ショパンの人生の機微を詩的に、鮮や
かに甦らせる~ピアニスト・務川慧悟
が導く深淵なる音の世界

2020年12月18日(土)、東京のサントリーホール・大ホールでピアニスト務川慧悟のオール・ショパン プログラムによるリサイタルが開催された。務川にとって初めてのサントリーホールでのデビューリサイタルであり、初の全ショパンプログラムに挑むという意義あるコンサートとなった。

暮れも差し迫る12月18日(土)の午後、東京・赤坂のサントリーホール・大ホールは満席の客入りだ。12月らしい華やかな雰囲気とファンの期待や熱気が入り交じり、終始、会場は活気に満ちていた。客席には務川が所属する音楽事務所の社長でもあるピアニストの反田恭平もおり、盟友のサントリーホール デビューリサイタルを見守っていた。
反田恭平、務川慧悟
演奏曲目はアンコールの一曲を除き、すべてショパン作品での構成。務川自身、事前のインタビューで「プログラムは調性や作曲年代などの基本的な要素に加え、それぞれの作品の関係性を重視し、網の目のように思いを巡らせながら作り上げた」と語っていたが、文字通り、完璧な構成と流れを生みだしていた。
本プログラムではショパン十代の初期の作品から円熟期を経て、晩年に至るまでの8作品が時系列に演奏された。一見するとショパンという作曲家の人生を俯瞰するバランスのよい作品構成に終始しているかのようにも思えるものだが、実際、この日の務川の演奏を通して、その一連の流れの中にショパンという作曲家が歩んだ人生の機微がいかに一つのストーリーのように描きだされているかを感じ取ることができた。
ショパンの生き様がどれほどまでに‟愛と憤り” ‟安らぎと失意” など、あらゆる対極の運命に翻弄されたドラマティックなものであったか、その人生における ‟光と影” を務川は一連の流れの中で詩的に鮮やかに甦らせていた。それは作曲家の内面の奥深くに潜む真の感情を一つひとつ抉(えぐ)りだす膨大な作業の積み重ねでもあり、あたかも務川にとって、ショパンという「心を寄せ合う友(務川談)」との日々のたゆみない対話の中から紡ぎだされた一つのドラマのようにも感じられた。演奏家としての実力もさることながら、ショパンという作曲家に対する愛情と憧憬に満ちた等身大の務川の思いを感じ取れる印象深い内容だった。
また、それらの多彩な作品群を一つのストーリーを描きだすように一気に弾き上げた務川の集中力と意志の強さにも感心させられるものがあった。恐らく、その密度の濃い凝縮された時をともにする聴衆もかなりの集中力を要求されたのではないだろうか。
しかし、務川の紡ぎだすシルクのような美しい音の味わいと洗練された詩的な表現、そして無駄な言葉を削ぎ落とした求心力のある歌心は聴き手の心を鷲づかみ、おのずと空間を席巻する深淵なる音の世界へとのめり込むように聴く者たちを魔法にかけてしまうのだ。
では、当日の演奏を少し振り返ってみよう。
一曲目はショパン10代半ばの知られざる作品 ドイツ民謡「スイスの少年」による変奏曲 ホ長調。輝かしい下降形のアルペッジョとともに始まる冒頭。高音部の軽やかな煌めきが印象的だ。短い序奏の後、かわいらしい主題へ。山を駆けめぐるハイジの姿を思い起こさせるような、屈託のない明るい旋律を情感豊かに奏でる。変奏曲形式の作品だが、務川は数々の小曲を陰影豊かに立体的に紡いでゆく。
最終の第5変奏曲では『夢遊病の女』のような田舎情緒にあふれたベルカント・オペラのワンシーンを眼前に感じさせるようなスケールの大きさがあった。シーンに描きだされる登場人物の一挙手一投足が目の前でつぶさに感じ取れるかのような臨場感あふれる音楽。このような他愛もない作品においても鮮やかに情景を描きだしてしまう務川の想像力と細やかな芸に圧倒された。
続いてノクターン(遺作) 嬰ハ短調「レント・コン・グランデ・エスプレッシオ―ネ」。表題のイタリア語にあるように遅めのテンポで美しいトリルを伴うメロディラインを濃密に描きだしてゆく。冒頭部の主旋律のドラマティックさゆえに、しばしこの作品がノクターン(夜想曲)であることを忘れてしまいがちだが、務川の演奏はどんなに遅いテンポでも決して感傷に浸ることなく、夜の情景が醸しだす美しいみずみずしさを悲壮感漂うまでに淡々と描きだしていた。再びこの旋律が現れた時には、テンポをあげつつ、激情の赴くままに心の奥底にあるものを解き放たせていたのが印象的だった。
そして、あたかも一連の作品であるかのように間髪を入れず「ワルツ ホ短調 遺作」へと突入。前作品の再現部で解き放った心の奥底のほの暗い激情を保ちつつ、あの感傷的で美しいワルツの旋律を紡いでゆく。このような劇的効果をいとも臆さずに実現できてしまう務川の文脈の読みの鋭さに感心させられる。だからこそ、中間部の明るく優しい歌がよりいっそう心に響いた。
続いては「4つのマズルカOp.24」。ショパンが祖国ポーランドのワルシャワを離れ、パリの華やかな上流社会へと一歩を踏み出した頃の作品だ。農民たちによる他愛もない日常の踊りの光景や、その輪の中で生まれでる愛情表現が描きだされた民族色あふれる楽曲も、務川の手にかかると、よりフランス的で洗練されたものに聴こえてくる。民族舞踊の独特なリズムも完璧なものながら、バレリーナたちの ‟パ・ド・ドゥ” のようにも感じられる研ぎ澄まされた美的感覚は務川ならではのものだ。
特に4曲目(Op.24-4)はマズルカ全曲中最も知られる作品の一つだが、務川の洗練と色彩感あふれる演奏は、ショパンがこの作品を描きだした時のパリの、そして、ショパンが社交界の主役としてもてはやされていた頃の華やかなりしサロンの情景を生き生きと蘇らせるかのようだ。ショパンという国際的な舞台で生きた作曲家が、貴族的なパリ社交界において自ら‟マズルカ” という曲を演奏していた時、このような豊かな色彩感と洗練に満ちたものだったのかもしれない――。そんなロマンティックなイマジネーションを抱かせてくれる、斬新で示唆に富んだ演奏だった。
続いて、前半のクライマックスともいえる「スケルツォ 第3番 嬰ハ短調op.39 ホ長調」。今まで冒頭からの数曲を一気に弾き紡いできた集中力を保ちつつ、務川はピアノに座ると間髪を入れず、挑むように華麗なる序奏を弾き始める。疾風怒濤のごとくに過ぎ去る冒頭。務川の思いは風のようにさらに先へ先へと進んでゆく。一心不乱に突き進む心の高ぶりを、言葉で描きだすかのように滔々と紡いでゆく。
第二主題――コラール風の重厚感を湛えるこの旋律でも務川の疾風怒濤の激情は変わらない。むしろ、幾度となく現れ象徴的に作品全体を支配するこの主題を、務川はワーグナーの楽劇の動機の一節のように陶酔的ともいえる熱情で引き立たせ、息の長いパースペクティブで曲全体を力強く統一させてゆく。
大きなうねりの中に壮大なオーケストレーションの響きを感じさせながらも、務川は一つ一つのフレーズに細やかに変化を持たせ、緻密に理知的にダイナミクスや遠近を構築してゆく。まるで務川の中に100名余のオーケストラを巧みにコントロールしている指揮者が内在しているかのようだ。終始、隙を見せることなく前進し続ける、華麗で男性的なスケルツォのカッコよさに客席は惜しみない大喝采を贈っていた。
この大曲を演奏してもなお、ほぼ間髪を入れず次なる曲へと進む務川。「即興曲第3番 変ト長調」。ここで、事前に務川が「本来ならスケルツォの華麗な弾き納めで第一部を終えるべきところだが、あえて即興曲の第3番で締めくくるのには理由がある」と述べていたのを思い出した。
その時、理由については本人に聴くのではなく、聴衆一人ひとりがその場で感じ取るべきものだろうと理解したが、この日の演奏を聴いて、そして、実際にプログラムの流れを体感して務川の言葉が真に理解できたように思えた。
前作品(スケルツォ)では勇壮で華麗なショパンの作品像を思う存分に描きだした務川だが、この曲では打って変わって、終始、シルクの糸のような煌めきとみずみずしい音を紡ぎだしていた。その音の優雅な繊細さは、むしろ、あたかも脆く傷つきやすいショパンの心の襞(ひだ)を鋭く抉(えぐ)りだしているかのようでもあった。右手の重音の連なりをここまで流麗に、しかも、内向的で親密な会話を感じさせるような情感あふれる響きで紡ぎだしてしまう技巧は見事としか言いようがない。
務川は、ほぼ同時期(1839年と1842年)に書かれた「スケルツォ 第3番」と「即興曲 第3番」という二つの対照的な作品をあえて続けて演奏し、前半部を締めくくることで、この作曲家の持つ ‟光と影” ‟華やかさの中にある苦悩” そして ‟素朴な旋律の中にあふれる内面の豊かさ” というような対極的な感情をより明るみに引き出し、その思いを聴き手に問うていたように思える。
そうすることで、務川自身が円熟期の充実した創作の日々にあったショパンの多感な心情や、さらなる心の奥底に潜む作曲家の真の感情に寄り添い、より深く理解しようとしていたのかもしれない。演奏後、即興曲のシンプルな美しさが湛えるたおやかな余韻が、そんな務川の真摯な思いを投げかけていたような気がしてならない。
休憩を挟んで、後半の第一曲目は「舟歌 嬰へ長調 Op.60」。高音部の右手のパッセージでたゆたうような水面の閃(ひらめ)きを巧みに再現してしまう想像力の豊かさと技巧に冒頭から圧倒される。色彩の濃淡やハイライトの陰翳など絵画的な枠組みを感じさせる芸術性もまた務川の真骨頂。躍動感さえ感じさせる情景描写の巧みさが実に秀逸だ。舟遊びの楽しみや高揚感が手に取るように生き生きと感じられるダイナミックな演奏に、会場からはフライング拍手も飛び出すほどだった。
本プログラムを締めくくる最後の曲は、務川が愛してやまないという「ソナタ 第3番」。演奏前、今までの流れには珍しく、時間を要して精神統一する務川。冒頭の決然とした提示部を経て、あのどこまでも広がりゆく美しい第二主題の旋律が客席の空間を満たす。安らぎの幻影を求めて自らの内面の奥底に一つひとつの音を手繰り寄せるように深い感情を吐露する務川。本人曰く、「ショパンの作品を演奏する時、最も安らぎを感じる」と述べているが、このようにショパンの紡ぎだす旋律と限りなく一心同体になれるからなのだろう。
第二楽章では、務川がこの作品に対して感じる憧れや募る思いが、ほとばしるように感じられた。第三楽章では、たおやかでロマンチシズムあふれる旋律の中に、時として古典的な典雅な表情を描きだす。時が止まったかのような静謐な情景。務川のロマンチストな面が満ち満ちていた。
最終楽章。前楽章で抑えられていた内面の衝動がそのまま激高する音の渦の中にあふれんばかりに流れだす。境界線のない無窮動のようなフレーズの連なりを密度濃く描き上げてゆく。大きなパースペクティブを描きながらも、高みを目指しつつ、ただひたすらに邁進し続ける。行きつくところのない激情を理知的にコントロールしながら聴かせる構成力と完成度は圧巻だった。全楽章を通して、一貫して自らの言葉で力強く訴求し続ける務川の冴えわたる演奏に、客席の誰しもが力強い拍手を贈っていた。
暖かい拍手の嵐に迎えられ、務川はアンコールを一曲弾き終えると自らマイクをもって客席に語りかける。
「このダサい曲(アンコール一曲目で演奏した作品のこと)は何だろうと思われたのではと想像していますが、 二つのブーレ というショパンの晩年の作品です。晩年、ショパンは意外にも駄作といわれる作品を数曲生みだしているのですが、僕にとっては、このような作品ですら演奏したくなってしまうほど、ショパンという人間、その人に魅力を感じています。これからもショパンの作品をずっと引き続けていきたいと思っています」
そして、最後に演奏した ソナタ 第3番 は近年初めて取り組んだ作品だということも付け加え、「高校生の時にこの作品に対して抱いていた憧れが今も色褪せることなく僕の中にあって、それを感じながら演奏しました」と等身大のストレートな表現で、この壮大な作品への憧れを最後の最後に自らの言葉で表現した。
そして、最後に「やはり、ショパン以外の作曲家の曲も弾きたくなりました…」という一言で客席からの笑いを誘い、「バッハのフランス組曲第5番からサラバンド」を演奏しますと一言。務川の等身大の音楽への愛情と喜びがあふれた、美しく、端正なバッハの調べが熱気あふれる空間に静かに響き渡っていた。
取材・文=朝岡久美子

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