ナイツ塙、売れない過去「700円で2週
間を耐える」【ナイツ塙の自由時間】

3月20日配信『ナイツ塙の自由時間』は実の兄・はなわ、インパルス堤下とのコラボ!「早咲きの芸人は損をする」と語る塙だが、果たしてその真意とは?「売れる気配がしなかった」「塙宣之の笑辞苑」に兄・はなわとインパルス・堤下敦が登場。ともに芸人としては早咲きという共通点を持つ二人のブレイク秘話について塙が徹底的に聞き出していく。2003年、歌ネタでブレイクしたはなわ。ちょうど25、26歳の頃だ。18から25歳の頃までは皿洗いなどのアルバイトもしていたという。バイト生活の中、劇場「キサラ」から声をかけられ、芸人として舞台に立つようになる。タモリのモノマネでおなじみのコージー冨田のおかげで芸でギャラをもらえるようになった。そして2003年にブレイク。2000年に子どもが生まれている。売れない間は本気で芸人をやめようかと思ったというはなわだが、愛妻からネタを見たことがないのに絶対にやめちゃだめだ、絶対に売れるからと発破をかけられ、芸人を続けることができた。芸人として比較的早咲きだった兄と比べて、ナイツ塙はまったく売れていなかった。兄から預金をおろしてきてほしいとお願いされた時に通帳の残高を見たら、とんでもない金額が貯まっていて驚いた。一方、ナイツ塙はその頃本当に仕事がなく、700円で2週間を耐えなければいけない生活を送っており、実の兄から芸能界で売れる大変さを教えてもらったという。一方で堤下がはねるのとびらレギュラーメンバーになったのが21歳。しかしギャラが安かったのでアルバイトをしていたという。24歳の頃、「オンバト」や「エンタの神様」から声がかかるようになり、思いきって上京。それまでは月に20万円しかもらえていなかったと苦労時代をそれぞれ振り返った。

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