誉というものが立ちはだかることによって生まれる親と子の世代間の軋轢、そして、それらが生みだした‟若き命の犠牲”という一連の悲劇を、シンプルな手法で、しかし、視覚的にもわかりやすく際立たせた。
5人の出演者も、歌に集中できるよう、ほぼ無駄な動きはなく、しかし、舞台が緩慢にならないように巧みに配慮されていたのは、ローマで指揮やヴァイオリンを学び、イタリアの言葉や文化・歴史を知り尽くしたこの演出家ならではの賜物だろう。
では、11月13日の初日公演で予定されているキャストによるゲネプロ一日目の模様を、主要なシーンをかいつまんで振り返ってみたい。今回の指揮は、6月の『蝶々夫人』に続いて鈴木恵理奈だ。ロメーオにメゾ・ソプラノの山下裕賀、ジュリエッタに佐藤美枝子、テバルドに工藤和真、ロレンツォに須藤慎吾、カペッリオに狩野賢一という布陣。
 撮影:三枝近志
まず序曲もこのオペラの聴きどころだ。指揮の鈴木は、ベッリーニの音楽が持つ快活さを充分に引き出し、これから起こる闘いのストーリーを予感させる激情的なドラマ性をしっかりと紡ぎ出していた。
幕が開くと、ジュリエッタ側の一族である教皇派のカプレーティ家の館でのシーン。この最初のシーンの「画」を通して、時代設定を現代に移行するなどという、いわゆる “読み替え演出” ではない、“正統な” 時代背景に即したストーリー展開が繰り広げられることがシンボリックに語られる。舞台美術も、色彩感覚、質感ともに美しく、まるで絵画の世界からそのまま飛び出てきたかのような芸術性の高さが感じられた。
造形的にも日生劇場の舞台を、より広く、深く見せるような視覚的な試みが成されており、奥行きのある臨場感ある舞台づくりが、見ている側を巧みにストーリーの世界へと誘う。渋みのある色使いなどはヨーロッパ、とりわけ、イタリアの歌劇場の舞台を思わせる。衣裳一つひとつや、小道具などの時代考証も緻密だ。

 撮影:三枝近志

ジュリエッタの許嫁テバルド登場のシーン。鈴木は歌い手にぴったり寄り添い、彼らに心地よく息を吸わせながら丁寧に音楽を進行させていくところなど、今後もオペラ指揮者としての活躍を大いに期待させる指揮ぶりを見せる。
テバルドの工藤和真は、同じくNISSAY OPERAシリーズで、『トスカ』のカヴァラドッシを歌っているようだが、端正な美声は、この中世的なオペラに実に適役で、鈴木の音楽づくりとともに、ベルカント・オペラの醍醐味を冒頭から印象づけた。
そして、ロメーオ登場。ロメーオはイタリア・オペラでは数少ないズボン役(女性が男装して男役を扮すること)のひとつだ。メゾ・ソプラノの山下裕賀は舞台映えのする容姿で、凛々しく堂々としたロメーオを演じた。いわゆる “ベッリーニ節” と呼ばれる節回しも、特にフレーズの終止のポルタメントのセンスが絶妙で、世界のロメーオ達に匹敵するような大器ぶりを見せつけた。
 撮影:三枝近志
この登場のアリアでは、ロメーオは敵方の一族郎党の中に一人、使者に扮して乗り込み、「我が家のロメーオがあなた方の娘ジュリエッタと結婚するならば、ロメーオが殺したあなた方の息子の代わりとなりましょう」と敵方の当主に訴える。しかし、相手方の当主カペッリオに拒否されると、すぐ様、ロメーオは「恐ろしい復讐の剣で流血事態を招くであろう」と警告し、さらなる闘いの狼煙を上げる。山下は、ストーリーの展開軸を象徴するかのような起伏の激しいこの長尺のアリアを最初から最後まで見事な集中力と気迫で演じ聴かせた。低声部の安定感はもちろんのこと、中声部・高音も均一に響かせるなめらかさ、そして、みずみずしい力強い音色が美しい。
 撮影:三枝近志

 撮影:三枝近志
そして、次なるシーンでは、もう一人の悲劇の主人公、ジュリエッタの登場。本来なら、ロメーオという恋人がいながらも、父親の決めた許嫁テバルドとの結婚に向けて悲嘆にくれるこのシーンは、自身の一室というのが常套だが、本公演のたてつけは、前幕の流れからは予想していなかったものだ。

細かい描写は避けるが、あどけない少女のような衣裳に身を包み、前幕とは全くスタイルもテイストも違う空間設定で、あの有名なロマンツァ「Oh,quante volte (ああ、幾たびか)」を歌うのは、どのような意味が込められているのだろうか。

 撮影:三枝近志

台本の流れから規定される、“宮殿の広間―ジュリエッタの自室―広間―墓” というような、ありきたりの時空間を超えて、新たに幻想的な世界の広がりを持たせると言う点では確かに興味深い。しかし、そのままの設定で、医師のロレンツォ(シェイクスピア版ではロレンスという修道僧)がジュリエッタにロメーオを密会させるシーン、そして、さらに続く、ロメーオとジュリエッタの美しく壮大なロマンスのシーンが繰り広げられるとなると、若干の違和感がなくもない。
しかし、よくよく考えると、これも粟國の考える、“対立軸” としての象徴――すなわち“家”同士の対立の構図に基づくシーンが、重々しい渋めの配色の舞台空間に象徴されるとすると、二人の若い恋人たちの愛の世界、そして、それを応援するロレンツォとのシーンは、対して明るいビビッドな色彩の空間によって意図的に描き分けされているのではないだろうか。
 撮影:三枝近志
ジュリエッタの佐藤美枝子は、押しも押されもせぬプリマドンナとしての存在感をいかんなく発揮。終始安定した華麗なアジリタを聴かせ、実力派の若手の歌い手たちの先頭に立って舞台を引き締めていた。
第一幕の終盤も見逃せない。このシーンでは、冒頭で使者として敵陣営に乗り込んだのは、実はロメーオその人であったことが明るみになり、ジュリエッタの恋人であることもばれてしまう。息を呑むこの場面から、フィナーレの五重唱、さらに幕切れにかけてのたたみかけるような緊張感、そして、ダイナミクスの振れ幅の大きいストレッタの気迫あふれる音楽づくりは特筆に値するものだ。歌い手たちも、鈴木のリードする棒と一体化しているのがありありと感じられた。
  撮影:三枝近志
 撮影:三枝近志
そして、最後に触れておきたいのは、ジュリエッタの眠る墓のシーンだ。こちらもぜひ本番の舞台で実際に視覚的な美しさを味わって欲しいが、ベッリーニの情感あふれる作品の最後を飾るにふさわしい女性二人のデュエットを、より美しく際立たせた舞台美術と照明が、実に心に残るラストシーンを描きだしていた。花の美しさと光の美しさが描きだす幻想的な世界は、若き恋人二人の情死をみずみずしいまでに残酷に描き出していた。なんとなく、ラファエル前派的な《オフィーリアの死》を思わせるような世界観が美しい。
重厚感と悲壮感に満ちた美しさとストーリーの展開でベッリーニのオペラ音楽の本質を引き出した粟國の演出と、一つひとつのフレーズを愛おしむように歌う鈴木の指揮。そして、美術・照明・衣裳とすべてのスタッフ陣の心意気が、一つの最良のチームワークとなって生みだされた今回の舞台。(個人的で恐縮だが)読み替え演出などが流行る昨今、まだまだ美しいオペラ演出の可能性は無限に残されているのだと、嬉しくもあり、大いに今後の日本発オペラの舞台への希望を感じさせてくれる夢あるプロダクションだった。
 撮影:三枝近志
取材・文=朝岡久美子

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