「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.21 知られざる『ザ・ミュージッ
クマン』

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.21 知られざる『ザ・ミュージックマン』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 当初2020年10月にオープンの予定が、コロナ禍のあおりを受け開幕が遅れ、遂に2022年2月10日、ウィンター・ガーデン劇場で幕を開けた『ザ・ミュージックマン』(以下『TMM』)。ヒュー・ジャックマンとサットン・フォスターの豪華共演で、チケット入手困難の大ヒットを続けている。ブロードウェイでは1957年に初演され、続演1,375回のロングランを果たしたこの快作。日本で最後に翻訳上演されたのが12年前で、今では作品自体を知らない方も多いだろう。ここでは、1980年のブロードウェイ再演に主演した女優の話を交え、魅力に迫りたい。

■古き良きミュージカル・コメディーの王道
 主人公は、「健全な少年少女の育成には音楽が肝要。ブラスバンドを作りましょう」と弁舌巧みに善良な人々をダマし、楽器や制服を売りつけて姿をくらます詐欺師のハロルド・ヒル教授。彼を胡散臭いと怪しみつつも、活気を取り戻す子供たちを見て、徐々に心を開くヒロインのマリアンを中心に、アイオワ州の田舎町で展開するミュージカル・コメディーだ。
1962年の映画版『TMM』は、輸入盤ブルーレイで入手可だ。
 作詞作曲はメレディス・ウィルスン。初演で興味深いのは、作品に対する批評家や観客の反応だ。何と1957年の同時期にオープンしたのが、リメイクの映画版が話題を呼んだ『ウエスト・サイド・ストーリー』。意外やトニー賞では、『TMM』が作品賞や楽曲賞、主演男優賞など主要6部門を獲得したのに対し、『ウエスト・サイド』は振付賞と装置デザイン賞のみ。続演回数も、『TMM』の約半分の732回。これは作品の特質が大きく影響した。観客は不良少年たちの血生臭い抗争より、笑いと涙の正統派ミュージカルを支持したのだ。

ストローマン振付・演出版(2002年)のオリジナル・キャスト録音(輸入盤CD)

 初演は、ロバート・プレストンがヒル教授役で主演(トニー賞受賞)。彼は、1962年の映画版でも主役を務めた(日本未公開)。以降ブロードウェイでは、ヒュー・ジャックマン版以前に、1980年と2002年にリバイバル。後者はスーザン・ストローマンの振付・演出で、続演699回のヒットを記録している。そして惜しくも短命に終わり、今や忘れ去られてしまったのが1980年バージョンだ。ヒル教授を演じたのは、ミュージカル映画「メリー・ポピンズ」(1964年)や、「チキ・チキ・バン・バン」(1968年)でおなじみのディック・ヴァン・ダイクだった。マリアン役で共演したのがメグ・バサート。再演の『ブリガドーン』(1980年)や『キャメロット』(1981年)でもヒロインを演じた彼女に、作品の想い出を語ってもらった。

メグ・バサート Photo Courtesy of Meg Bussert
■ディック・ヴァン・ダイクのアドバイス

 ロサンゼルスやサンフランシスコなどをツアーで巡演後にNY入りし、シティ・センターで開幕したこの再演版。ところが、わずか21回の公演で打ち切られてしまう。「キャストやスタッフの誰もがロングランを願っていたのに、本当に残念だった」とバサートは振り返る。
「シティ・センターは、コンサートやダンス公演用に造られた劇場なので、規模の大きいミュージカルには相応しくなかったのと、批評も期待したほどの好評価ではなかった。と言うのもディックは、初演でヒル教授を演じたプレストンと比較されてしまったのね。映画の敵役で鳴らしたプレストンは、ペテン師の悪辣な部分を巧みに演じたのに対し、ディックは、映画で見せる好もしいパーソナリティーが前面に出過ぎていたのが批評家には不満だったのでしょう。でも私の意見では、彼は素晴らしかったし、お客様も喜んでいました」
1980年再演版のディック・ヴァン・ダイク Photo Courtesy of Meg Bussert

 コメディアンとしても、TVのシチュエーション・コメディー「ディック・ヴァン・ダイク・ショウ」(1961~66年/日本では未放映)に主演し、アメリカでは絶大なる人気を誇ったヴァン・ダイク。この稀代のエンタテイナーから教わる事は多かった。
「私が演じたマリアンは、清純で生真面目、男性を寄せ付けないような潔癖さがある。演じ方によっては、ただのキツい女性に見えてしまうのよ。ディックもそれを察したのでしょう。セリフの間や表情の作り方などの細かい部分で、『こうやってみたらどうかな?』と提案をしてくれた。翌日その通りに演じてみたら、見事に笑いが来ました。マリアンの役柄を膨らませる事が出来て嬉しかったし、ディックの厚意には今も感謝しています」
ヴァン・ダイクとバサート Photo Courtesy of Meg Bussert

■元祖ヒップホップ系ミュージカル・ナンバー
 ヒル教授が、子供たちを率いて歌い踊る勇壮なマーチ〈76本のトロンボーン〉や、マリアンが教授への愛を告白する〈ティル・ゼア・ウォズ・ユー〉を始め、本作は名曲満載だ。特に後者は、初演時にヒット・チャート入りし、ペギー・リーら人気歌手が競ってレコーディング。後にビートルズのカバー盤でも知られた。バサートは、ウィルスンの音楽をこう語る。
「『TMM』は、実際にアイオワで生まれたウィルスン氏の回想録的ミュージカルだったのよ。愛すべき故郷の人々を、善良な部分に加え排他的な一面もユーモラスに描いている。さらに、古き良きアメリカを活写する懐古調の曲だけではなく、ヒル教授が歌う〈ヤ・ガット・トラブル〉のようにユニークなナンバーも圧巻でした。これは、アイオワに到着した彼がビリヤード台に目を付け、『これぞ諸悪の根源。子供たちを堕落の道から救いましょう!』と町の人々を洗脳するナンバーで、早口の語り調子でリズミカルに歌われる。今で言うヒップホップよね」
 ちなみに、この再演版の振付・演出を手掛けたのは、1940~50年代のブロードウェイで一世を風靡したマイケル・キッド(『ガイズ&ドールズ』初演)。彼の活気に溢れたダンスが、ウィルスンのカラフルな楽曲を大いに盛り上げた事は言うまでもない。
〈ヤ・ガット・トラブル〉を歌うヴァン・ダイク Photo Courtesy of Meg Bussert
■譜面に込められたソングライターの想い
 1980年の再演時、ウィルスンは未だ御存命(4年後に82歳で死去)。ツアー公演を観るため劇場へ足を運んだ彼は、終演後にバサートの楽屋を訪れた。その時ウィルスンから受けた指摘を、今も胸に刻んでいると言う。
「私が、譜面通りに歌っていない箇所があると丁寧に教えてくれました。確かに私は、自分なりに役柄の解釈を加え、演じながら歌ったつもりだったけれど、その必要はなかったのね。つまり、正確に歌詞と旋律を歌うだけで、マリアンの心情が観客に伝わるように、ウィルスン氏は最初から緻密に計算していた。実際譜面通りに歌ったら、拍手の厚みが違いました」
『ザ・ミュージックマン』日本初演(1985年)の野口五郎戸田恵子 (製作・写真提供=博品館劇場) 
 なお日本では、野口五郎と戸田恵子の共演で、1985年に博品館劇場で初演。演出を、ジャズ通で知られた映画監督の斎藤耕一(「約束」)が手掛け話題を呼ぶ。特筆すべきは、シュニー・パルミサーノの振付だった。アメリカでダンサーとして活躍後に来日し、日本初演の『アニー』(1978年)や宝塚歌劇団のレビューなど数多くの作品に関わった才人で、細部まで凝った品の良い振付が秀逸だった。以降は、2010年に西川貴教彩乃かなみのコンビで再演。また2003年には、マシュー・ブロデリック(『プロデューサーズ』)とクリスティン・チェノウェス(『ウィキッド』)が主演したTV版が製作され、日本ではWOWOWで放映済だ。
マシュー・ブロデリック主演のTV版サントラ(2003年/輸入盤CD)

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