舞台『千と千尋の神隠し』が開幕~映
画に最大限のリスペクトを払い、世界
観を舞台上に再構築

舞台『千と千尋の神隠し』が2022年2月28日(月)・3月1日(火)のプレビュー公演を経て、3月2日(水)に東京・帝国劇場で開幕した。言わずと知れたスタジオジブリ・宮﨑駿監督の不朽の名作を、『レ・ミゼラブル』などで名高い英国の名匠ジョン・ケアードが演出。主役の千尋には橋本環奈上白石萌音という、現代を代表する若手トップ女優ふたりを配するこの超話題作、千尋=橋本環奈バージョンを観たレポートを記す。
※以下、ネタバレがございます。ご注意ください。
物語は、10歳の少女・荻野千尋が両親とともに新居に引っ越す途中、奇妙なトンネルを通り無人の町へ迷い込んでしまうところから始まる。この冒頭の一家の会話から、あまりの再現度の高さに驚く。千尋役の橋本、千尋の両親を演じる大澄賢也と咲妃みゆの声色がまさに“ジブリ映画”! ジブリらしい、どこか朴訥とした少し低めのトーンに一気に心を掴まれる。そしてタイトルアニメーションを経て、トンネルを抜け、「油屋」がそびえる神々の住む町へ――。あの「油屋」がドーンと観客の目の前に登場し、いよいよ千尋の冒険が始まる。ちなみにこのオープニングとエンディングのアニメーションは、スタジオジブリがこの舞台のために新たに創作したものだそう。なんて贅沢!
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  (右前)千尋:橋本環奈、(右後)千尋の母:咲妃みゆ
おいしそうな料理たちが湯気をあげる無人の屋台、油屋の入り口前に架かる橋、ハクとの出会い、半透明になってしまう千尋、……幕開きからずっと「このシーンも、ここのシーンも!」の連続。記憶にある印象深い場面、台詞だらけ。改めて『千と千尋の神隠し』は名シーンの連続なのだなあと再確認。そしてどの場面も、見事に舞台上に再現されていて懐かしさすら覚えてしまう。もちろん限りある舞台空間なので、アニメを忠実に三次元化しているわけではない。単純なレプリカではなく、映画『千と千尋の神隠し』の場面場面の“芯”を的確に捉え、その“空気感”を演劇的手法でもって、ジョン・ケアードがナチュラルに舞台上に表出したのだ。だからこそ、まったく違和感なくスルスルと『千と千尋の神隠し』の世界に入り込めてしまう。
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  釜爺:田口トモロヲ
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  青蛙:おばたのお兄さん
しかしその“ひっかかりのなさ”が実はすごい。回り舞台を多用し、少ない舞台セットを様々な角度から見せていくことで数多くの場面を再現する方法。暗転をほぼ使わず、自然にシーンを繋いで観客を飽きさせない点。神様や動物、異形のものたちの多くはパペットで表現され、登場するその数50体以上とのことだが、そのパペットをとってみても、俳優が手で動かすもの、棒で動かすもの、人が中に入るタイプのもの、複数人で一体を表現するもの……と、様々な手法がとられている。釜爺の6本の腕を6人の俳優が1本ずつ動かす手法はミュージカル『リトルマーメイド』のアースラを髣髴とするし(本作のパペットデザイン担当のトビー・オリエは『リトルマーメイド』のパペットも作った)、飛び去る龍は、舞台前方と舞台奥ではサイズの違うものを使用し遠近感を出す、これは歌舞伎の“遠見”と同じ手法だ。演劇という文化が培った魔法の数々を駆使し、しかもそれらをこれみよがしにアピールするのではなく自然に、鮮やかに物語を動かしていくのは、さすがジョン・ケアード、といったところ。
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  (中央左から)千尋:上白石萌音、ハク:三浦宏規
さらにその技法が、アナログな“人の力”を使ってなされている点もまた素晴らしく、そのことで『千と千尋の神隠し』らしい、温もりある感触が生まれている。パペットもあえて操作する人の姿を見せるし、千尋とハクが空を飛ぶ表現もワイヤーなどは使わず人の手でリフトする面白さ。千尋が湯婆婆に名前を取られるシーンなども一切映像を使わず、潔いほどの超アナログな表現をしているので、観劇する方は注目してほしい。一方で、所々原作にはない歌を組み込んだり、油屋の使用人たちが舞い踊るシーンは、アニメとはまた違う舞台芸術らしい華やかさ、ダイナミズムがあった。
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  リン: 咲妃みゆ
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  (中央)千尋:上白石萌音
キャストも全員、自然と『千と千尋の神隠し』の世界の住人になっている。千尋役の橋本はこれが初舞台。初舞台とは思えぬ気負わない自然体で、舞台上に存在する。大げさすぎない感情表現も、千尋らしい。どんくさそうに見えて、実は鋭さのある千尋の個性、異世界でひたむきに頑張るけれど、それでも10歳の子どもらしい不安な気持ちが顔を出してしまうところなど、すべての局面で、丁寧に千尋を作っている。シャツの裾をギュッと握りしめる仕草、走る時に両手を高めに上げる姿、小刻みに地団太を踏むような足の動きなども“私たちが知っている千尋”だ。醍醐虎汰朗のハクも涼やかで凛々しかったし、田口トモロヲ扮する釜爺は原作から抜け出したようだ。気風が良く頼れるリンをカッコよく演じている咲妃みゆ(二役)は、演劇を見慣れない人にはもしかしたら千尋の母役と同じ俳優だと気付かれないのでは、と思うほど。カオナシの菅原小春は不思議な動きでこの世のものではない存在感を出す。そして湯婆婆を演じる夏木マリの大迫力! 恐ろしくもチャーミングな湯婆婆は映画そのものだが(ご本家であるので当然である)、怒ると顔が何倍ものサイズになる映画の表現を舞台でもきちんと再現しているところは見どころのひとつだろう。
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真 (左から)千尋:橋本環奈 ハク:醍醐虎汰朗
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  湯婆婆:夏木マリ
さらに、オーケストラの生演奏で奏でられる久石譲の美しい音楽が、アニメ同様『千と千尋の神隠し』の世界へ誘ってくれるのも贅沢だ。映画版主題歌の「いつも何度でも」こそ登場しなかったものの、電車に乗る場面での「6番目の駅」、ハクが自分の名前を思い出す場面での「ふたたび」など、数々の名曲がアニメと同じ場面で使われている。音楽の力もまた、観る者の感情を懐かしく揺さぶってくれるだろう。
舞台『千と千尋の神隠し』舞台写真  (左)千尋:上白石萌音
キャスト、クリエイターたちが、映画に最大限のリスペクトを払い、丁寧に丁寧にその世界観を舞台の上に再構築した舞台『千と千尋の神隠し』。本舞台を観劇したスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーも「お世辞なしに本当におもしろかったです。とにかくジョンの演出とキャストの皆さんが素晴らしくて、原作へのリスペクトが感じられて嬉しかったです。印象的なシーンを言い出したらきりがありませんが、キャストが大勢が出てくるシーンはどのシーンも観ていて気持ちが高揚しましたし、千尋とカオナシが電車に乗って行くシーンは実は観るまで少し心配だったのですが、非常にうまくできていると感動しました」とコメントを寄せている。『千と千尋の神隠し』の世界を愛している人は間違いなく満足するだろう本作。ここだけ時間の流れが違っているような、不思議に懐かしい、郷愁を誘う世界が今、帝国劇場に広がっている。
なお、メインキャストはダブルキャストで、前述のほかに上白石萌音(千尋)、三浦宏規(ハク)、辻本知彦(カオナシ)(※辻のシンニョウは点1つ)、妃海風(リン/千尋の母)、橋本さとし(釜爺)、朴璐美(湯婆婆/銭婆)が出演。帝国劇場公演は3月29日(火)まで。その後全国公演あり。
取材・文=平野祥恵

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