熊谷和徳×元ちとせ『VOICE ヴォイス
』インタビュー~タップダンスと伝統
音楽の競演

日本とニューヨークを拠点に世界で活躍するタップダンサー熊谷和徳。2021年には五輪の開会式の1シーンで音楽を製作しタップを披露した。国内外の数多くの一流ミュージシャンやアーティストとのコラボレーションを行ってきた彼だが、今回の舞台のテーマは「VOICE=声」。このテーマに込められた思いとはどんなものなのか。また、今回の共演者とどんな舞台を作り上げるのか。熊谷が共演を熱望した元ちとせとのオンライン対談がNYと日本をつなぎ、実現した。
――今回「VOICE=声」のコンセプトを思いたったのはなぜですか。
熊谷:タップダンスには“自分の声を持つ”という言葉があります。
タップは、ダンスとしてとらえられることが多く、サウンド面はあまり一般的にはまだ理解されてない部分があると感じています。
でも、自分にとってタップは人の声や言葉、歌に近い。タップダンサーそれぞれのリズムやフレーズは、そのダンサーの話す言葉のように聞こえてきます。
ジャズやブルースと同じように、タップのルーツはアフリカの生活の中に根付いていたダンスでした。奴隷制により歌うことや踊ることを禁止された時代、唯一自由だった足で音を鳴らすことは、彼らにとって感情を伝える言語だったのだと思います。
以前、実際にアフリカを訪れ彼らのダンスを見たときに、その人たちの“声”を感じたのですが、今回は自分自身のルーツである日本の音楽の中で共通する“声”を持つ方と共演したいと思いました。それはタップのルーツを探ると同時に、自分のアイデンティティも掘り下げたいと思ったからです。
昨年は五輪の開会式の制作に関わり、日本の北から南までさまざまな伝統音楽や民謡を聞きました。コロナ禍で世界中の沢山の方々が亡くなったこともあり、昔から歌い継がれている民謡の音色や歌詞は今の世の中にも大切なメッセージを伝えていると感じます。歌い踊るということの本当の意味を思い出させてくれると感じます。亡くなった方々を思い悲しむ気持ちや感謝、今を生きていることの祝福など、とても普遍的なことが自分にとっては深いところに響きました。
――元さんは、タップダンスとの共演をされたことはありますか?
元:今回が初めてです。さきほど、お話があったように私が思うタップダンスはパーカッションとしての存在でリズミカルなダンスというイメージです。このお話をいただいてから、ライブの映像なども拝見したんですが、どちらかというとゆったりした曲が多い奄美の音楽と、どんなコラボレーションになるのかと想像ができなくて。これから熊谷さんと組み立てていくところですが、今からとても楽しみです。
熊谷:自分の中では、シマ唄の歌詞から受けるインスピレーションやその物語をどうリズムで伝えるかを楽しみにしています。
――さきほどお話のあったタップダンスのルーツと奄美の音楽には共通点はありますか?
元:奄美の音楽、シマ唄の“シマ”はなわばりを意味しています。島の地形は山の上と里では高低差があり、昔は道もなかったので隣の集落に行くことさえ簡単ではありませんでした。だから、山からも里に声が伝わりやすいようにとファルセットを使うシマ唄独特の歌唱法が生まれたという歴史があります。また、北と南、集落をひとつ超えただけでも言葉やなまりが違うので、歌うことで、どこの集落の人間かも分かったんですよね。
タップダンスのルーツを聞いて思ったのは“自分たち”というものを残したくてできた表現なのかなと。人として“思い”を残す表現という部分で、シマ唄と共通するものがあるんじゃないかと思います。
熊谷:僕はNYに長く住んでいることもあり、太鼓など日本の伝統的な音楽を聞いて、故郷(ホーム)を想う…ということはあまりなく、タップダンスというアメリカの文化の中にある自分のアイデンティティについて悩むこともあり、元さんのように自分のルーツを表現している方にはとても憧れがあるんです。声という表現を聞くときに、何か自分の本能の中にあるホームにうったえかけられるものがあると感じます。それは日本人だからということではなく、国籍を超えた人間としての本能に共鳴しているのだと思います。
元:私にとっては、歌は幼い頃からいつも生活の中にあるものでした。常に口ずさんでいる時間が流れているという感じです。
歌う仕事をするようになって自分の歌を見つめ直したり、学びを得る機会も多くなりました。そんな中で、改めて言葉の持つ力は大きいと感じています。
奄美の言葉には地元の人でないと発音が難しいものもあります。そういった言葉は特に大事に歌うようにと教わりました。
――シマ唄の魅力とはどんなところにあるのでしょうか。
元:利便性のよくない土地など厳しい環境の中で動じず生活している強い大人たちが、小さかった自分のつたない歌で涙したことがありました。こんな強い人たちの心を緩ませるシマ唄ってなんだろうと。その魅力を知りたくて、ずっと歌ってきています。
熊谷:奄美の歌い手の池田嘉成さんの声がとても好きで、奄美のレコード屋に電話をして唯一あったDVDを買いました!そして元さんの『ワダツミの木』を初めて聴いた時は衝撃を受けました。
元:五輪の舞台でもシマ唄を使われていましたね。テレビを見ていて「シマ唄が流れた!」とびっくりしたと同時にうれしく思いました。池田さんの歌はファルセットを使い、まるでブルースのようにも聞こえます。
池田さんのように、素晴らしい歌い手が島にはたくさんいらっしゃいます。でも、どんどん少なくなっていて、しかも公には音源が残っていないことが多いんです。貴重な音源は普通の家庭に眠っていたりするかもしれませんね。音源が残っている、ということはみんなが残したいと思う素晴らしい“唄者(うたしゃ)”なんだと思います。
――長く歌い継がれているシマ唄ですが、先人たちは伝統には厳しいのでしょうか?
元:シマ唄は、その人それぞれに表現の仕方があって、自分と同じように歌う人ばかりではありません。
私はデビューするまで、シマ唄しか歌っていなかったので、デビュー当時はポップスをどう歌っていくのか悩んでいて。最初は、「シマ唄を守らなければ」と思ってこぶしやファルセットを極力使わないようにしていました。
でも、ある曲を歌った時に思いがけずこぶしが出て、それがすごくしっくりきたんです。これが私の自然な歌い方なのだと気付いたし、「この曲はシマ唄ではないからシマ唄を壊すことにはならない」と私自身も納得できました。
唄者の先輩たちも、受け継ぐ人の年齢や生活習慣が変わっていくのに伴ってシマ唄も時代と共に変わっていくことは自然だと考えていると思います。
――多数の“声”との共演についての見所を教えてください。
熊谷:今回は、エンターテイメント的なショウというよりも、アイヌの方々、元さん、そして今回参加される自らの声を持つミュージシャンたちが長年やってきたことを、共振し、共鳴させるような体験になると思います。それぞれの伝統をリスペクトした上で、何か新しいところへ深いところへ僕たちの声を届けることができれば幸いです。
元:何にも捉われることなく、その場で出会った音楽と共鳴していきたい。その日に生まれる声をささげたいと思います。
編集・ライター=吉田葉子

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