全シンガー・ソングライターの鏡、
キャロル・キングの傑作ライヴ盤
『リヴィング・ルーム・ツアー』

希代のソングライターならではの
エヴァーグリーンな輝きを放つ名曲群

 では、CDの『Living Room Tour』のほうを聴いていくとしよう。アルバムは、全27曲(メドレー7曲を含む)をまとめたCD2枚組。2004年~2006年にかけて全米とオーストラリア、ニュージーランドで行なわれたツアーから選曲されている模様。CDセットリストは名盤『Tapestry / つづれおり』からの数曲は外すことのできない曲だが、意外にも『Color of Your Dreams』('93)からの選曲がいくつか。他は彼女のブリルビルディング=職業作曲家時代の言わばセルフカバー曲。特にCDだとディスク2に収録されている「Chains」などはビートルズが記念すべきデビュー作『Please Please Me』('63)でカバーしている曲として特筆に値する。ちなみに、ビートルズ版ではリード・ヴォーカルはジョージ・ハリスン(オリジナルはリトル・エヴァのバック・コーラスを担当していたクッキーズのためにキャロルが書き下ろした曲)。その時点でキャロルとジェリー・ゴフィンのソングライターカップルはすでにプロの作曲家チームとして活躍していたわけだ。キャロルはまだ20歳…。
 Disk 1の「Where You Lead I Will Follow」という曲では愛娘ルイーズ・ゴフィンとのデュエットが披露される。こういうのもファンには心温まるプレゼントかと思う。ルイーズ・ゴフィンはキャロルと最初の夫で同じ作詞作曲家コンビを組んでいたジェリー・ゴフィンとの間に生まれた娘で、本人もソロシンガーとして70年代末に2枚ほどなかなか秀逸なアルバムを残している。惜しいことに大きな成功を収めることはできず、しばらくブランクがあったが、現在も地道にシンガーとしての活動を続けているようだ。偉大な両親のもとに生まれたというプレッシャーは大変なものだと思うが、いいシンガーだけに、こうしたかたちで久しぶりに歌声を届けてくれたのは喜ばしい。
 いわゆる“歌手”とされる人のような、上手いシンガーとはキャロルは違う。それどころか、微妙に音程が揺れる時さえある。声もそこそこ枯れている。そういうマイナス要素があってもなお、結果として、キャロル・キングは実に優れたシンガーだと思う。もともと職業作曲家になる以前、十代の頃からキャロル・キングは歌手を目指していた。大学生の頃には友人である、あのポール・サイモンからデモテープの作り方を教わって、自作自演の作品をレコード会社に売り込んだりもしていた。才能を認められパラマウントをはじめ、いくつかの会社からシングルも出すものの、ヒットには結び付かず、歌手としては成功は掴めなかった。何が足りなかったのか、分からない。単純にポップス歌手としてはセクシーさが足りないというつまらない結果だったのかもしれない。それは単に時代とソリが合わなかっただけのことだ。スカートからジーンズへ、というふうにシンガーソングライターの時代を迎えるや、キャロル・キングは大衆の認めるシンガーとして迎えられるわけだ。
 そんな彼女の歌の上手さを伝えるものとして、『The Legendary Demos』('12)という未発表のデモ音源ばかりを集めた彼女のCDがある。自身のソロ作に収録されている「You've Got a Friend」のような有名曲のデモ音源もあるのだが、白眉と言えるのが、60年代前半に職業作曲家時代に他人に提供した曲を、レコード会社とアーティストに理解させるために、バンドと一緒にキャロルが歌ってみせたデモ音源である。エヴァリー・ブラザースに提供した「Crying in the Rain」、ライチャス・ブラザースに贈った「Just once in my life」、モンキーズのために書いた「So Goes Love」「Pleasant Valley Sunday」など、さすが自作曲だけに曲のニュアンスをよくとらえているし、ボビー・ヴィーが歌った「Take Good Care of My Baby」などは、これまたリトル・エヴァに歌わせて世界的なビッグヒットになった「The Loco-Motion」に通じるドゥーワップ風の極上のポップスで、雰囲気たっぷりに歌っていて、上手いと思う。CDそのものはマニア向けかもしれないが、歌、演奏の完成度は高く、一聴に値する。
 あえてドラムスを排したステージ構成は、キャロルの歌の質感を際立たせるのに成功しており、ことにピアノに向かって弾き語る曲では、素晴らしい説得力でハートに訴えかけてくる。サポートを務めるふたりのうち、ゲイリー・バー(アコースティックギター、ベース、ヴォーカル)は日本ではほとんど未知数の存在だが、カントリーミュージックの方面では実力派ソングライター、ミュージシャンとして知られている。彼が曲を提供したアーティストは相当な数になり、中にはかなりビッグネームも含まれる。もうひとりのルディ・ゲスもいいプレイを聴かせてくれるのだが、彼はエリック・クラプトンとブランフォード・マリサリスが参加したことでも話題を集めたキャロルの『City Streets』('89)でプロデュース兼ギタリストを務め、以降のキャロルの重要なパートナーだった。よほどセンスのいい人で、キャロルの良さを知り尽くした人だったのだろう、彼と組んでからの彼女のアルバムには凡庸な作品がひとつとしてないほどのものだった。それだけに、彼が2010年に57歳の若さで亡くなってしまったことは、非常に惜しまれる。
 とにかく構成の上手さを感じる2枚組だ。ディスク1の締めの7曲メドレーは、最後に「Will You Love Me Tomorrow」を持ってきて、観客と一緒にシングアウトする。ディスク2の後半「I Feel The Earth Move」から「Natural Woman」、「You've Got A Friend」といく流れはファンなら落涙必至の展開だろう。アンコールは「Locomotion」と、楽しく盛り上げてと、これまたニクい選曲。と、キャリアを総括するようなベストライヴと呼ぶに相応しい内容なのだが、歌に瑞々しさがあるからなのか、懐メロ感はまったくない。これは、考えてみればすごいことだ。彼女の代表曲の「You've Got A Friend」などは、それこそアレサ・フランクリンをはじめ、マライヤ・キャリーやセリーヌ・ディオンといった人にまでカバーされているけれど、一番心に響くバージョンはやはり作者であるキャロルのものをおいて他にない。
 彼女と比較的同世代の女性シンガー・ソングライターを探してみるとすると、瞬時に思い浮かぶのはジョニ・ミッチェル、ローラ・ニーロあたりだろうか。キャス・エリオット、ジャニス・イアン、カーリー・サイモン、ジャニス・ジョプリン、エミルー・ハリス、ジョーン・バエズ、それから掘り下げればいくらでも出てくるとは思うのだが、近い感じがするのは、先のふたりだろうか。ローラ・ニーロはすでに亡くなって久しい。ジョニ・ミッチェルも、今ではシンガーとしての仕事にはほとんど興味を失っているような気もする。キャロル自身もそれほど現役感を放っているわけでもない。旺盛なライヴツアーやレコーディングなどは望めないかもしれないが、それでも健康さえ維持できればこれからもシンガーを続けていくのではないだろうか。そう、無理のない範囲で。そういうスタンスを取れるのも彼女なればこそ。
 最後に、念押しのようになるけれど、この『Living Room Tour』の聴かれ方として、例えばかつて『Tapestry / つづれおり』をはじめとした一連のキャロルの代表作に心酔した方にとっては、なかなか素敵なアルバムと感じられるのではないだろうか。しばらく彼女のアルバムを聴いておらず、久しぶりにと思った時に、この『Living Room Tour』を選んでみたら、きっと感慨深いものが得られるのではないかと思うのだ。30~40年近い歳月を経て、こうしてキャロル自身が老いを迎えながら、自分の歌を鮮度を損なうことなく歌い継いでいることなど、時の流れを聴く側も自らに重ね合わせ、その重みを実感すると共に、老いさえも肯定的にとらえられそうな気がする。
 一方、初めてキャロル・キングの音楽を聴いてみようという方にも、この『Living Room Tour』を選択するのは悪くない。一般にはどうしても『Tapestry / つづれおり』のみリコメンドされることが多いため、彼女の職業作曲家時代の作品にまで耳を傾ける機会は得にくいものだからだ。本作にはそうした作品が数多く含まれているので、よりソングライター、キャロル・キングの全貌を俯瞰し、そのすごさを感じ取れるのではないかと思う。

著者:片山明

OKMusic編集部

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