『ラジオ・エチオピア』/パティ・スミス

『ラジオ・エチオピア』/パティ・スミス

ポジティブなロックスピリッツと
高い文学性を同居させた
パティ・スミスのパンク期の名作
『ラジオ・エチオピア』

ニューヨークで体験した、
静謐さと激烈さを併せ持った
ライヴパフォーマンス

 パティはこれまで1997年、2001/2002年(『フジロックフェスティバル』)、2003年、2009年(『フジロックフェスティバル』)、2013年と日本でコンサートを行なっている。初来日で訪れて以降、日本はお気に入りらしく頻繁にやってきてくれている。特に2002年の『フジロック』のステージでは反戦を強く訴え、また米国人として第二次世界大戦における自国の広島、長崎への原子爆弾投下を謝罪したことも話題になった。また、昨年の2013年の単独ツアーでは東日本大震災のことを思い、ツアーは最初に仙台からスタートするなどの深い気遣いも示されたものだった。
 実は、私は初来日に先立つこと、1995年、旅行で訪れたニューヨークで偶然、彼女のライヴを観る機会に恵まれている。街を散策していた時、たまたま街角に貼られていたポスターを目にしたのだ。ポスターと言っても白地の紙に“Patti Smith/Central Park Summer Stage”の文字ぐらいのもの。ところが日時を確かめたらひっくり返りそうになった。何という幸運か、自分のNY滞在中に行なわれることになっていたからだ。さすがに自分はなんという幸運なのだろうかと思ったものだった。『Dream of Life』のリリースこそあったものの、まだパティがライヴ活動を再開するという情報も何もなかっただけに、俄には信じられなかったが、『Village Voice』などの情報誌を確認すると、確かに彼女のライヴ出演の記載があった。

 あのパティ・スミスのライヴが、ニューヨーク・シティで観られるなんて! ちなみに、その頃は知らなかったのだが、ニューヨークのセントラル・パークでは夏期のシーズン、様々なアーティストが野外ライヴを行うのが恒例行事になっているのだった。

 当日、半信半疑で公園に行ってみると、ゾロゾロと人が集まりかけていた。広い公園とはいえ、周囲には高級アパートも並ぶ界隈なので、ライヴは6時くらいから始まったと思う。チケットも日本では考えられないが、せいぜい15ドル程度だったと思う。予定時刻になると、もったいつけるでもなく、さっさとパティが出てきて、バックの演奏に合わせて詩の朗読が始まった。大歓声だった。最初はゆっくり、それが次第にスピードアップして、猛烈な勢いで言葉が吐き出されていくというのが、かなり長く続いた。悲しいかな、最初から何を語られているのかまったく理解できなかったが、このオープニングのポエトリーリーディングには圧倒されたものだ。最後に「….New York City !!」と叫んで大歓声に包まれたのだが、あとで分かったのには、その時期、数々の不幸(夫フレッド・スミス、弟トッド、ニルヴァーナのカート・コバーン、元バンドメイトのリチャード・ソールらの死)に見舞われ、絶望していたパティはその悲しみを振り払うように音楽活動を再開することを決意し、この日、観衆にもうすぐニューヨークに戻ってくることを告げたのだった。もちろん凄まじいばかりの大歓声が起こった。やはり、ニューヨーカーにとっても、パティ・スミスという人はすでに象徴的な人物の一人になっていたのではないだろうか。
 それから演奏が始まったのだが、かつての代表作から選りすぐりの曲に加え、終盤に拳を突き上げながら歌われた「People Have The Power」の迫力は忘れられない。いや、本当にすごかった。長いコートのようなジャケットを羽織り、すくっと背筋を伸ばして屹立し歌う様は神がかって見えた。ライヴの中盤では彼女が大学中退後、工場で働いていた頃に出産し、生活苦のために養子に出していた息子がステージに上がって共演するという、なかなか感動的なシーンもあった(数年前に再会を果たしていたそうだ)。

 ライヴの感動なんて、なかなか上手く人に伝えられるものではないが、何だかライヴを観る前の自分と、観た後の自分は違う人間になったように感じたことを覚えている。彼女はまだフレッドが存命中の1993年頃から時たま『Central Park Summer Stage』に出演して、リハビリを繰り返すようにライヴパフォーマンスを再開していたらしい。この翌年、パティは待望の初来日を果たした。もちろんライヴ会場にも足を運んだものだが、やはり、念願のパティの姿をラッキーな偶然とはいえニューヨークで観られた感激は今も忘れられない。
 現在まで、パティはコンスタントにアルバムを制作し、ツアーも精力的にこなしているようだ。『Dream of Life』以降も『Peace & Noise』('97)、『Gung Ho』(2000)、『Trampin'』(2004)、ジミ・ヘンドリックス、ストーンズ、ニール・ヤング、ニルヴァーナ等のカバー曲で構成された『Twelve』(2007)、『Banga』(2012)と非常に重みのある作品が制作されている。かつてのようなロック云々の世界というよりはオルタナティヴというべきか、より深い思索をもとに、人間の抱える問題や自然、環境問題にも踏み込んだもので、中途半端な作品は一つもない。日本に限らず、アメリカにおいても肝心な時にもの申すアーティストが少ない中、パティは時の政権(大統領ジョージ・ブッシュ)の始めたイラク攻撃に明確に異を唱え、痛烈な批判を浴びせていたものだった。音楽だけでなく、近年は詩作や写真の分野にも才能の幅を広げ、2013年の来日時にはタイミングよく自伝『ジャスト・ キッズ』と、詩集『無垢の予兆』の出版もあり、書店でトークショーも行なわれたようである。現在、彼女も68歳。“クィーン・オブ・パンク”と呼ばれたかつてのそれは、“ゴッドマザー・オブ・パンク”などと呼ばれたりするらしいが、今なお格好いい彼女の姿に、それは相応しい呼び方なのかどうか、私には分からないけれど。

著者:片山明

OKMusic編集部

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