松尾亮一郎氏

松尾亮一郎氏

監督にとってプロデューサーは最大の
味方で最大の敵 松尾亮一郎が新スタ
ジオCLAP設立にいたった思考過程

松尾亮一郎氏 「映画大好きポンポさん」のアニメーション制作を担ったCLAPは、「この世界の片隅に」制作プロデューサーの松尾亮一郎氏が立ち上げた新進スタジオ。マッドハウス出身の松尾氏は在籍中に片渕須直監督とテレビシリーズ「BLACK LAGOON」、劇場アニメ「マイマイ新子と千年の魔法」なども手がけている。なお「ポンポさん」は、アニメ界のアカデミー賞と言われる第49回アニー賞の最優秀長編インディ映画賞にノミネート、第94回アカデミー賞長編アニメ映画部門にエントリーされている。

 松尾氏が「この世界の片隅に」完成後に自身で新たなスタジオCLAPを立ち上げた経緯、制作プロデューサー視点で語る「ポンポさん」制作の舞台裏、CLAPの今後の展望についてじっくり話を聞いた。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)
――「映画大好きポンポさん」の制作後記コラム(https://anime.eiga.com/news/column/ponpo_matsuo/ )を書いていただきありがとうございました。
松尾:こちらこそありがとうございました。映画を見た方がもう一度見ようと思っていただけるフックになればいいなと思いながら書いていて、「ポンポさん」原作者の杉谷(庄吾)さんが毎回ご自身のTwitterで紹介してくださったのも励みになってすごくありがたかったです。映画完成後も意外とバタついていて、今読み返すと自分のなかで整理しきれていないところがあったなという反省もありますけれど。
――コラムで、こんなところまでつくりこまれていたんだと気づかされました。
松尾:コラムでは、作品のためにどれだけ多くの人たちが関わり、いかにつくってきたかという一端を皆さんに知ってもらえればと思っていました。作品の作り手というと、やっぱりまず監督がいちばんにでるじゃないですか。もちろん監督が頑張ってつくっているのですが、たくさんのスタッフが参加していて、監督の指示でコラムに書いたような本当に大変な作業をしてるんですよね。そうしたスタッフのことを紹介できたらと前から思っていて、「ポンポさん」では幸い複数の舞台挨拶や、小黒(祐一郎)さんのアニメスタイルイベントなどで紹介することができましたが、その場にこられないスタッフの方もいましたので。コラムをきっかけにスタッフたちの仕事や、現場でどうやって積み上げてつくっているのかを知ってもらえたらうれしく思います。
――松尾さんが今話されたように、作品のメイキングは監督がフォーカスされがちで、劇場アニメ「ポンポさん」も平尾隆之監督の仕事とあわせて語られることが多いですが、松尾さんが立ちあげたCLAPという新しいスタジオが90分の映画をつくりきったことにも驚かれますし、すごいことだと思います。
 そうした趣旨で今日は、CLAPの成り立ちから制作プロデューサーの松尾さんから見た「ポンポさん」制作の振り返り、CLAPの今後についてうかがえればと思います。CLAP設立直前までの話は、「アキバ総研」のインタビュー(編注)でけっこう話されてますよね。
松尾:そうですね。最後にCLAPを立ちあげましたという話をしました。
編注:「アキバ総研」プロデューサーという職業の抱える理想とジレンマ 松尾亮一郎インタビュー
https://akiba-souken.com/article/28417/
――その少し前あたりからうかがえればと思います。「この世界の片隅に」の制作プロデューサーの仕事を終える頃、ご自身でスタジオをつくることを考えはじめたのでしょうか。
松尾:「この世界の片隅に」(2016)の制作が終わる前から、自分の会社をつくることは決めていました。というのも、もともとMAPPAにはフリーで入っていたんです。僕は丸山(正雄)さんが社長のときにマッドハウスを辞めていて、MAPPAも丸山さんが創業した会社ですから、MAPPAの社員として丸山さんの会社のフォルダのなかに入ってしまうと、いろいろ仕事がしづらくなるかもしれないなっていうのがあったんですよね。フラットな立ち位置で仕事をするためにも「この世界の片隅に」にはフリーで関わろうと思ったんです。これは僕自身が会社勤めをしてきたなかで感じてきたことなのですが、会社の人である以上、自分がやりたい仕事だけでなく、他のいろいろな仕事もしなければいけなくなるんですよね。
――私も勤め人なので、おっしゃることよく分かります。
松尾:会社のなかにいる以上、それは当たり前のことなんですけどね。渡された仕事を粛々とやることも大事なことですが、僕自身は今後なるべく自分の仕切りでやれる仕事だけに取り組んでいきたいなと思ったんです。
 そんなふうに考えるようになったのは、勤め人時代に自分名義のある仕事を指名でやらせてもらった経験も大きかったです。そのときは会社の仕事としてやることを快諾してもらい、自分なりにプランを細かく組んで反応を得られる仕事はモチベーション――モチベーションで仕事をするべきではないと日々思ったりはするんですけど(笑)――もわきますし、やっぱり自分のなかでちゃんと消化できる仕事をやっていきたいなと再確認することができたんですよね。
――なるほど。
松尾:もっとさかのぼるとマッドハウス時代、僕はアニメーションプロデューサーとして片渕(須直)さんとテレビシリーズ「BLACK LAGOON」(06)をつくったあと、「マイマイ新子と千年の魔法」(09)などに携わりながら、裏でずっと「BLACK LAGOON」のビデオシリーズを画策し続けていたんです。なんとかして「BLACK LAGOON」の続きをやりましょうと仕込みに仕込んで、当時のメインスタッフもほぼ集まって実現の算段がたとうとしたところで、丸山さんから「(会社が命じている)自分の担当作品に集中しなさい」と言われて、最終的に「BLACK LAGOON」のOVA(※「BLACK LAGOON Roberta's Blood Trail」10~11年)には参加できなかったんです。そのときに丸山さんから「そんなに『BLACK LAGOON』をつくりたかったら、他のスタジオに行ってつくったらいいじゃない」というような話をされました。今考えると本当に丸山さんの言う通りで、会社をでてやればよかったんですよね(笑)。もちろんいろいろ大変なこともあったでしょうけれど。当時の僕には、そこまでの覚悟はなかったということです。
 その後、僕はマッドハウスを離れ、平尾君の誘いで「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」(13)のアニメーションプロデューサーを務めます。そして「ヨヨとネネ」の完成後、「この世界の片隅に」が本格的に動くけど担当がいないので現場をやってほしいと相談された時、今お話ししたような流れがあったので、僕はフリーとして「この世界の片隅に」だけやる契約でいいですかという話をして制作プロデューサーとして関わることになったんです。まさにこの場所で、片渕さん、浦谷(千恵)さん、松原(秀典)さんの3人だけでひたすらつくり続けていた状態でした。……すみません、序盤から長いですね。
――いえいえ、とても興味深い話でした。「この場所で」というのは、今お話をうかがっているCLAP第2スタジオはもともとMAPPAの分室があった場所で、「この世界の片隅に」の制作ルームだったということですよね。
松尾:そうなんですよ。第2スタジオは「ポンポさん」制作のために借りた場所なんです。
「この世界の片隅に」ポスター(c) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会■CLAPというスタジオ名の由来、当面テレビシリーズはつくらない
――「この世界の片隅に」に参加しようと思った決め手はなんだったのでしょうか。
松尾:一言では言えないですけど、あのときの片渕さんには、これは自分がつくるべき作品だという強い思いと、そのために自分の生活を切り詰めてでもやりぬこうという姿勢が感じられて、その覚悟にうたれたっていうのはあります。当時、素直にすごいと思ったんですよね。これはなんとか成立させたいし、心機一転、片渕さんともう1度きちっと映画をつくろうという気持ちになったんです。
 そうして「この世界の片隅に」に参加したんですけど、入った時点では制作資金が集まっているわけではなかったんですね。これはちょっとまずいなと思って、片渕さんとも話し合って「この世界の片隅に」の仕事を存続させるために並行して別の仕事をとっていくことにしたんです。その時制作したのがMV「これから先、何度あなたと」でした。他の仕事をやりながら当座の資金を担保してつないでいこうというやり方で、そのときにこれって自分の会社をやっているのとあまり変わらないのかもしれないなという感覚がありました。
――なるほど。
松尾:もちろんMAPPAさんにはいろいろな面でお世話になりながら進めていましたが、予算管理をふくめた基本的なやりくりはこちらでしている状況でした。そのときの経験と、最初にお話した自分名義の仕事をきちんとやっていきたいと考えているなかで、自然と会社をつくろうという考えになっていきました。
 僕はスタジオ地図の齋藤(優一郎)君が細田(守)さんとやっているように(編注)、1人の監督とだけやろうとは昔から思っていなくて、マッドハウス時代にはつねに2人以上の監督と組んでやってきました。自分の会社をつくるにあたって、一緒に組んでみたい監督とその監督にすごく思いがあってつくりあげたいものや、自分自身がチャレンジしたいことを一緒にやっていく場所をつくろうと思ったという感じですね。
編注:松尾氏と齋藤優一郎氏はマッドハウス時代の同期。平尾隆之監督、荒木哲郎監督、中村亮介監督も同期にあたる。
――ちなみに、どうしてCLAPというスタジオ名にしたのでしょうか。
松尾:作品づくりを航海に例えると、制作チームやスタジオは船のようなものだと思っていて、船に集まったクルーと一緒に大海原をつきぬけていくイメージの名前がいいなと思っていたんです。最初は職人という意味がある「クラフト」と船の「シップ」をあわせて「クラフトシップ(CRAFT SHIP)」にしようかなと思ったんですけど、それだとちょっと恥ずかしいなと思い、短縮して「クラップ」にしようと。ただ、そうすると「CRAP」となって英語として汚い意味になってしまうので、RをLにした「CLAP」にすれば拍手という意味にもなるし、見た人に拍手してもらえるような作品をつくれたら素敵かな……という感じで付けました。自分で考えておきながら、恥ずかしくてあんまり人に言ってなかったんですけど(笑)。
――名前には意味があると思うので、伺えてよかったです。「アキバ総研」のインタビューで「最近のテレビアニメのように、ひたすら作りつづける世界からは距離をおきたいと思っている」と話されていて、CLAPの公式サイトの概要にも「劇場作品・短編アニメーションの企画・制作を主として活動」と書かれています。最近テレビシリーズを手がける新しいスタジオが多くできているなか、なぜそうしていこうと思われたのでしょうか。
松尾:いちばんの理由は、僕自身がここ10年ぐらい映画を中心にやってきたので、そのノウハウをベースにつくっていくのがいいんじゃないかなというのがありました。ずっと先の展望としてテレビシリーズもできたらとは思っていますが、それには膨大なスタッフが必要ですからね。知り合いのある監督に言われたことなんですけど、その監督が新しい会社でテレビシリーズを手がけたらもう全然駄目だったと。1話はちゃんとつくれたけれど、それ以降は制作体制もふくめてもうガタガタだったというよくある話なんですけど、テレビシリーズをやる体力がない会社で監督をするのは本当に厳しいという話と一緒に、「松尾さんも会社をつくるんだったら、そういうことにはならないでくださいね」というアドバイスをもらって、肝に銘じておこうと思いました。
 僕自身はテレビシリーズをやるとき、個人的には出来がでこぼこしていてもいいんじゃないかと思うタイプなんですけど、その一方で「BLACK LAGOON」をやったときは結局1、2本しか外部にださなかったんですよね。どうしてもギリギリまでなんとかしたい、と思ってしまうこともある。そう考えるとCLAPの今の規模感でテレビシリーズをやるのは難しいですし、仮に頑張ってやろうとなったら、それだけでもう他のことは一切できなくなってしまうでしょうから……。でもまあ、いちばんは映画をつくりたいからっていうのにつきますかね。
――短編は、劇場アニメ制作の一環としてつくっていくイメージなのでしょうか。
松尾:劇場作品をつくっていく準備期間などを利用して短編も一緒につくっていけたらいいなと。短編だったら映画のスタッフに協力してもらったり、あるいは別のチームをつくったりして、それほど負荷をかけずにつくっていけるのではないかなと思っています。
■「ポンポさん」以前のCLAP作品 四宮義俊、室井ふみえ両監督との仕事
――CLAPの初仕事は、どの作品になるのでしょうか。
松尾:「トキノ交差」(18)が最初の作品になると思います。
――今でも渋谷のスクランブル交差点の四面ビジョンで見ることができる作品ですね。
松尾:そうですね。有難いことに。
――「トキノ交差」を手がけた四宮義俊監督は、その後もCLAPでインドネシアのポカリスエットのCMを一緒につくっていますよね。松尾さんと四宮監督との関わりを聞かせてください。
松尾:四宮君は、僕がマッドハウスにいるとき、動画職に履歴書を送ってきたことがあるんですよ。当時僕は動画担当もやっていて、四宮君は応募のときから抜群に絵が上手かったんです。四宮君には動画ではなく作品の中核に関わるようなスタッフとして働いてもらえるのではないかとお話してみたんですけど彼は日本画が専門で、画業も並行して仕事することを考えていて。アニメに集中できないならお仕事をお願いするのは難しいという話になったんです。ただ四宮君の才能はやっぱりすごいなと思っていて、その後も連絡をとりあって彼の個展に行ったりご飯を食べたりする機会があって、彼自身も片渕さんのイベントやワークショップに顔をだしてくれていました。
――四宮監督自身も日本画を描きながら、アニメの仕事をやりたいと思われていたのですね。
松尾:それで彼の個展に行ったときに会社をつくったよという話をしたら、四宮君から「今度こういう企画をやるんですけど、松尾さんのところで相談してもいいですか」という話をもらって、それが「トキノ交差」でした。会社を立ち上げたばかりで人もいませんでしたが、くわしく聞いたらスクランブル交差点でかけます、実写も入りますと面白い企画だったんですよね。僕自身、まず自分が面白がれることをやりたいと思っていたので、今のCLAPだったら請けられないぐらい厳しい予算感でしたが四宮君を押し上げる企画としてもやってみようと。実際、四宮君はすごく頑張っていい絵をたくさんつくってくれて、これは何かのかたちで残したい、本にしたいと思ったんですが権利上実現が難しく、展示会と図録をセットにしたクラウドファンディングを行い、カタチにすることができました。
――CLAPの最初の作品が「トキノ交差」というのが面白いですよね。普通の短編の枠からちょっとはみだしたアニメーションで。
松尾:やれてよかったなと思ってます。僕には実写の制作経験はありませんが、実写の人たちとやれることがあったら、また何かやってみたいなという気持ちがあります。
――その後、四宮監督とはインドネシアのポカリスエットCMを2本つくっています。
松尾:絵作りとしては「トキノ交差」の延長線上にありますが、仕事の流れ自体はまた別の文脈で、あのCMはMAPPAさんにきた仕事なんですよ。MAPPAさんから企画の相談を受けて、四宮君ならポカリスエットの清涼感あるイメージに合いそうだし良いものをつくれそうだなと相談してみたら「興味がある」ということだったので、じゃあやりましょうと。クレジットとしては、MAPPAとCLAPの共同制作になります。
 四宮君は「トキノ交差」を監督するまで、画業と同じようにアニメーションづくりも手探りでやってきていました。アニメーターと組んでつくるのもほぼ初めてというなかで経験を積んでいて、今後は長編もつくってみたいという目標があると聞いています。
――「ポンポさん」以前のCLAPの仕事ですと、HoneyWorksの「LIP×LIP」プロジェクト関連の作品がありますよね。
松尾:「LIP×LIP」関連作品の監督を務めた室井ふみえさんはマッドハウス時代からお世話になっていて、僕が制作プロデューサーを担当した作品では「BLACK LAGOON」以降、ほとんどの作品で作画や演出として参加してくださっています。
 CLAPを立ち上げたときも一緒に仕事をしましょうという話をして、そのとき室井さんからできることなら監督業メインでやっていきたいという希望がでたんです。最初は請け負いのミュージックリップなどのディレクターを何本かやってもらい、今度はもう少し尺が長いものをやってみようという話をしていたなかで、元アニプレックスの斎藤(俊輔)さん(※現Holoimua代表取締役)と出会い、短編「『LIP×LIP』ロメオ MUSIC VIDEO」(19)、劇場アニメ「LIP×LIP FILM×LIVE」(20)の制作につながっていきました。
――当時は原作単行本のCMアニメという扱いでアニメ化発表前でしたが、18年にアニメ「ポンポさん」のパイロットをかねたアニメ映像も公開されていますね。
松尾:公開は「LIP×LIP FILM×LIVE」のほうが先になりましたが、「ポンポさん」のほうが企画も制作もだいぶ先行して進んでいました。
■平尾君の監督作品をやるのは、会社としてかなりの覚悟が必要
――ここから「ポンポさん」の話をうかがっていければと思いますが、企画経緯については平尾監督と富澤(祐介)さんのインタビューなどでかなりくわしく語られています(編注)。「トキノ交差」の話に近くて、平尾監督から相談があったのが最初のきっかけでしょうか。
編注:劇場アニメ「映画大好きポンポさん」の企画経緯は、平尾隆之監督、バンダイナムコエンターテインメントのプロデューサー富澤祐介氏による以下のインタビュー(「電ファミニコゲーマー」掲載)でくわしく語られている。
https://news.denfaminicogamer.jp/interview/210628a
松尾:せっかくなのでもう少しくわしくお話すると、最初CLAPで平尾君の監督作品の制作をやるという話はなかったんですよ。「ポンポさん」が決まる前、じつは平尾君には別の監督作品の話があって、その作品でCLAPもお手伝いする予定だったんです。
 平尾君とは飲み友達ということもあって、たまに連絡をとっていたんですけど、平尾君から、ある会社から監督の話がきているので手伝ってもらえないかという相談があったのが最初です。当時フリーになったばかりの平尾君は、単発の仕事をしたり、小説(※「のけもの王子とバケモノ姫」19年刊)を書いたりしながら、その作品の話も進めていたんですけど、残念ながら最終的に成立しなくて、そこからCLAPと平尾君で企画を一緒につくっていきましょうという話になりました。
 そうした流れがあるなかで、もしかしたらちょっと前後しているかもしれませんが、「ポンポさん」アニメ化の話が出てきたんです。そこであらためて平尾君から「ポンポさん」を一緒にやってほしいという話があり、今お話ししたような経緯もあったのでやりましょうと。ただ、平尾君の監督作品をやるっていうのは、会社としてかなりの覚悟が必要なので――。
――そのへんの話も今日はぜひ聞ければと思っていました。
松尾:(笑)。とても絵にこだわる監督ですし、芝居の要求も高い。求める絵に妥協したくないのでリテイク修正も多く、撮影も納得いくまで詰める人なんです。CLAPはufotableのようにスタッフを大勢抱えているわけではないので対応できるかな? と。そういった意味で大変なことになるのは覚悟していたつもりだったんですけど、今思うと甘くみていたところがありましたね。「ポンポさん」の絵柄的にこれまでの作品よりは大変なものにならないんじゃないかと思っていた瞬間があったんですけれど。それが平尾君からあがってくる絵コンテを見るにつけ、「お、いいじゃない!」と思う一方で、これをつくるのは大変だな……大丈夫かな? と思うようになっていって(笑)。
 ただ、大変になるのは間違いないけど映画を題材にした編集アニメという新しい試みはやりがいはあるし、最後までつくりきれればきっと良いものになるという予感はありました。平尾君は最初から「ポンポさん」をどんな映画にしたいか具体的にイメージできていて、制作にとりかかる前に構想を聞かされた時、僕自身「これは映画になる」と思えました。そこから構成案を文章化してもらって原作サイドに了承いただき、キャラクターデザインとして足立(慎吾)さんに参加していただくぐらいまではトントンといけた感じです。
――制作中に平尾監督は、最初は人がいないなか作品を好きなスタッフがだんだん集まっていったと話されていました。そうしたスタッフ集めが、まさに松尾さんがご苦労された部分だったのではないでしょうか。
松尾:やっぱり良いものにしたかったので、「ポンポさん」の仕事に必要だと思える方々に声をかけさせてもらいました。昔ちょっと仕事をしたけどガチでは組んだことがない人などにも今回やっていただけて、うれしい反面、あてにしていた人で参加が難しい方も多くて。たしかに一筋縄ではいかなかったところがあります。
 コラムの最終回にも書きましたが、パイロットフィルム制作時の美術監督、CG、撮影監督のメインスタッフ陣が他の仕事との兼ね合いで本編では降板することになりました。制作プロデューサーとしてこれは相当な衝撃で、今振り返るとピンチだったことのひとつかもしれません。チップチューンの奈良井(昌幸)さんに相談したら、撮影とCGをチップチューンにまるっと引き受けていただけることになって本当に助かりました。
――奈良井さんも元マッドハウスの方ですね。
松尾:そういえば会社をつくる前、新しくスタジオをつくった先輩である奈良井さんにも相談にいったんですよ。そのとき、奈良井さんの会社に入れてもらえたら好き勝手にやらせてもらえるかなとちょっとお話してみたんですけど、「自分で会社つくっちゃえばいいんじゃないですか」と軽く言われてしまいまして。そんなに甘くはなかったです(笑)。

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