『挑む浮世絵 国芳から芳年へ』京都
文化博物館にて開催、有賀茜学芸員が
わかりやすく解説する奇想の絵師と弟
子たちの挑戦

2月26日(土)から4月10日(日)の期間、京都文化博物館にて『挑む浮世絵 国芳から芳年へ』が開催される。旺盛な好奇心と柔軟な発想、豊かな表現力を武器に、浮世絵の世界にさまざまな新機軸を打ち出した歌川国芳(うたがわくによし/1797-1861)。国芳のダイナミックな武者絵を中心に月岡芳年(つきおかよしとし/1839-92)ら弟子たちの作品にもスポットを当てた今回の展示では、幕末から明治にかけ、国芳の個性がどのように継承、変化していったのかを名古屋市博物館が所蔵する約150点の作品や資料によって紹介。人々の嗜好に合わせ、最後まで新しい画題と表現に挑み続けた、国芳を領袖とする「芳ファミリー」の活躍と作品の魅力にふれることができる。中には残虐な描写の作品もあるので、怖いものが苦手な人はご用心! 開催にあたり、京都文化博物館の有賀茜学芸員に今回の展示の見どころを聞いた。

京都文化博物館学芸員 有賀茜
■目をひく表現で人々を魅了し続けた「芳」の系譜
──浮世絵は、江戸時代から長い歴史がありますが、歌川国芳や月岡芳年が活躍した時代について教えてください。
今回の展示『挑む浮世絵 国芳から芳年へ』で取り上げるのは、江戸時代末期から明治初期にかけての作品で、浮世絵の歴史の中でも後期の作品になります。国芳や弟子の芳年が活躍した時代は、初期や中期にくらべて自由な表現ができるようになっていて、摺りの技術も大幅に向上し、画題の幅も広がっていました。国芳や芳年は、常に新しい発想で、みんなをアッと驚かせたいと考えていました。
──国芳や芳年は、どんな絵を描いていたのですか。
国芳の躍動感に満ちたヒーローを描いた武者絵や、芳年の「血みどろ絵」といわれる怖い絵以外にも、身近な美人を描くこともありました。自分の頭の中にある世界を描くことは、まだ珍しい時代で、浮世絵が先行して新しい絵をつくっていったのです。
歌川国芳「里すゞめねぐらの仮宿」名古屋市博物館蔵(高木繁コレクション)
──江戸時代に庶民の間で流行した美人絵からはじまった浮世絵は、歌川派から変わっていったのですか。
そうですね。特に美人画については、遊女や歌舞伎役者を描いたり、贅沢な風俗を描写したりすることが幕府に禁じられていました。なので猫や雀を擬人化して遊郭を描いたり、役者に似た顔の魚を描いたり。歌川派の弟子たちの中でも、逃げ道を探して楽しませる才能があったのが国芳。さらに国芳の弟子の中でもその才能をよく受け継いだのが芳年です。幕府にバレないように巧みな仕掛けをしのばせ、大衆を喜ばせていました。
歌川国芳「相馬の古内裏」名古屋市博物館蔵(高木繁コレクション)
──スズメの姿で遊郭を描いた「里すゞめねぐらの仮宿」からは、サービス精神旺盛な国芳の心意気が伝わってきます。ほかにはどんな仕掛けが観られますか。
国芳の「相馬の古内裏」が有名です。三枚続きの右ニ枚にわたって大きく描かれた骸骨が迫力満点。骸骨をモチーフにした絵はあったのですが、骸骨を小さく描くのではなく、横長の画面にモチーフを大胆に配して鑑賞者の意表をついたのです。それまでも三枚続きのワイドスクリーンの作品はありましたが、一枚ずつきまりよく絵が収まっているものが多かった中で、国芳は、三枚続きだからこそ楽しめる躍動感と迫力のある世界を作り上げたのです。当然三枚買うと値段は高くなるのですが、それでも売れるだろうという自信があったのだと思います。
■血がほとばしるリアルで残虐な「血みどろ絵」
落合芳幾「英名二十八衆句 佐野治郎左エ門」名古屋市博物館蔵 (尾崎久弥コレクション)
──残虐で衝撃的な描写に目を奪われる「英名二十八衆句」も全編公開されます。
歌舞伎などの刃傷場面ばかりを描くこの作品は、国芳門下の双璧とされる落合芳幾(おちあいよしいく/1833-1904)と月岡芳年が競作したもの。本展では、凄惨を極めた全28図を一挙公開します。グロテスクで衝撃的な描写に目を奪われますが、実は背後のストーリーと、当時の印刷技術の粋を集めた摺りや彫りも見どころなんです。特にテラテラとした質感にこだわった血のりの表現に注目してみてください。

──どのような技法が使われているのですか。
絵具に膠(にかわ、動物の骨や皮などから抽出したゼラチンを主成分とする物質)を使用し、本当の血で描かれているようなリアルな質感を出しています。血の赤色は一色ではなく、何回も重ねて刷ることでグラデーションをつけています。例えば、血の手形だけを刷る版木を用意して、そこだけ血が濃くなるようにするなど、この時代の摺りの技術は素晴らしいものがあります。
──とても手間がかかっているのですね。
浮世絵には、肉筆画もありますが庶民にとっては、とても高価なものでした。この木版画の技術によって、一般庶民でも浮世絵を安価に購入できるようになりました。木版画は、絵師、彫師、摺師が分業して制作し、何回も試し摺りをして仕上げていきます。版木がひとつ増えるとお金がかかるので、よりすごいものを造ろうと、どんどんこだわるようになっていきました。ほかにも版木には色を付けずに凹凸だけで雨の縦の線を表現するなどさまざまな工夫がされています。怖いだけではない、この時代の版画の技術の素晴らしさがわかると思います。
■浮世絵の枠にとどまらない芳年の挑戦
京都文化博物館学芸員 有賀茜
──「英名二十八衆句」を手がけたひとりである月岡芳年は、国芳の奇想をよく受け継いだといわれますが、どのような作風だったのですか。
国芳はとても面倒見がよかったので、たくさんの弟子をかかえていたと言われています。芳年も兄弟子である落合芳幾も、国芳の人々を驚かせたいという思いを受け継いでいました。国芳の影響で三枚続きのワイドスクリーンの作品もたくさん残していますが、芳年が活躍した明治時代には、光と影で立体感を出すなど西洋画の技法が取り入れられました。常に試行錯誤し、浮世絵がどう生き延びるかが考えられていたのです。
月岡芳年 「東名所墨田川梅若之古事 」 名古屋市博物館蔵(尾崎久弥コレクション)

──芳年の後期の作品にはどんなものがありますか。
江戸時代末期から明治初期は、芳年が最も活躍した時代。新聞や小説の挿絵の世界を開拓し、人気絵師の筆頭となりました。字が読めない人にもわかるように文字にふりがなをつけた新聞が庶民の間で浸透していきました。芳年は、その挿絵を手掛け、過去の事件だけではなく今のニュースを伝えたのです。流行りものを描いてきた浮世絵が、新しいメディアでその役割を継続していったのは自然な流れでした。
月岡芳年「古今比女鑑 秋色」名古屋市博物館蔵(尾崎久弥コレクション)
──ほかに有賀さんオススメの見どころがあれば教えてください。
「第3章 人物に挑む」では、国芳と芳年が描く美人画が紹介されています。国芳が描く美人像は、表情が柔らかく、健康的で明るい印象。一方で芳年の描く美人像は妖艶な大人の雰囲気をまとっています。芳年が描く女性は明治時代ということもあり、洋装もとりいれたファッションにも注目してみてください。ふたりの人物表現の違いを見るとおもしろいですよ。

──怖い絵もありますが、「とにかく人を楽しませたい」という当時の浮世絵師たちの思いは、現代のエンタメにも受け継がれている気がします。展示がとても楽しみです。
「京・嵐山上流の蔵丹山酒造」のあまざけ
本展覧会の観覧券では、月岡芳年「おしやくがしたい」にちなんで、「京・嵐山上流の蔵 丹山酒造」のあまざけ(180ml✕1本)がついてくるセット券も用意されている。米・米麹だけで造ったアルコールゼロ、砂糖ゼロで子どもでも飲める昔ながらの「あまざけ」をぜひご堪能あれ!
取材・文・撮影=岡田あさみ

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