森山直太朗が新アルバム『素晴らしい
世界』で辿り着いた境地 「これが最
後だとしても、悔いの残らないものに
なった」

2022年、森山直太朗はデビュー20周年を迎える。古き良きフォークソングで産湯をつかい、21世紀の様々な音楽の風に吹かれながら、誰にも似ていない音楽を深めてきたその足跡は、振り返っても魅力的で意味あるものだ。そして20周年オリジナルアルバム『素晴らしい世界』は、より深く自分のルーツを見つめたパーソナルな歌詞とメロディに加え、実験的なアレンジや斬新な音響にも果敢にトライした最新傑作。すべての困難をエネルギーに変え、未だ足を止めずに前進を続ける音楽家の本音を訊こう。
――20周年。本当におめでとうございます。
ありがとうございます。時だけが過ぎてしまった感じもありますけれども。
――とんでもないです。20年間ほぼ毎年リリースを続け、ライブを続け。順風満帆か、はたまた波乱万丈か、振り返ると、どんな思いがありますか。
周りの人が聞いたら、ズコーってなるかもしれませんけど、20年目にしてようやくスタートラインに立ったなという、そんな気持ちです。今かよ!って言われるかもしれないけど。
――その心は?
自分の活動を人間の成長過程にたとえると、真っさらなまま生まれてきて、いろんな環境で育って、言葉を覚え、自意識を育て、いろんな苦労をして、いろんな執着やコンプレックスをどんどん手放していくのが、ひとつの過程としてあると思うんですね。僕は決して、悟りを開いたり、真理を勝ち得たわけではないんですけれども、表現する者として、ようやく色んなものの縛りや自意識から離れて、失うものは何もないよなという、ひとつの境地に辿りつけたかなと思っていて。
――素晴らしいですね。なるほど。
人間ってめんどくさいなと思うし、生きるって億劫なことだとも思うけど、そういう時期を経て、今こういう気持ちに立ち返れている。なおかつ活動が成立しているということは、本当に感謝しかないなと思っています。
――今の話、深堀りすると、20年間のうち、どのへんまでが無垢な時期だったと思いますか。
おぎゃあと生まれるその瞬間、インディーズの頃からやってきて、自分なりに曲を作って、路上で歌って、それがある人に見初められて、2002年の10月にデビューするわけですけども、そこからは怒涛の日々でした。怒涛の日々だったし、ある種不遇の時期でもあったので。
――おや。そうですか。
つまり、「さくら」という曲をもって、いろんな人に認知してもらったんだけど、それまでは時間も人出も予算もまったくない中で、ギター1本持って全国各地を回るということをしていたんですね。不遇という言い方をしましたけど、それが自分のスタイルだったし、それしかできなかったから、そういう境遇を自分で選んだと思うんだけど。そこからファーストアルバムをリリースしたのが10月で、翌年に「さくら」をシングルカットして、状況が変わっていくわけなんですけども、そこまでの間は本当に無垢な時代だったんじゃないかなと思います。ただただ夢中に、目の前の人に歌うんだということだけだったので。
――苦労は多いけれど、美しい時代ですね。そこからは、ヒットが出て、栄光の日々に入っていくわけですけど。どこかの時期で、もしかして、人知れぬ悩みや苦しみもあったんじゃないかと推測します。
そうですね。僕は、悩み上手にできてるので。
――そうですか(笑)。
でも、苦しむということで言うと、ここ2,3年というのは、個人的にはいろんなことを考えさせられる時間が続きましたね。『人間の森』というツアーが2019年の6月に終わったんですけど、とても長いツアーを経て辿りついた、自分の限界みたいなものがあって。そこからは、どうやったら自分が次の舞台に立てるのか、立ちたいというモチベーションと意欲だけはあったけど、このままじゃ立てないなと思っていました。でも面白いもので、もういっぺん足元を見つめ直していこうと思った時期に、コロナという天変地異が起きた。そういう方はきっとたくさんいらっしゃると思うんですけども、かくいう自分もその一人で、考えているつもりだったけど、そういう状況になって、もっと考えなさい、もっと悩みぬきなさいと言われているような気がしたんですね。で、悩みぬいて悩みぬいて、靄が晴れていくかな?と思ったら、去年の8月にコロナそのものにかかってしまって、さらに分断された孤独な時間を過ごすことになった。でもそれは、僕にとっては必然の時間だったのかな?って、今振り返ってみると思うわけなんですけども。
――回復されて、本当に良かったです。
地獄がもしあるのだとしたらここかな、というような悪夢にうなされる時間が続いたので。生還できた時は、大気圏を抜けた宇宙ロケットのような、ただただ無の境地というか、社会と分断された先にあったものが孤独で、孤独の向こうにあったのは解放なんだなと思いました。「何でもいいじゃん、生きてるじゃん、あなたはそれ以上何を求めるの?」と。一種の肺炎なので、呼吸もままならないし、声も出ないし、歌うこともできなかったから、このまま歌えなくなってもしょうがないなって、どこかで思ってたし、雑貨屋とかやって生きていこうとか、そのぐらいの覚悟はしてました。
――ターニングポイント、という言い方は軽すぎますけど、とても重要な分岐点だったと思います。
迷いがあるまま、20周年を迎えることになるのかな?と思っていたんですけど、まさに『人間の森』という、うっそうとした森の中に迷い込むような経験だったし、コロナも経験して、自分の心がリセットした状態で20周年を迎えられて、今のところ、良かったなというふうには思っています。
――その経験が直接曲になって出てきたのが、アルバムタイトル曲の「素晴らしい世界」だと思います。これは、どんなふうにできていった曲ですか。
もともと、モチーフとしては自分の中にあった言葉だったんですね。一緒に曲を作っている御徒町(凧)が「素晴らしい世界」という詩を書いて、それが去年の1月ぐらいだったんだけど、コロナの中で「それでもこの世界は素晴らしい」という、淡々としたエネルギーが詩の中にあって、「ああいいね」と言っていて。僕は僕でコロナに感染して、重症と言われ、世界や社会から断絶された状況に置かれて、フィジカル的にも追い込まれて。でもその断絶の先にある自由というか、誰からも連絡はない、何をしろという強制もない、しなきゃいけないという観念もない、そこにはなんとも言えない解放感があったんです。「なんとも言えない解放感」……本当にそうだな。そこでまぎれもなく、素晴らしい世界というものは自分の外側にあるものではなく、内側で感じるものなんだという、今まで見ていたなんでもない景色が、こんなにも神々しく見える経験をして、「自分はまだまだ生きたいんだ」という原初的衝動のようなものを、ちゃんと確認できた。もしかして歌えなくなるかもしれないと思ったけど、全然いいじゃんと。だって、生きているから。そう思えた時に、この世界を肯定できた。こんなにもこの世界は混乱して、社会は混沌としているけれども、「それでも素晴らしいじゃないか」と、自分を肯定できたので。コロナにかからなくても、この曲はできていたと思うけれども、さらに実感をともなった曲になったと思います。
――(御徒町)凪さんのもともとのコンセプトに、ずっしりとした実感が加わった。
わりと淡々としたエネルギーの曲だったんだけど、もう少しエモーショナルな曲になったので。詩は詩として残して、歌は歌として、タイトルは同じだけど、別ものとして、一緒に作ろうということになりました。でもたぶん、言ってることは同じです。
――アルバムの中の新曲で、コロナにかかってしまった以降に、書いた曲もありますか。
ちょうど、時を同じくして「愛してるって言ってみな」という曲ができるんです。それは「素晴らしい世界」とはうって変わって、非常にポップでキッチュな世界観で。実はこれもね、モチーフとしては10年ぐらい前からあったんだけど、こんな曲僕が歌っても、みんなに笑われるだろうなと思ってて。
――そうですか?
それは、勝手に僕が思っていたことなんだけど。だけど「素晴らしい世界」という曲ができて、自分自身を肯定できて、失うものは何もないじゃんという感覚になれた時に、「こういう自分もいるんだよな」というものをカミングアウトできるような、象徴的な1曲を作りたいと思ったんですね。曲自体は、タイトルが指し示しているように、頭の中でぐるぐるしているより、他者に対してでも自分に対してでもいいけど、「愛している」と、行為として言ってみようと。観念ではなく、フィジカルに落とし込むことで、世界はまた違って見えてくるかもしれないよ、という曲です。日本人は特に、それがヘタじゃないですか。その奥ゆかしさが、良さだったりもするんだけど。そして「素晴らしい世界」と「愛してるって言ってみな」という曲が、自分の中でポッと思い浮かんだ時に、この体がいつ完治するかわからないけど、歌える状況になったら、この2曲をいの一番にレコーディングするんだというのが、僕が床に臥していた時のモチベーションでした。
――はい。なるほど。
そこから「花(二〇二一)」という曲や、「boku」「papa」や、「されど偽りの日々」という曲を作っていきました。「boku」「papa」は新しい曲ですね。「されど偽りの日々」はずっと前からあって、どこかでリリースしたいなと思っていた1曲です。
――「boku」には、<今日が二人の最後の日だって何も不思議じゃない><単調な時代ほど/天変地異がありそうな気配>という、予言的なフレーズも登場します。
この曲はただ、メロディに沿って、♪僕がこれから言うことについてとりあえず聞いてよ、って、ただそこから始まった曲で、サビの♪今日が二人の最後の日だって何も不思議じゃない、というのも、別に天変地異のことを歌おうとは思ってなかったんだけども、たぶん自分の深層心理みたいなものがそのまま曲に落とし込まれたというか、不思議なでき方をした曲ですね。これを歌おうとか特にない中で、たどっていったら、いつか何かの感染症が猛威をふるうかもしれないとか、近くの山が噴火するかもしれないとか…そう、この曲を作ってる時は、コロナのことは意識してなかったんですよ。そしたら、これを作っている時に、フィジーで海底火山が噴火した。で、“あれ? こういうことなのかな?”と。明らかに10年前より、地球の環境問題も含めて、もしかしたら地球が丸ごとなくなっちゃうかもしれない、大陸が沈んでしまうかもしれない。人間が築き上げてきたものよりも、自然のほうが全然すごいんだと思う瞬間があった。コロナが自然のものなのか人為的なものかは別の問題として、人間の世界の、不況になったり、差別があったり、そういうものの中にありながら、我々はもっと大きな流れの中で生かされている。社会の中で生きていると、そこにはなかなか目が行かないけど、深層心理にはやっぱりあったんだなということを、「boku」という曲を通して自分で知る、という感じです。「boku」=僕という、自意識の象徴みたいな言葉は、大きくは地球そのものにかかっているんです。ああ、なるほどなと思いました。曲を作りながら自分が伝えたいことを知るという、不思議な出来事でした。
――「papa」は、どうですか。
「papa」はね、二十歳の頃からこのメロディはあって、最初は「ママ」っていう曲だったんですけど(笑)。でもさっきの「愛してるって言ってみな」じゃないけど、こんな曲を俺が歌っても友達に笑われるかな、みたいな、歌いたいんだけど恥ずかしいみたいな感覚があって、と同時に、「ママ」というテーマが完全にはしっくり来てなかったんですね。で、僕の人格形成や、手放しきれない弱さの根源や、子供として育った時に受けた愛情や、愛情と矛盾のすべてを、やっぱり親父から受けてるなと、あらためてこの年末に思うような出来事があったんですよ。そして年明けに久しぶりに親父に会いに行って、そうか、この曲のタイトルは「papa」だなと。
――はい。なるほど。
母親のほうに、僕のアイデンティティはあるのかな?と思っていたんだけど。実際もちろんあるし、距離も近いんだけど、今は遠く離れて暮らしている父親に、俺のルーツはあるなという感覚になって、本当に自分のために書いた曲ですね。一回そこを突き詰めた先に、同じような境遇の人もいるんじゃないかな?と思ってます。
――話を聞いていて思うのは、どんどん裸になってませんか。自分のルーツも、深層心理も、すべて曲の中でさらけ出すようになってきている。
僕は、このアルバムは最後のつもりで作ったので。もうこれが最後かもしれない、ということは、常に僕たちの背後に忍び寄っているし、喉元に突き付けられている課題だと思うんですけど、人間は忘れていっちゃう生き物だし、想像力って、余裕がないと働かないんですね。でも「今日が最後かもしれない」と思って、人と接したら、出てくる言葉が違うじゃないですか。そんなに力んだ話でなくても、それぐらいの気持ちを持っていないと、ものを作れないなという感覚はあると思うし。そういうところで言うと、45歳になって「papa」と「boku」というタイトルの曲があるのは、けっこうヤバイねっていう話にもなったんだけど(笑)。それさえももういいよ、ということですね。これが最後だとしても、悔いの残らないものになったんじゃないかなと思います。
――それと、気づくのは、とにかく歌詞に出てくる「愛」という言葉の量が、ものすごく多い。
そうなんですよね。僕は御徒町と一緒に曲を作ったり、個人で曲を作ったりしていく中で、「愛」という言葉に対しての疑いというか、使い方を間違えると本当に希薄なものになってしまうということは、ずっと思っていたんですね。愛という言葉を使うのは、楽なんですよ。形のないものだから。でも今回は、そういうことさえも意識せずに曲作りを進めていって、おとといマスタリングという、アルバムの曲をいっぺんに聴く作業があって、そこで初めて「愛という言葉をこんなに使ってるんだ」と思って、自分でもびっくりしちゃいました。
――愛のアルバムだと思います。そしてその裏には、死や、終わりや、いろんなものがあって、直太朗さんのルーツをさらけ出す部分も多くて、それが深みになっていると思います。
ありがとうございます。
――あと、今回、サウンドがすごくいいですね。特に弦楽器や管楽器の使い方が素晴らしい。エレクトロな音色と合わせて、アンビエントっぽかったり、アコースティック楽器の、親密な部屋鳴りだったり。すごくいい音だなあと思います。
それはね、インタビューでサウンドに言及していただくことはあまりないので、めちゃめちゃ話したかったんですよ。
――良かった(笑)。存分にどうぞ。
今回たまたまなんだけど、アレンジしてくれた方たちが、「カク云ウボクモ」や「さくら(二〇十九)」をやってくれた世武裕子ちゃん、「落日(Album Ver.)」をやってくれた小田朋美ちゃん、「素晴らしい世界」をやってくれたSiZKくん(Akiyoshi Yasuda)、あとはMichael Kanekoもそうなんだけど、ドラマ音楽、舞台音楽、映画音楽とか、映像を想起させてくれるような、景色に対して音楽をつけられる人たちだったんですね。僕もそういう人を求めていたんだなということがあって、特に世武裕子と小田朋美は、弦の使い方が、普通だったらカルテットとか、あるいは4,4,2,2とか――つまりファーストバイオリン、セカンドバイオリン、ビオラ、チェロとかの編成なんだけど、(今作では)選び方としてチェロ、ビオラ、ビオラで、バイオリンがいないとか。「一度やってみたかったんだよねー」とか言われて、「全然やってみてよ」って。だから、いわゆるストリングスの聴こえ方ではなく、部屋鳴りとか、組み合わせの妙が、曲の個性を生んでいるんだと思います。
――ああー。すごく納得しました。
「カク云ウボクモ」「落日(Album Ver.)」とか、本当に変わった録り方をしていたし、すごく面白かった。「素晴らしい世界」の、SiZKくんのアンビエントな、ノイジーな世界とかも。
――あれはすごいですね。本当に深い。
僕自身は、ボーカルもののアルバムを作ってはいるんですけども、「歌声自体もひとつの景色である」という考え方もあるので、アンビエントなアレンジで「素晴らしい世界」というものを表現したいなと思った時に、僕のマネージャーの知り合いという繋がりで、お会いして、話を進めていくうちに、ダークな世界と神々しい世界というものの理解が、話をしていてすごく一致したので。さっきお話したような、「コロナでこういう経験をして、こういう気づきがあったんだよ」ということを彼に話したら、彼なりの角度でいたく共感してくれて、あのアレンジになった。あれを聴いた時に、SiZKくんの景色の付け方は、音楽アレンジというよりも、絵画の背景を塗っていくようだと思ったし、僕の気持ちをサウンドで代弁してくれているような凄みを感じて、嗚咽しながら聴きました。この曲のアレンジをいただいた時には。
――わかる気がします。またそれに呼応して、直太朗さんの歌にさらに凄みが増している。たとえばアルバムの最後から2曲目(ボーナストラック除く)の「されど偽りの日々」って、まったく歌声にエコーがない。
そうですね。
――そういう録り方にも、きっと意味があるんだろうなと思って聴いてました。
僕、基本的にドライな音ってあんまり好きじゃないんですよ。全部のアラが見えてしまって、空間的な要素がなくなっちゃうから。だけど「ここ一番」という時には、ドライがいいなと思っていて、たぶんこのアルバムの中でドライな曲って、「papa」「すぐそこにNEW DAYS」「最悪な春」「されど偽りの日々」なんですけど、「されど偽りの日々」は、好みとしてはもう少し空間的に作りたかったんだけど、潔さを大事にしたくてドライにしました。というのも、このボーカルって、2012年ぐらいに録ったボーカルなんですよ。
――え。そうなんですか。
当時、石川鷹彦さんというフォークギタリストの重鎮の方と、アルバムを一緒に作らせていただいて、ツアーのバンマスもやってもらって、2015年ぐらいまでずっとお付き合いがあったんですけど、鷹彦さんが体を悪くされて、今は前線には出ずに、違ったスタンスで音楽を楽しまれている。その当時のデモ音源だけが残っていて、いつかリリースしたいなと思ってたんだけど、鷹彦さんは僕の母親よりも年齢が上なので、コロナの状況も考えて、鷹彦さんがお元気なうちにこの曲をリリースしたいなと思ったんですね。それで、この曲のボーカルと、鷹彦さんのガットギターのソロと、ふたつの情報だけを抜いて、そこに自分が鷹彦さんから教わったギターのフレーズを重ね合わせていった。だから、Thanks for 鷹彦さん、という気持ちでここに入れました。
――その話を聞いて、またこの曲を聴くと、もっと沁みるだろうと思います。
最終的に、「それは白くて柔らかい」という曲を、このあとに置いているんですけど、僕の気持ちの中では、「されど偽りの日々」がこのアルバムの一番最後の曲で、「それは白くて柔らかい」はエンドロールという感じです。時を超えて、10年前に鷹彦さんが弾いてくれたソロが音源として残っていたということと、それをデモのままで終わらせないで、鷹彦さんのご家族にも許可を取って、そのまま使わせてもらえたことが、自分にとってはすごく意義のあることだったと思います。
――素晴らしいアルバムだと思います。直太朗さんのルーツはやはりフォークソングだと思うんですけど、歌詞の面はそうだとして、サウンド面では冒険もたくさんしているし、もはやなんとも名付けがたい現代的なポップスになっていると思います。
いろんなものが入ってますね。でもおっしゃっていただいたように、僕のルーツはやっぱりフォークソングなので、フォークソングに憧れて、フォークシンガーだと思ってやってきた。だけどやっぱり、フォークって幻だったんだな、と思ったりもするんです。
――というと?
結局、あの時代が生んだ産物だから。僕は一生、フォークシンガーにはなれないんだなと思ったりもするんですけど、自分の血となり骨となっている部分でもあるから、その意地みたいなものは、このアルバムに残したいなと思っていました。「愛してるって言ってみな」も、めちゃめちゃディスコチューンで、80年代っぽくてポップなんだけど、友川カズキさんというフォークシンガーの、「生きてるって言ってみろ」という歌を意識しているし。僕の根底には、全部においてフォークが流れているので。
――これは2022年の時代にふさわしい、フォークソングアルバムだと思います。そしてこのあとは、20周年ツアーですね。6月から始めて、100本回るんですよね?
100本回ります。それもフォーク世代の、僕の母だったり、さだ(まさし)さんだったり、ああいう人たちはギター一本持って全国を回っていたし、我々の世代がそれができないのは情けないなと思うし。それは個人的な理由だけど、今こうしてリモートで取材させていただいていますけども、いろんなことが効率的で合理的な社会になっていく中で、逆側に振り切るというか。アナログな行為は、より本質的なものを問われるだろうし、中途半端なものは淘汰されていくだろうと思うんですね。でもそこで、人間にとってすごく必要な、たとえばお祭りをしたりとか、みんなで歌を歌うとか、そのひとつにコンサートやライブというものもあって。最善の注意を払いながら、時間をかけてひとつずつ丁寧に、1本を100回やれたらなと思います。

取材・文=宮本英夫 撮影=高田梓

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