ジュディ・ガーランド生誕100年記念
(Part 4)熱唱が炸裂する、愛娘ライ
ザ・ミネリとの共演~「ザ・ブロード
ウェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 4)熱唱が炸裂する、愛娘ライザ・ミネリとの共演
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 20世紀を代表する稀代のエンタテイナー、ジュディ・ガーランド(1922~69年)の生誕100年を記念するこの番外編。Part 4では、彼女が1964年に、娘のライザ・ミネリと共演したコンサートを収めた「ライヴ・アット・ザ・ロンドン・パラディウム」を紹介しよう(日本初CD化)。ソロありデュオありメドレーありと、収録時間79分で歌われるナンバーは全39曲(下記リリース情報参照)。熱唱、絶唱のオンパレードは、満腹を通り越して胃拡張を起こすほどだが、さすがは天才母娘、聴きどころ満載の充実したアルバムに仕上がっている。
「ジュディ・ガーランド/ライヴ・アット・ザ・ロンドン・パラディウム」は、ユニバーサル ミュージックより6月8日(水)にリリース(UCCU-45046)。¥1,980(税込)
■ガーランド、1964年
 ライザは今年(2022年)で76歳。母親の没年(47歳)をはるかに超えて活躍したのは喜ばしいが、3月のアカデミー賞授賞式では車椅子で登場。長年にわたりアルコール依存とリハビリ施設入所を繰り返した彼女は、相変わらず健康状態が懸念される。この母親とのコンサートは、ライザが映画「キャバレー」(1972年)に主演し、見事なパフォーマンスで世界的大スターとなる8年前に開催された。彼女は当時18歳。溌溂としたヴォーカルを披露する。ちなみにライザの父は、母親の主演作「若草の頃」(1944年/生誕100年番外編初回参照)や、「踊る海賊」(1948年)を演出した、映画監督のヴィンセント・ミネリだ(ガーランド2番目の夫)。
 一方ガーランドにとって、1964年は激動の年だった。前年9月にスタートした初のレギュラー番組で、熱心に取り組んだ「ジュディ・ガーランド・ショウ」が、視聴率不振で3月に打ち切られ大いに失望する。再びコンサート活動に精を出し、5月にオーストラリアのシドニーとメルボルンでライヴを行った。前者は好評を博すも、1時間遅れでステージに登場した後者では、野次を浴びせる観客に腹を立てショウを途中で放棄。マスコミから激しく非難された。
コンサート前の母娘 Photo Courtesy of Scott Brogan
 次に観光を兼ね、4人目の夫となる俳優マーク・ヘロンと香港へ。ところがそこで、致死量の睡眠薬を服用したガーランドは、15時間の昏睡状態が続き、危うく命を落としかける。回復後に、香港のナイトクラブで彼女が見出したのが、オーストラリア出身の2人組アレン・ブラザーズ。その一人ピーター・アレンは、1967年にライザと結婚し、エンタテイナー&ソングライターとして大成した(今年日本で再演される『THE BOY FROM OZ』は、彼の物語だ)。その後6月中旬に、永田町の東京ヒルトンホテル(後のキャピトル東急ホテル)でのショウに出演する彼らと共に、日本を訪れたガーランドは、ステージで数曲歌ったという伝説も残っている。そして11月に、ロンドン・パラディウムで臨んだのが娘とのライヴだった。
右端がマーク・ヘロン。コンサートのプロデュースと演出も担当した。 Photo Courtesy of Scott Brogan
■堂々たる気迫で迫る演唱
 コンサートが行われたのは11月8日。この日のチケットが即完したために、15日に公演が追加された。ただ前述のストレスが尾を引いたのか、ガーランドの声は、Part 3で取り上げた「ライヴ!」(1962年)の頃より荒れている。しかしそれでも、力を振り絞ってベストを目指すプロ根性には敬服だ。オーヴァチュアに続き、ステージに登場した彼女が最初に歌うのが〈ワンス・イン・ア・ライフタイム〉。ロンドンで1961年に初演された『地球を止めろー俺は降りたい』のナンバーで、作詞作曲は、1960年代の英国ミュージカル界を席巻したアンソニー・ニューリーとレスリー・ブリッカスのコンビ。ブリッカスは、後に日本でも再演を重ねた『ジキル&ハイド』(1997年)の作詞でも知られた。「今こそが、人生に一度だけ訪れる素晴らしい瞬間。鷲のように翼を広げ飛び立とう」と逞しく歌うガーランドは、この一曲で観客を我が物にする。
当日のプログラム Photo Courtesy of Scott Brogan
 続いて〈ジャスト・イン・タイム〉を歌った後、ライザを紹介。彼女は、コンサートの直前に全米で発売されたソロ・アルバム「ライザ!ライザ!」から、〈トラヴェリン・ライフ〉を歌う。粗削りながら、母親譲りのパワフルなヴォーカルは将来の成功を予感させ、観客が驚嘆する様子がこちらにも伝わって来る。作曲は、後に「追憶」(1973年)などの映画音楽や、傑作『コーラスライン』(1975年)を放つマーヴィン・ハムリッシュだった。
■和気あいあいのデュエットとメドレー
 このコンサートに関しては、娘に向けられた喝采に嫉妬したガーランドが半狂乱に陥ったなど、後々まで母娘バトルのゴシップ的噂が絶えなかった。だが事実は大きく異なったようだ。2回目のコンサートはTV放映用に録画され、後年DVD化(約2時間のコンサートを半分以上割愛した超短縮版)。これを観ると、ライザのマイクの使い方が気になった母は、何度もマイクの向きを補正する仕草が少々鬱陶しい以外は、自分と同じ道を歩む娘を誇りに思い、共演を大いにエンジョイしていたのが分かる(この短縮版映像はYouTubeで確認可)。
本番でのデュエット Photo Courtesy of Scott Brogan
 2人のデュエットは、コンサート終盤で歌われるガーランド一連の代表曲〈スワニー〉や〈シカゴ〉、〈サンフランシスコ〉でたっぷり堪能出来る。エネルギッシュな歌唱の連続に、場内は興奮のるつぼだ。また〈バイ・マイセルフ〉や〈ス・ワンダフル〉、〈あなたと夜と音楽と〉など、スタンダード・ナンバーを歌い継ぐメドレーの楽しさも筆舌尽くし難い。30代を過ぎてからは丁寧に歌い込むようになったライザだが、この頃は若さに任せた奔放な歌いっぷりで、それを慈しむようにサポートする母が何とも微笑ましい。
当たって砕けろの娘 Photo Courtesy of Scott Brogan
■出色の新レパートリー
 1962年の「ライヴ!」同様、ガーランドは十八番以外の新曲に挑戦し、本CDのハイライトになっている。その中では〈ホワット・ナウ・マイ・ラヴ〉が抜群。〈そして今は〉の邦題で知られる、シャンソン歌手ジルベール・ベコー作曲によるヒット曲だ。ガーランドは、ラヴェル作曲の〈ボレロ〉風アレンジに乗せ、「あなたが去った今、私はどう生きて行こう」と淡々と歌い始め、徐々に声が熱を帯びるおなじみの唱法で、「今、私の愛は無と化した。残るは最後のさよならだけ」とクライマックスへ導く。恋を失った虚しさと嘆きの感情を剝き出しにした、ドラマティックな絶唱には平伏すのみ。このコンサート以降、彼女の大切な持ち歌となった。
ソロで貫録を示す母 Photo Courtesy of Scott Brogan
 加えて特筆すべきが、1964年3月にブロードウェイでオープンし、大ヒットを続けていた『ファニー・ガール』の〈ザ・ミュージック・ザット・メイクス・ミー・ダンス〉だ(現在、58年振りにブロードウェイで再演中)。コンサートの後半で歌われる美しいバラードで、声は疲弊気味だが、情感溢れるヴォーカルが胸に染みる。この作品で、ブロードウェイでトップの座に躍り出たのがバーブラ・ストライザンド。彼女のデビュー時から、ユニークな個性を高く評価していたガーランドは、自分のTVショウに招き盛り立てた。ライザやピーター・アレンはもちろん、若い才能を伸ばす事に関しては、実に協力的で寛大なスターだったのだ。引き続き番外編では、ユニバーサル ミュージックからリリースされるアルバムを紹介して行こう。
バーブラ・ストライザンド(左)をゲストに招いた、「ジュディ・ガーランド・ショウ」(1963年)より Photo Courtesy of Scott Brogan

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