『Never For Ever』/Kate Bush

『Never For Ever』/Kate Bush

ケイト・ブッシュの革新性が示された
傑作『魔物語』の色褪せない魅力

1stアルバム『The Kick Inside
(邦題:天使と小悪魔)』

 日本のメジャーな音楽雑誌にはほとんど紹介されなかったにも関わらず、デビュー盤はちゃんと日本でもリリースされ、意外だったのは、シングル「Wuthering Heights(邦題:嵐が丘)」はラジオでオンエアされることも多かった。しかも、ほどなくして日本の腕時計のブランド、セイコーがテレビコマーシャルでアルバム収録曲「Them Heavy People(邦題:ローリング・ザ・ボール)」を採用し、おまけにケイト自身がモデルとして出演したのには驚かされた。後年、実はシャイな性格でライヴにも消極的であることを知ると(80年代以降はライヴパフォーマンスは一切行なわれていない)、このコマーシャル出演は驚くべきことだ。所属する英EMIがプロモーションのひとつとして日本の業界筋に売り込んできたのか、逆に目ざとい日本の広告業界が彼女に出演オファーを出したのか、このコマーシャルの経緯については分からないけれど、デビューから早い時期に日本では彼女の動く姿を目にできていたわけである。このコマーシャルはよく覚えている。自分の歌をバックにケイトが画面に現れると、軽くパントマイムのようなパフォーマンスを披露するという風なものだったと思う。一般の視聴者はこのコマーシャルを通して、いわゆるカワイ子ちゃんでもなく、美人だけど少々魔女っぽい雰囲気のケイトをどう見たのだろうか。歌声こそロリポップ風と言えなくもないけれど。まぁ、よくよく考えてみれば現在のようなローティーンが当たり前の時代と違い、70年代末のコマーシャルモデル、タレントなんて、ずっと今よりアダルトだったのだ。
 アルバムは秀逸な仕上がりだった。日本盤はケイトのバストアップを大写しにしたもので、お目々クリクリの少々アイドル然としたもので面食らったものだ。普通の人が見れば、これはアイドルポップのアルバムだと思いかねないだろう。輸入盤はこれもどういう意図なのか計りかねたが、凧の乗ったケイトが眼球の中を飛んでいるという、じっくり見るとなかなかシュールなイラストレーションで、そこに東洋的というか、アジア的なタイポグラフィが配されたデザイン。およそ19歳の女性アーティストのデビュー盤らしくないような気がしないでもない。

 肝心の中身のほうは、もっと驚かされるものだった。冒頭を飾った「Moving」で聴こえてくる声はずいぶん特徴的というか、線の細い、かなりキーの高い声質で意外に感じた(声域は高音から低音までかなり幅広い)。それでもこれがデビュー作なのだからと「可愛らしいものじゃないか」と感じたりしていたのだが、聴き進めるうちに、それは夢想的で、なおかつ官能的であるように印象は変わっていき、さらに声云々以上にケイトの才能がひしひしと感じられてきて、居ずまいを正すように真剣にアルバムを聴き通したものだった。フェアポート・コンヴェンションのサンディ・デニーや英ブルース・シーンの花形と言われたマギー・ベル、エルトン・ジョンのバック・コーラスからソロデビューしたレスリー・ダンカン、トラッド・シーンで活躍していたスティーライ・スパンのマディ・プライヤー…と、それまでの英国の女性シンガーと比べてみても、ケイトはまったく異なる独特のスタイルだったし、その音楽姓は完全にオリジナルなものだった。歌詞やモチーフにこそ英国らしいバラッド、文学からの影響を感じさせるものの、DNAとして受け継がれているはずの“スコッツ・アイリッシュ=トラッド”的な側面はあまり感じさせなかった(後年はじわじわと発揮されるようになる)。
 クジラの声や仏教の呪文のような音声などを効果的にに使ったり、一般的なポップスの曲調とはまるで異なるメロディーラインからは寓話的なイメージも漂わせ、一聴してただものではない才能を感じさせる。それを書いているのがケイト本人であることなど考えると、心底驚かざるを得なかった。ケイト自身がTVの『嵐が丘』を観てインスピレーションを得て書き下ろしたという「Wuthering Heights(邦題;嵐が丘)」が示すように、神秘性を秘めた独特の雰囲気が全編を覆っていた。アルバムを聴き終わった時は英国文学の一篇でも読み終えたような印象が残った。実際に、歌詞の一部には神秘思想家グルジェフの教義が挿入されていたりと、細部にわたり、とても19歳の女性が書いたとは思えない凝りようだ。
 ちなみに「Wuthering Heights(邦題;嵐が丘)」は日本では明石家さんまが司会を務めるバラエティー番組『恋のから騒ぎ』のオープニングテーマ曲に使われたりしたが、誰の入れ知恵か分からないが、ずいぶん思い切ったチョイスだと思う。まぁ、これも導入部だけ聴いているぶんには“可愛らしいものじゃないか”ということなのだが。

 というわけで、好奇心優先でデビュー盤を聴いた私はその才能にぶったまげて、以後、彼女のアルバムがリリースされるたびに購入していくのだが、最初は「これ売れるんだろうか?」と一瞬思った記憶がある。アルバムは文句なしに素晴らしいのだが、この濃さ、重さ、深さはポップス市場には不向きかも、と余計な心配をしてしまったのだ。しかし、これが売れたのだ。シングル「Wuthering Heights(邦題;嵐が丘)」は全英4週連続一位を記録し、アルバムも英国チャートで3位という好成績を収めている。アメリカの市場や日本での成績ははっきりしないのだが、日本では前述のコマーシャルとのタイアップもあったので、そこそこ売れたのではないだろうか。

2ndアルバム『Lionheart』

 デビュー盤が出た8カ月後には早くもセカンド作『Lionheart』('78)が届けられる。プロデューサーの名からデイブ・ギルモアの名前が外れたものの(縁が切れたわけではなく、以降もケイトとギルモアの付き合いは続く)、アンドリュー・パウエル他、前作同様、コックニー・レベルやアラン・パーソンズ・プロジェクトでお馴染みの腕ききのミュージシャンが脇を固めている。カーヴド・エアのメンバーだったキーボードのフランシス・モンクマンの参加も話題になった(マニアの間で)。ケイトはデビュー前から相当数の曲を書き溜めており、そこから選りすぐりの曲をレコーディングしていったようだが、前作との間隔の極端に短いセカンド作のリリースは、デビュー盤の制作時にすでにレコーディングを終えていた曲が多数あり、そこから漏れた曲をセカンドに回した可能性もある。前作とほぼ同じバックアップ・メンバーによるアルバムに変化はほとんどないが、楽曲のクオリティーはこれまた高く、デビュー盤らしい華やかさを欠いたぶん、セカンド作はケイトのヴォーカリストとしての素質、音楽的な実験精神が垣間見えて、当時はこちらのアルバムがターンテーブルに乗る機会が多かったような記憶もある。チャートは英国では最高位6位と、デビュー盤ほどではないにしても堂々たる成績である。

OKMusic編集部

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